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はじめに
寒い季節になると、湯気の立ち上る鍋から漂う出汁の香りに誘われて、思わず足を止めてしまう。そんな経験はありませんか?おでんは、日本の冬を代表する煮物料理であり、鍋料理としても親しまれています。鰹節と昆布でとった出汁に様々な具材を入れて長時間煮込むこの料理は、シンプルでありながら奥深い味わいを持っています。
大根、ゆで卵、こんにゃく、薩摩揚げ、はんぺん、焼きちくわ、厚揚げといった定番の具材が、じっくりと出汁を吸い込んでいく様子は、まさに日本料理の真髄とも言えるでしょう。地域や家庭によって具材やつけだれが異なり、それぞれの土地の食文化を反映しているのも興味深い点です。
室町から続く、串料理の系譜
おでんのルーツは、室町時代に流行した「豆腐田楽」にあります。田楽とは、種を串刺しにして焼いた料理のことで、当時は味噌を塗って焼く「焼き田楽」と、茹でる「煮込み田楽」の両方が存在していました。「おでん」という呼び名は、田楽を意味する女房言葉が起源とされています。
江戸時代に入ると、「おでん」は「煮込み田楽」を指すようになり、一方で「田楽」は「焼き田楽」を指すようになりました。この時代、おでんは江戸の庶民にとってのファストフードとして大いに人気を博します。「上燗おでん」という名称で振売が流行し、町中で手軽に食べられる料理として定着していったのです。
やがて時代が進むにつれ、串に刺したスタイルから、現在のような鍋で煮込むスタイルへと進化を遂げました。屋台や居酒屋で提供されるようになり、酒の肴としても愛されるようになります。この変遷は、日本の食文化が時代とともに柔軟に変化してきた証とも言えるでしょう。
出汁が決め手、具材が主役
おでんの最大の特徴は、何と言っても出汁の旨味と、それを吸い込んだ具材の調和にあります。一般的に関東では濃口醤油を用い、昆布とかつお節で出汁をとり、味醂と酒で味を調えます。一方、関西では薄口醤油を用い、昆布とかつお節で出汁をとり、塩で味を調えるのが特徴です。
関西風の出汁は色が薄く、具材の色を損なわないため、見た目にも美しい仕上がりになります。実は、コンビニエンスストアのおでんが関西風の味付けを採用しているのは、つゆの色が薄く客が具材を選びやすいこと、そして匂いが控えめで店内に広がりにくいという実用的な理由があるのです。
具材の種類は実に多彩で、紀文の調査によると、人気ベスト10は大根、たまご、ちくわ、こんにゃく、はんぺん、厚揚げ、さつま揚げ、餅入り巾着、ごぼう巻、じゃがいもの順となっています。それぞれの具材が出汁を吸い込む速度や程度が異なるため、煮込む順番やタイミングも重要になってきます。
大根は下茹でをしてから煮込むことで、中まで味が染み込みやすくなります。こんにゃくは表面に切り込みを入れることで、出汁が絡みやすくなる。こうした細やかな工夫が、おでんの美味しさを左右するのです。
土地が育む、多様なおでん文化
おでんは日本全国で愛されている料理ですが、地域によって具材やつけだれに大きな違いがあります。この多様性こそが、おでんの魅力の一つと言えるでしょう。
静岡おでんは、濃い色の出汁で煮込み、青のりやだし粉をかけて食べるのが特徴です。駄菓子店や食堂の店先で、七輪やストーブでグツグツと煮込まれている光景は、今でも一部の店で見ることができます。
愛知県では豆味噌だれ、香川県ではからし味噌だれ、愛媛県ではみがらし味噌など、味噌田楽の名残から味噌を付けて食べる地域も多く存在します。これらは、各地域の味噌文化と深く結びついているのです。
仙台では、いいだこ(飯蛸)の頭にかんぴょうをハチマキのように結んだものが名物となっている専門店もあります。地域ごとの特産品や食文化が、おでんという料理を通じて表現されているわけですね。
