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発酵キャベツとは?古代から続く知恵とその魅力

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はじめに

発酵キャベツ。この素朴な名前からは想像もつかないほど、この食べ物には深い歴史と文化が刻まれています。ドイツではザワークラウト、フランスではシュークルート、日本では乳酸キャベツとも呼ばれるこの発酵食品は、キャベツと塩というシンプルな材料だけで生まれる、人類の知恵の結晶です。

冷蔵庫のない時代、人々はどうやって野菜を保存したのでしょうか?その答えの一つが、この発酵キャベツなのです。古代中国から始まり、モンゴル軍の侵攻とともにヨーロッパへ伝わったとされるこの保存食は、厳しい冬を乗り越えるための必需品として、また大航海時代には壊血病を防ぐ命綱として、人々の暮らしを支えてきました。

本記事では、発酵キャベツの起源から現代に至るまでの歴史、地域ごとの特徴、そして伝統的な調理法まで、この奥深い発酵食品の魅力を余すところなくお伝えします。

塩と時間が生み出す発酵の魔法

発酵キャベツとは、千切りにしたキャベツに塩を加え、乳酸菌の働きによって発酵させた漬物です。酢や酸味料は一切使わず、キャベツの表面に自然に付着している乳酸菌が、塩によって引き出された水分の中で増殖し、乳酸を生成することで、あの独特の酸味が生まれます。

発酵が進むにつれて、キャベツに含まれるグルコシノレートなどの硫黄化合物が分解され、生のキャベツ特有の青臭さが消えていくのです。

発酵キャベツの塩分濃度の目安は、重量あたり1.5〜4%程度。キャベツの重量の2%程度の塩を加えるのが基本とされています。夏季なら3日、冬場でも1週間程度で酸味が出て食べごろになりますが、発酵期間を長くすればするほど、酸味は強くなっていきます。

ヨーロッパの工場では発酵開始から1週間ほどで商品化されますが、アメリカでは長ければ1年間タンクに入れて、より酸っぱいザワークラウトを作ることもあるそうです。発酵の深さが、味わいの多様性を生み出しているんですね。

古代中国から欧州へ渡った発酵の知恵

発酵キャベツの起源は、意外にも古代中国にあると考えられています。6世紀の中国北部で著された総合的農書『斉民要術』には、31種もの野菜の発酵法が記されており、すでにこの時代に高度な発酵技術が確立されていたことがわかります。

では、この技術はどのようにしてヨーロッパへ伝わったのでしょうか?食物史家のジョイス・トゥームレによると、1237年にモンゴル軍がロシアと東ヨーロッパに侵攻した際、主にモンゴル系タタール人によってザワークラウトがもたらされたとされています。

一方、1世紀には古代ローマで塩漬けのキャベツが食べられていた記録もあり、ヨーロッパと中国の両方で、それぞれ独自に発酵キャベツが生まれた可能性も指摘されています。

ヨーロッパでは、現代のような発酵キャベツが16世紀から18世紀にかけて広く定着しました。中世末期のルネッサンス期(14〜16世紀)に安価な塩が手に入るようになると、キャベツやニシンの保存により、痩せた土地でも農民が十分に栄養を摂れるようになり、バルト海諸国の人口が爆発的に増えたといいます。

フランスで1607年に書かれた『健康の宝』という本には、ザワークラウトが「ドイツ料理」として紹介されており、この頃にはすでにドイツの代表的な食べ物として認識されていたことがわかります。

大航海時代には、ビタミンCを含む保存食として、レモンなどの果実や果汁と並び、長い航海の壊血病予防食としても利用されました。1760年代のキャプテン・クックの水夫たちは、ザワークラウトのビタミンCのおかげで健康を保つことができたといわれています。冷蔵技術のない時代、発酵キャベツは文字通り命を救う食べ物だったのです。

酸味と食感が織りなす独特の味わい

発酵キャベツの最大の特徴は、なんといってもその爽やかな酸味です。この酸味は乳酸菌が生み出す乳酸によるもので、酢を加えた漬物とは明らかに異なる、まろやかで奥行きのある味わいを持っています。

