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はじめに
ナイフを入れた瞬間、とろりと溢れ出すクリーム。その光景だけで、思わず歓声が上がってしまうチーズがあります。それが「ブッラータ」です。イタリア南部プーリア州で生まれたこのフレッシュチーズは、モッツァレラの進化形とも言える贅沢な逸品。外側はもっちりとした弾力、中からは濃厚なクリームと繊維状のチーズが顔を出す、まさに二重の喜びを味わえる存在です。
近年、日本でもレストランやチーズ専門店で見かける機会が増え、食通たちの間で静かなブームを呼んでいます。シンプルにオリーブオイルと塩で味わうもよし、トマトやフルーツと合わせるもよし。その多彩な楽しみ方も魅力のひとつでしょう。
「バターのような」名を持つ、プーリアの宝石
ブッラータ(Burrata)という名前は、イタリア語の「burro」(バター)に由来し、「バターのような」という意味を持ちます。その名の通り、中に詰められたクリームはまるでバターのように濃厚で、口の中でとろけるような食感が特徴です。
このチーズは、イタリア南部に位置するプーリア州が発祥の地。温暖な気候と豊かな牧草地に恵まれたこの地域は、古くから酪農が盛んで、モッツァレラをはじめとする様々なフレッシュチーズの産地として知られています。ブッラータもまた、そうした伝統の中から生まれた傑作のひとつと言えるでしょう。
直径7〜10cmほどの球状をしており、表面はクリーム色から明るい白色。見た目はモッツァレラに似ていますが、手に取るとその柔らかさの違いがすぐに分かります。まるで水風船のように、中に液体が入っているような独特の感触があるのです。
分類としてはフレッシュチーズに属し、賞味期限が短いのも特徴。この儚さもまた、ブッラータの魅力のひとつかもしれませんね。
職人技が光る、二重構造の製法
ブッラータの製法は、モッツァレラと同じ「パスタフィラータ」と呼ばれる技法を基本としています。これは、レンネット(凝乳酵素)で固めたカード(凝乳)を、熱したホエー(乳清)や塩水の中でこねて延ばす製法です。
まず、水牛または牛の乳を温め、レンネットを加えてカードを作ります。このカードを熱いホエーや塩水に浸し、お餅のように何度もこねて延ばすことで、モッツァレラ特有の弾力と滑らかさが生まれるのです。
ブッラータの場合、ここからがさらに特別。まだ熱いうちにチーズ生地を薄く延ばし、袋状に成型します。そしてその袋の中に、繊維状に割いたモッツァレラチーズと、生クリームやホエーから作られたクリーム(ストラッチャテッラと呼ばれます)を詰め込むのです。
袋の口をきゅっと閉じて中身が出ないようにすれば、ブッラータの完成。伝統的には、アスフォデル(ツルボラン)という植物の葉で包み、ブリオッシュのように頭の部分をくくって仕上げます。この葉がまだ緑色であれば、チーズが新鮮である証拠。なんとも風情のある知恵ですね。
近年ではビニール袋やプラスチック容器で販売されることが多くなりましたが、専門店では今でもアスフォデルの葉に包まれたブッラータを見かけることがあります。
外と中で異なる、二つの食感と味わい
ブッラータ最大の特徴は、なんといっても外側と内側で全く異なる食感と味わいを楽しめることでしょう。
外側の袋部分は、モッツァレラと同じもっちりとした弾力があり、ミルクの優しい風味が感じられます。噛むとキュッと歯に抵抗する、あの独特の食感。これだけでも十分に美味しいのですが、ナイフを入れた瞬間、物語は一変します。
中からじゅわっと溢れ出すのは、濃厚なクリームと繊維状のモッツァレラ。このクリーム部分(ストラッチャテッラ)は、まるでバターのようにリッチで、ミルクの甘みとコクが凝縮されています。繊維状のモッツァレラがクリームに絡み、口の中で複雑な食感を生み出すのです。
味わいは少し甘味のあるバターのような香りが特徴的。フレッシュチーズならではのミルクの新鮮さが保たれており、後味はすっきりとしています。濃厚でありながら重すぎない、絶妙なバランス。これがブッラータの真骨頂と言えるでしょう。
温度によっても表情を変えるのが面白いところです。冷蔵庫から出したばかりの冷たい状態では、外側の弾力がしっかりしていて、クリームもやや固め。少し常温に戻すと、クリームがより滑らかになり、風味も開いてきます。
地域ごとに息づく、ブッラータの個性
ブッラータは元々プーリア州の特産品ですが、現在ではイタリア各地で作られるようになり、地域ごとに微妙な違いが生まれています。