東京都北区赤羽のおでん屋「丸健水産」では、つゆを日本酒で割り七味唐辛子を好みで加える「出汁割り」が有名になりました。おでんの楽しみ方は、具材を食べるだけではなく、出汁そのものを味わうという文化にまで広がっているのです。
定番から変わり種まで、具材の世界
おでんの具材は、大きく分けて練り物、野菜類、その他の具材に分類できます。それぞれが異なる食感と味わいを持ち、出汁との相性も様々です。
練り物の代表格である薩摩揚げ、はんぺん、焼きちくわは、魚のすり身から作られており、出汁の旨味を吸収しながら自らの旨味も出汁に溶け出します。はんぺんは特にふわふわとした食感が特徴で、口の中で出汁がじゅわっと広がる瞬間は格別です。
野菜類では大根が圧倒的な人気を誇ります。じっくりと煮込まれた大根は、箸で持ち上げるとほろりと崩れそうなほど柔らかく、中まで出汁が染み込んでいます。こんにゃくは独特の食感を持ち、噛むたびに出汁が口の中に広がります。
ゆで卵は、黄身まで出汁の味が染み込み、ねっとりとした食感と濃厚な味わいが楽しめます。厚揚げは外側の香ばしい部分と内側の柔らかい豆腐の対比が面白く、油のコクが出汁に深みを加えます。
変わり種としては、じゃがいも、餅入り巾着、ごぼう巻、ウインナーなどがあり、地域によってはタコ、牛すじ、ロールキャベツなども使われます。具材の組み合わせは無限大で、家庭ごとに「我が家の味」が存在するのも、おでんの魅力と言えるでしょう。
煮込みの技、時間が生む旨味
おでんの調理法は、一見シンプルに見えますが、実は奥が深いものです。美味しいおでんを作るには、出汁の取り方、具材の下処理、煮込む順番とタイミングなど、いくつかのポイントを押さえる必要があります。
まず、出汁作りから始めます。鍋に水と昆布、鰹節などの材料を入れて火にかけ、煮詰めてからこしたものを「おでんだし」と呼びます。このおでんだしに、酒、みりん、醤油、塩などを加えたものが、おでんの煮汁となります。出汁の味付けは、関東風か関西風かによって異なりますが、どちらも昆布と鰹節の旨味が基本です。
具材の下処理も重要です。大根は米のとぎ汁や下茹でをすることで、苦味やえぐみを取り除きます。こんにゃくは表面に格子状の切り込みを入れたり、手でちぎったりすることで、出汁が絡みやすくなります。厚揚げや油揚げは、熱湯をかけて油抜きをすることで、余分な油を取り除き、出汁の味を吸いやすくします。
煮込む順番は、味が染み込みにくいものから先に入れるのが基本です。大根やこんにゃくなどは早めに入れ、練り物類は後から加えます。ゆで卵も比較的早い段階で入れると、中まで味が染み込みます。
火加減は弱火でコトコトと煮込むのがコツです。強火で煮ると出汁が濁ったり、具材が崩れたりする原因になります。時間をかけてじっくりと煮込むことで、具材と出汁が一体となった深い味わいが生まれるのです。一度冷ましてから再び温めると、さらに味が染み込むと言われています。これは、冷める過程で具材が出汁を吸い込むためです。
まとめ
おでんは、室町時代の豆腐田楽をルーツに持ち、江戸時代にファストフードとして庶民に愛され、現在の煮込みスタイルへと進化してきた日本の伝統的な煮物料理です。
鰹節と昆布でとった出汁に、大根、ゆで卵、こんにゃく、薩摩揚げ、はんぺん、焼きちくわ、厚揚げなどの具材を入れて長時間煮込むことで、それぞれの具材が出汁の旨味を吸い込み、一体となった深い味わいが生まれます。関東風と関西風では出汁の味付けが異なり、地域によって具材やつけだれにも多様性があります。
静岡おでんの青のりやだし粉、愛知県の豆味噌だれ、仙台のいいだこなど、各地域の食文化を反映した個性豊かなおでんが存在します。コンビニエンスストアでも手軽に楽しめるようになり、現代の食生活にも深く根付いています。
おでんの魅力は、シンプルでありながら奥深い味わい、そして地域や家庭ごとに異なる「我が家の味」が存在することにあります。寒い季節に湯気の立ち上る鍋を囲み、じっくりと煮込まれた具材を味わう時間は、日本の冬の風物詩と言えるでしょう。