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はじめに
街角で香ばしい香りを漂わせながら回転する肉の塊。ケバブと聞いて、多くの方がこの光景を思い浮かべるのではないでしょうか。日本でもすっかりお馴染みとなったケバブですが、実はこの料理、単なるサンドイッチではなく、トルコを中心とした広大な地域で愛されてきた奥深い肉料理の総称なのです。
本記事では、ケバブの定義から起源、歴史、そして世界各地で発展した多様な種類まで、この魅力的な料理の全貌を紐解いていきます。
トルコが誇る焼肉料理の真髄
ケバブとは、トルコ料理における肉や魚、野菜などを焼いた料理の総称です。トルコ語で「焼く」を意味する言葉に由来するこの料理は、本来は焼肉料理全般を指す広い概念でした。しかし、肉のローストが圧倒的に多いため、現在では肉料理の代名詞として世界中で認識されています。
興味深いのは、焼く以外の調理法も含まれる点です。煮込んだり、揚げたり、蒸したりする肉料理もケバブと呼ばれることがあり、その定義は私たちが想像する以上に柔軟なんですね。
使用される肉は、元々は羊肉(マトンやラム肉)が主流でした。イスラム教の影響が強い地域では、羊肉、牛肉、鶏肉が主に使われ、魚肉が使われることもあります。一方、日本では羊肉特有のクセを避け、牛肉や鶏肉を使用したケバブが好まれる傾向にあります。これは文化的な食習慣の違いが反映された、興味深い適応例と言えるでしょう。
肉には調味料やスパイスで下味をつけ、香ばしく焼き上げることで、ジューシーでスパイシーな味わいが生まれます。この香辛料やヨーグルトを用いた味付けこそが、ケバブの魅力の核心部分なのです。
古代から続く焼肉文化の系譜
ケバブの起源については諸説ありますが、最も有力な説の一つは、アッカド語に遡るものです。アッカド語には「焼く」または「焦がす」という意味の「カバブー(kababu)」という言葉があり、これからアラビア語の「カバーブ」が派生したと考えられています。
また、全く別の説として、アラビア語のクッバ(都市部のシリア方言でクッベ)が「球」を意味し、ケバブと同語根であるという説も存在します。言語学的な起源の多様性は、この料理が広大な地域で長い時間をかけて発展してきた証と言えるでしょう。
トルコとその周辺地域で生まれたケバブは、オスマン帝国の拡大とともに広がりました。バルカン半島では、オスマン帝国の支配下で独自のケバブ文化が根付き、チェヴァプチチやケバプチェといった小型のハンバーグ状のケバブが伝統料理として定着しています。
ロシアでは、1870年にモスクワで初めてシシュ・ケバブ風の「シャシュリク」を売り物にするレストランが開店しました。初期のシャシュリクは主にカフカース地方風のケバブで、後には中央アジア風のケバブもシャシュリクとして知られるようになり、ソ連時代に全域に広がったのです。
日本では、古くからインド料理としてのシークカバブが「シシカバブー」という名前で親しまれてきました。近年、トルコ料理としてのシシュケバブが紹介されるにつれ、もともと同じ料理だが調理法の異なるシークカバーブとシシュケバブが混同されることもあるようです。
スパイスと肉汁が織りなす味の饗宴
ケバブの最大の特徴は、スパイスと香辛料による深い味わいです。肉に下味をつける際、ヨーグルト、タマネギ、ハーブ、そして様々なスパイスを組み合わせることで、独特の風味が生まれます。この下味付けは、単に味を加えるだけでなく、肉を柔らかくする効果もあるんですね。
調理法も多彩です。最も典型的なのは、四角形に切った肉を串に刺して焼く方法。串焼きのケバブの標準的なサイズは各地で差があり、日本の焼き鳥程度の20cm程度の串を使う地域から、40cm程度の剣のような串を使う地域、さらにはクチャ県の1m近い巨大な串を使う例まであります。
挽肉を使ったバリエーションも存在します。トルコやイラン、アフガニスタンでは、挽肉をつくね状にして平たい金属製の串に巻いて焼いたものはケバブ料理に含まれ、コフタ・カバーブと呼ばれています。
焼き上がった肉は、外側がカリッと香ばしく、内側はジューシーで肉汁が溢れ出します。この食感のコントラストこそが、ケバブの醍醐味と言えるでしょう。
世界に広がる多様なケバブの形
ケバブには、地域や調理法によって実に多様な種類が存在します。ここでは代表的なものをいくつかご紹介しましょう。
ドネルケバブは、垂直の串に味付けした肉を上から刺していって積層し、水平に回転させながら縦型グリルの熱で外側から焼き、焼けた部分から順次肉を削ぎ落としたものです。トルコでは羊肉、鶏肉が主に使われ、レストランでは皿に盛って供されますが、屋台ではパンにサラダと一緒に挟む食べ方でテイクアウトメニューになっています。
現在、世界中で見られるサンドイッチ形式のケバブは、1970年代にドイツでトルコ移民によって考案されたものです。具体的には、1960年にトルコからドイツへ移民としてやってきたカディル・ヌルマンさんが1972年に考案したとされています。ドイツはトルコ移民が多く、ケバブがファーストフードの定番となるほど広まっており、マクドナルドに匹敵する人気を誇っています。
シシュケバブは、四角形に切った肉を串に刺して焼いた、最も伝統的なスタイルのケバブです。「シシュ」はトルコ語で「串」を意味します。日本では、インド料理のシークカバブが早くに紹介され、それがトルコ風に訛った「シシカバブー」という名前で親しまれてきました。