プーリア州の伝統的なブッラータは、水牛の乳を使ったものが最高級とされています。水牛のミルクは牛乳よりも脂肪分が高く、より濃厚でクリーミーな味わいになるのです。一方、牛乳で作られたブッラータは、よりマイルドで食べやすい風味が特徴。
サイズにもバリエーションがあります。小さなものは一人前として、大きなものは数人でシェアする用途で使われます。レストランでは、小ぶりのブッラータを一人一個提供するスタイルも人気です。
近年では、日本でも国産のブッラータが作られるようになりました。北海道をはじめとする酪農地域で、日本の職人たちが本場の技法を学び、日本人の味覚に合わせた繊細なブッラータを生み出しています。国産のものは、本場イタリア産に比べてやや控えめな塩味で、ミルクの甘みがより際立つ傾向があるようです。
また、トリュフ入りやハーブ入りなど、中に詰めるクリームにアレンジを加えたブッラータも登場しています。伝統を守りながらも、新しい可能性を探る。そんな挑戦が、ブッラータの世界をさらに豊かにしているのですね。
シンプルに、贅沢に。ブッラータの楽しみ方
ブッラータの魅力を最大限に引き出すには、まずはシンプルな食べ方から始めるのがおすすめです。
最もクラシックなのは、ブッラータをそのまま皿に盛り、上質なエクストラバージンオリーブオイルをたっぷりとかけ、粗挽きの黒胡椒と塩をふるだけ。これだけで、ブッラータ本来の味わいを存分に楽しめます。ナイフを入れてクリームが溢れ出す瞬間は、何度見ても感動的です。
トマトとの相性も抜群。完熟トマトのスライスと一緒に盛り付け、バジルの葉を添えれば、カプレーゼの豪華版の完成です。トマトの酸味とブッラータのクリーミーさが絶妙にマッチし、夏の食卓を彩ります。
意外な組み合わせとしては、フルーツとのペアリング。桃や苺、イチジク、メロンなどの甘いフルーツと合わせると、デザート感覚で楽しめます。フルーツの甘みとブッラータの塩気が互いを引き立て合い、新しい味の発見があるでしょう。
生ハムやプロシュットと合わせるのも定番。塩気のある生ハムとクリーミーなブッラータは、ワインのお供として最高の組み合わせです。固めのパンに乗せて食べれば、食感のコントラストも楽しめます。
パスタに和えるのもおすすめ。熱々のパスタにブッラータを乗せると、熱でクリームがさらにとろけて、パスタ全体に絡みます。シンプルなトマトソースのパスタに加えるだけで、一気にリッチな味わいに変身するのです。
伝統が息づく、職人の手仕事
ブッラータの製造は、今でも多くの部分が手作業で行われています。特に袋状に成型し、中にクリームを詰めて口を閉じる工程は、熟練の技が必要です。
チーズ生地がまだ熱いうちに素早く作業しなければならず、温度管理も重要。生地が冷めすぎると伸びにくくなり、熱すぎると破れやすくなります。職人たちは長年の経験で、最適なタイミングを見極めているのです。
中に詰めるストラッチャテッラ(クリームと繊維状モッツァレラの混合物)の配合も、各工房の秘伝。クリームの量、モッツァレラの割き方、塩加減など、細かな調整によって味わいが変わります。
袋の口を閉じる技術も見事です。しっかりと閉じないと中身が漏れてしまいますが、閉じすぎると見た目が悪くなります。ブリオッシュのように頭の部分をくくる伝統的な形は、機能性と美しさを兼ね備えた職人技の結晶と言えるでしょう。
保存方法も重要です。ブッラータは必ずホエーに浸した状態で保存され、乾燥を防ぎます。このホエーがチーズの表面を保護し、新鮮さを保つ役割を果たしているのです。
まとめ
ブッラータは、イタリア南部プーリア州が生んだフレッシュチーズの傑作です。「バターのような」という名の通り、濃厚なクリームと繊維状のモッツァレラを、もっちりとしたチーズの袋で包んだ二重構造が最大の特徴。ナイフを入れた瞬間に溢れ出すクリームは、まさに至福の瞬間を演出します。
モッツァレラと同じパスタフィラータ製法で作られながらも、中にストラッチャテッラを詰めるという工夫により、全く異なる味わいを実現しました。外側のもっちり食感と、内側のとろける濃厚さ。この対比こそが、ブッラータを特別な存在にしているのです。
食べ方はシンプルが一番。オリーブオイルと塩胡椒だけで、その真価を味わえます。トマトやフルーツ、生ハムとの組み合わせも素晴らしく、パスタに加えれば一気に贅沢な一皿に変身します。賞味期限が短いという儚さも、このチーズの魅力のひとつ。新鮮なうちに味わう喜びは、何物にも代えがたいものがあります。
近年では日本でも入手しやすくなり、国産のブッラータも登場しています。伝統を守りながら進化を続けるこのチーズは、これからも多くの人々を魅了し続けることでしょう。まだ味わったことのない方は、ぜひ一度その感動を体験してみてください。きっと、チーズの新しい世界が開けるはずです。