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はじめに
なますと聞いて、多くの方が思い浮かべるのは、お正月のおせち料理に欠かせない紅白の和え物ではないでしょうか。千切りにした大根と人参を甘酢で和えた、さっぱりとした味わいが特徴です。しかし、この料理が元々は生肉や生魚を細かく刻んだものだったと聞くと、驚かれる方も多いかもしれません。
中国から伝来し、日本で独自の進化を遂げたなますは、時代と共にその姿を大きく変えてきました。本記事では、なますの起源から現在の形に至るまでの歴史、そして紅白なますがおせち料理の定番となった文化的背景について、詳しく解説していきます。
生肉から野菜へ、驚きの変遷
なますという料理名は、「膾」または「鱠」という漢字で表記されます。この文字は古事記や日本書紀の時代から見られ、当初は生肉を細かく刻んだものを指していました。語源については諸説あり、「なましし(生肉)」が転じたという説や、「なますき(生切)」から来たという説が有力です。
中国では春秋時代から、細切りにした生肉や生魚に葱やからし菜などの薬味、酢をつけて食べる習慣がありました。孔子が肉の膾を好んだという記録も残っています。『孟子』では「おいしい物」の例として「膾炙(かいしゃ)」が挙げられており、膾と炙(あぶり肉)は当時の代表的なご馳走だったことが分かります。
日本へは奈良・平安時代以前に伝来したと考えられていますが、その後の展開が興味深いのです。日本では次第に獣肉や魚肉から野菜を主体とした料理へと変化していきました。室町時代ごろになると、魚介類や獣肉に限らず酢を用いた和え物全般を「なます」と呼ぶようになり、野菜や果物だけを用いる「精進なます」も登場します。
なお、なますに酢を用いるようになったのは後世のことなので、「生酢」を語源とするのは誤りとされています。
江戸時代の膳を飾った主役
江戸時代まで、なますは膳におけるメインディッシュとしての扱いを受けていました。膳の中央より向こう側に置かれることから「向付(むこうづけ)」と呼ばれるようになったほどです。これは現在の私たちが想像する以上に、なますが重要な料理として位置づけられていたことを示しています。
当時のなますの調味料としては、甘酢、二杯酢、三杯酢、ゆず酢、たで酢などが用いられていました。特に興味深いのは、煎り酒(鰹節、梅干、酒、水などを合わせて煮詰めたもの)も使われていたという点です。現代では見かけることの少なくなった調味料ですが、当時の味わいを想像すると、より複雑で奥深い風味だったのではないでしょうか。
多彩ななますの世界
現在「なます」と一口に言っても、その種類は実に多様です。
膾の原義に忠実な料理としては、鮭の氷頭(頭部の軟骨)を用いた「氷頭なます」があります。コリコリとした食感が特徴的で、北海道や東北地方で親しまれています。また、千葉県の房総に見られる漁師料理「水なます」は、鯵などの小魚を細かく叩いて味噌で調味し、薬味となる香味野菜と共に氷水に取ったもので、夏の暑い日にぴったりの一品です。
魚介類を酢締めにした酢蛸や〆鯖などの「酢の物」、刺身やかまぼこなどを酢味噌で和えた「酢味噌和え」「ぬた」なども、広義にはなますの一種とされています。
地域色豊かななますとしては、新潟県の「かきあえなます」が挙げられます。「かきのもと」と呼ばれる赤紫色の食用菊を使った郷土料理で、れんこんやにんじんなどの秋野菜と食用菊を、くるみとごま酢の和え衣で味付けします。歯ざわりのよいシャキシャキとした食感と風味豊かな芳香が持ち味で、おせちのほか法事料理にも欠かせない一品となっています。
根菜類を油揚げや椎茸などと炒ってから酢で和える「焼きなます」は、現在も家庭の惣菜として作られており、温かいなますとして冬の食卓を彩ります。
縁起を担ぐ紅白の美しさ
正月のおせち料理として定番となっているのが「紅白なます」です。千切りにした大根と人参(あるいは干し柿)を甘酢で和えたもので、その紅白の色合いが縁起の良さを象徴しています。
赤と白の組み合わせは、源氏と平家の旗に見立てて「源平なます」とも呼ばれます。紅白は祝いの色として日本文化に深く根付いており、めでたい席には欠かせない色彩です。おせち料理の中でも、この紅白なますは視覚的な美しさと、さっぱりとした味わいで、豪華な料理の合間の箸休めとしても重宝されています。
同じくおせち料理として作られる「酢蓮(酢れんこん/酢ばす)」も、レンコンの穴から「先を見通せる」という縁起を担いだなますの一種です。
大根と人参、酢が織りなす調和
現在の紅白なますの基本的な材料は、大根、人参、そして酢です。非常にシンプルな構成ですが、それゆえに素材の質と調理の丁寧さが味を左右します。
大根は水分が多く、シャキシャキとした食感が特徴です。人参は甘みと鮮やかな色を添えます。この二つを千切りにし、塩で軽く揉んで水分を抜いてから、甘酢で和えるのが基本的な作り方です。
調味酢には、米酢に砂糖と塩を加えた甘酢が一般的ですが、柚子の皮を加えて香りをつけることも多く行われています。柚子の爽やかな香りが加わることで、なますの味わいは一層引き立ちます。
水っぽくならないコツは、千切りにした野菜をしっかりと塩もみし、出てきた水分をよく絞ることです。この一手間が、味のしまった美味しいなますを作る秘訣と言えるでしょう。
まとめ
なますは、中国から伝来した生肉・生魚料理が、日本で独自の発展を遂げ、野菜を酢で和える現在の形になった料理です。古事記の時代から続く長い歴史を持ち、江戸時代には膳のメインディッシュとして扱われるほど重要な位置を占めていました。
現在では、紅白なますがおせち料理の定番として広く親しまれており、その紅白の色合いは縁起の良さを象徴しています。氷頭なますや水なます、かきあえなますなど、地域ごとに多様ななますが存在し、日本の食文化の豊かさを物語っています。
シンプルな材料ながら、調理の丁寧さが味を左右するなますは、日本料理の奥深さを感じさせる一品です。お正月だけでなく、普段の食卓でも、その爽やかな味わいを楽しんでみてはいかがでしょうか。