イスケンデルケバブは、ヨーグルトを添えて食べるトルコの代表的なケバブです。薄切りのドネルケバブをピタパンの上に乗せ、トマトソースとバターをかけ、ヨーグルトを添えて供されます。
地域による違いも顕著です。イランでは、角切りにしたヒレまたはサーロインを串に刺して焼いたキャバーベ・バルグ、または味つけした挽肉を串に巻いて焼いたキャバーブ・クービーデを白いピラフの上にのせて食べる「チェロウ・キャバーブ」が国民食となっています。
パキスタン西部では、串に巻かず平べったく捏ねてフライパンで焼くチャプリ・カバーブが食されています。「サンダルのカバブ」という意味のウルドゥー語が変化したもので、平べったい様がサンダルを連想させることから名づけられたと推測されます。
羊肉から牛肉、鶏肉まで使われる多彩な素材
ケバブに使用される主な材料は、肉、香辛料、そして付け合わせの野菜です。
肉の種類は、伝統的には羊肉が主流でしたが、現在では牛肉や鶏肉も広く使われています。トルコなどのイスラム教国では、主に羊肉、牛肉、鶏肉が使われ、魚肉も使われることがあります。ウイグルではアヒルや各種野鳥も使われることがあるそうです。
一方、ヒンドゥー教徒が多いインドでは、ムスリム専用食堂など一部の場を除いてシークカバーブに牛肉が使われることはなく、もっぱら羊肉や山羊肉が使用されます。このように、宗教的・文化的背景が使用される肉の種類に大きく影響しているんですね。
日本では、北海道など一部の地方を除いて羊肉を食べる習慣がなく、羊肉の入手が困難なこともあり、日本で販売されているケバブのほとんどが鶏肉か牛肉を使用しています。豚肉が使用されることはまずなく、また牛肉や鶏肉であってもイスラム教徒が加工したものが使用されており、ハラールであることを標榜している店舗も多いです。
香辛料とマリネ液には、クミン、コリアンダー、パプリカ、ターメリック、黒胡椒などが使われます。ヨーグルト、レモン汁、オリーブオイル、ニンニク、タマネギなどと組み合わせてマリネ液を作り、肉を数時間から一晩漬け込むことで、深い味わいと柔らかな食感が生まれます。
付け合わせと野菜としては、トマト、タマネギ、レタス、キャベツなどの生野菜が一般的です。サンドイッチ形式では、これらの野菜とケバブをパンに挟み、様々なソースをかけて食べます。
ソースも重要な要素です。トルコでは調理後の味付けは塩を振る程度ですが、ドイツや日本などでは、チリソース、ヨーグルトソース、ガーリックソース、マヨネーズベースのソースなど、多様なソースが使われます。日本人の味覚に合わせ、マヨネーズベースのソースが掛かっていることが多いのも特徴的ですね。
炭火で焼き上げる伝統の技法
ケバブの伝統的な調理法は、炭火を使った直火焼きです。この方法により、肉の表面に香ばしい焦げ目がつき、独特の風味が生まれます。
串焼きケバブ(シシュケバブ)の調理法は、まず肉を一口大の四角形に切り、マリネ液に漬け込みます。数時間から一晩漬け込んだ後、金属製の串に刺し、炭火の上で回転させながら焼き上げます。焼き加減は、外側がカリッと焼けて、内側はジューシーさを保つのが理想的です。
ドネルケバブの調理法は、より複雑です。味付けした肉を垂直の串に上から刺していって積層し、水平に回転させながら縦型グリル(主にガスと電気、以前は炭火が使われていた)の熱で外側から焼きます。焼けた部分から順次、長いナイフで肉を削ぎ落としていくのです。この調理法は、見た目にも迫力があり、屋台の前で立ち止まってしまう理由の一つでもありますね。
挽肉のケバブ(コフタ・カバーブ)の調理法では、挽肉に香辛料、タマネギのみじん切り、ハーブなどを混ぜ合わせ、よく練ります。これをつくね状にして平たい金属製の串に巻きつけ、炭火で焼き上げます。
現代では、家庭用のグリルやオーブン、フライパンでも調理されるようになりました。日本の屋台では、焼けて切り取った牛肉を保温するために炊飯器に保管するなど、独自の工夫も見られます。
また、米飯が一般的な日本ならではの料理として、牛丼のようにケバブを丼物としてアレンジした「ケバブ丼」も登場しました。伝統的な調理法を尊重しつつも、現代の食のシーンに合わせた進化も見られる点は興味深いですね。
まとめ
ケバブは、トルコを発祥とする肉や魚、野菜を焼いた料理の総称であり、その歴史は古代にまで遡ります。アッカド語の「カバブー」に由来するとされるこの料理は、オスマン帝国の拡大とともに世界中に広がり、各地で独自の発展を遂げてきました。
羊肉を中心に、牛肉、鶏肉、さらには魚まで使われる多様性、スパイスとヨーグルトによる深い味わい、そして炭火で焼き上げる伝統的な調理法。これらすべてが組み合わさって、ケバブという唯一無二の料理が生まれているのです。
ドネルケバブ、シシュケバブ、イスケンデルケバブなど、種類も実に豊富。地域による違いや派生料理も含めれば、その数は数え切れません。1970年代にドイツで生まれたサンドイッチ形式は、今や世界中で愛されるファストフードとなりました。
日本でも、牛肉や鶏肉を使ったケバブが定着し、マヨネーズベースのソースや「ケバブ丼」といった独自のアレンジも生まれています。これは、ケバブという料理が持つ柔軟性と適応力の証と言えるでしょう。
街角で見かけるケバブの屋台。その回転する肉の塊は、数千年の歴史と文化を背負いながら、今日も私たちに美味しさを届けてくれているのです。次にケバブを食べる機会があれば、ぜひこの奥深い歴史に思いを馳せてみてください。きっと、いつもとは違った味わいが感じられるはずですよ。