発酵によってキャベツのビタミンB含有量が増え、ビタミンCも高く保たれるという栄養面での利点もあります。ただし、瓶詰や缶詰にして加熱殺菌すると、豊富なビタミンCもかなりの量が壊れてしまうため、生のまま食べるのが最も栄養価が高いとされています。

食感も重要な魅力の一つです。発酵が進んでも、キャベツのシャキシャキとした歯ごたえは残り、生のキャベツとは違う、しんなりとしながらも心地よい食感が楽しめます。この食感と酸味のバランスが、肉料理の付け合わせとして理想的なのです。

香辛料の使い方も、発酵キャベツの個性を左右します。ディルシード、キャラウェイシード、ジュニパーベリー、ローリエ、唐辛子などがよく使われ、これらのスパイスが発酵の香りと絡み合って、複雑な風味を生み出します。また、塩とともに白ワインを加えて漬け込まれることもあり、地域や家庭によって味わいは千差万別です。

発酵キャベツには植物性乳酸菌がたっぷり含まれており、その量はヨーグルトやキムチに肩を並べるほどといわれています。

ドイツ、フランス、ロシア──各地で愛される発酵文化

発酵キャベツは、ヨーロッパ各地で独自の発展を遂げてきました。その地域性の豊かさこそが、この食べ物の魅力の一つといえるでしょう。

ドイツのザワークラウトは、最も広く知られた発酵キャベツです。ドイツ語で「すっぱいキャベツ」を意味するこの名前は、その特徴を端的に表しています。ドイツではブルートヴルスト(血のソーセージ)の付け合わせといえば、ザワークラウトが定番。地方によって調理法や食べ方が異なり、油で炒めたり、スープや煮込み料理の材料としても用いられます。

フランスのアルザス地方では、シュークルートと呼ばれ、特に「シュークルート・ガルニ」という料理が有名です。これは数種類のソーセージおよび数種類の部位の豚肉、特に腿肉をザワークラウトの上に乗せて蒸し焼きにしたもので、アルザス地方の郷土料理として親しまれています。発酵キャベツ自体の起源は古く、16世紀ごろまでにはアルザス地方にも伝わったとされています。

ロシアでは、キャベツの乳酸発酵漬けが最も身近な漬物の一つです。にんじんなどとともに、キャベツを塩水で浮かし漬けにしたもので、韓国の水キムチとも似た手法が用いられます。かつてロシアの村では「キャベツの夕べ」と呼ばれる習慣があり、女性たちは冬に備えて巨大な樽にキャベツを漬け込んでいました。ロシアのシチーというスープにも、発酵キャベツが使われ、うまみの素となっています。

ポーランドをはじめ北欧でも広く食されており、ドイツ移民の多いアメリカ合衆国、カナダなどでもよく食べられています。ニューヨークでは、塩漬けした牛肉と共にパンにはさんだルーベンサンドが名物料理の一つとなっています。

キャベツと塩が織りなすシンプルな材料構成

発酵キャベツの材料は、驚くほどシンプルです。基本となるのは、キャベツと塩の2つだけ。この最小限の材料で、複雑な味わいを生み出すのが発酵の魅力といえるでしょう。

キャベツは、新鮮で葉がしっかりしたものを選びます。キャベツの表面には自然に乳酸菌が付着しているため、洗いすぎると乳酸菌を洗い流してしまい、発酵がうまく進まなくなります。軽く汚れを落とす程度にとどめるのがコツです。

は、キャベツの重量の2%程度が基本。塩分濃度が低すぎると雑菌が繁殖しやすくなり、高すぎると乳酸菌の活動が抑制されてしまいます。この絶妙なバランスが、発酵を成功させる鍵なのです。

香辛料は、地域や好みによって様々です。キャラウェイシードは、ドイツのザワークラウトに欠かせないスパイスで、独特の香りと風味を加えます。ジュニパーベリー(杜松の実)は、ジンの香りづけにも使われるスパイスで、爽やかな香りが特徴です。ローリエ(月桂樹の葉)は、煮込み料理にもよく使われる定番のハーブ。唐辛子は、ピリッとした辛みをプラスします。

これらの香辛料は必須ではありませんが、加えることで風味に深みが増し、より本格的な味わいになります。また、塩とともに白ワインを加えて漬け込む方法もあり、ワインの酸味と香りが発酵キャベツに独特の風味を与えます。

産地や各家庭において作り方はさまざまですが、基本的な材料はこれだけ。シンプルだからこそ、素材の質と発酵の技術が味を左右するのです。

重しと時間が育む伝統の調理法

発酵キャベツの伝統的な調理法は、シンプルながらも奥深いものです。基本的な手順を追ってみましょう。

まず、キャベツを千切りにします。太さは好みによりますが、細すぎると食感が失われ、太すぎると発酵が均一に進みにくくなります。3〜5mm程度の幅が一般的です。

次に、ボウルに千切りキャベツを入れ、適量(キャベツの重量の2%程度)の塩と香辛料を加えてよく混ぜます。この時、キャベツをしっかり揉み込むことで、細胞が壊れて水分が出やすくなります。塩の浸透圧によって、キャベツから水分が引き出されるのです。

ここからが重要なポイント。保存瓶や高さのあるタッパーに入れ、上からギュッと押します。キャベツが汁から浮き上がらないようにするためです。キャベツが空気に直接触れると、乳酸菌による発酵が妨げられ、他の雑菌に対して無防備になってしまいます。つまり、酸素を遮断することが、乳酸発酵の基本なのです。

常温で保管し、夏季なら3日、冬場でも1週間程度で酸味が出て食べごろになります。発酵が進むにつれて、キャベツの色が少し黄色がかってきて、酸味が増していきます。発酵期間は好みによって調整できますが、長く発酵させるほど酸味は強くなります。

ザワークラウト工場では、千切りにしたキャベツを100トン以上保存できる巨大な発酵タンクが使われています。キャベツの芯をくり抜き、塩だけを加え、出てきた水分と合わせて重量比2〜3%の塩分濃度にします。その後は巨大なタンクに移し、管理された細菌に消化させます。ヨーロッパの工場では、発酵開始から1週間ほどで商品を包装する工程に入りますが、アメリカでは長ければ1年間タンクに入れて、酸っぱいザワークラウトをつくることもあります。

ただし、工場で作られるザワークラウトは、一般に販売前に加熱殺菌されるため、有益な微生物がほとんど失われていることが多いのです。生きた乳酸菌を摂取したい場合は、自家製か、非加熱の製品を選ぶ必要があります。

家庭で作る場合、発酵の様子を観察するのも楽しみの一つです。最初の数日は、キャベツの表面に小さな泡が立ち、発酵が進んでいることがわかります。

まとめ

発酵キャベツは、キャベツと塩というシンプルな材料から生まれる、人類の知恵の結晶です。

古代中国を起源とし、モンゴル軍の侵攻を経てヨーロッパへ伝わったとされるこの発酵食品は、ドイツ、フランス、ロシア、東欧諸国など、各地で独自の発展を遂げてきました。厳しい冬を乗り越えるための保存食として、また大航海時代には壊血病を防ぐ命綱として、人々の暮らしを支えてきた歴史があります。

乳酸菌の働きによって生まれる爽やかな酸味と、しんなりとしながらも心地よい食感。キャラウェイシードやジュニパーベリーなどの香辛料が加わることで、複雑な風味が生まれます。ソーセージなどの肉料理の付け合わせとして、スープや煮込み料理の材料として、あるいはサンドイッチに挟んで──その活用法は実に多彩です。

伝統的な調理法は、千切りにしたキャベツに塩を加え、常温で発酵させるというシンプルなもの。しかし、そのシンプルさの中に、酸素を遮断し、乳酸菌の活動を促すという科学的な知恵が詰まっています。

冷蔵庫のない時代から受け継がれてきた発酵の技術は、現代においても色褪せることなく、私たちの食卓を豊かにしてくれます。発酵キャベツの世界は、まさに古代から続く知恵と魅力に満ちているのです。

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