シェフレピマガジン

スーラータンとは?酸っぱ辛い湖南料理の魅力と歴史

この記事を読むのに必要な時間は約 4 分です。

酸っぱ辛い、その一口が身体に染み渡る

レンゲで掬ったスープが唇に触れた瞬間、まず酢の鋭い酸味が鼻を抜けていく。続いて唐辛子や胡椒の辛味が遅れて追いかけてきて、舌の上で二つの刺激が交差する。これが酸辣湯(サンラータン/スーラータン)です。中華料理の世界では、四川料理や湖南料理として親しまれてきたスープですが、一口で味わいを説明するのは難しい。酸味と辛味が同時に主張し合いながら、不思議とバランスを保つ。その複雑な味の構造に、多くの人が惹きつけられるのでしょう。

豆腐、キクラゲ、タケノコ、長ネギ——多彩な具材がスープの中で温かく溶け合い、塩や酢、スパイスで味を調えます。年間を通して食べられる料理として親しまれていますが、特に疲れた身体には沁み渡る味わいです。湖南料理をルーツに持つこのスープは、中国、長江の中流に位置する土地で生まれました。毛沢東をはじめ歴代の英雄を生んだその場所で、なぜ酸味と辛味が組み合わされたのか。その背景には、中国と日本、二つの食文化をまたぐ興味深い物語が隠されているのです。

スーラータンとは何か?

中華料理のメニューを眺めていて、「スーラータン」という名前に目を止めたことはないでしょうか。酢の酸味と唐辛子・胡椒の辛味が特徴のスープで、「サンラータン」という別名でも親しまれています。

酸味と辛味の二層構造こそが、スーラータンの味わいの核なのです。豆腐、鶏肉、シイタケ、キクラゲ、タケノコ、長ネギ、トマトなどの具材を塩や醤油で調味し、片栗粉でとろみをつけて仕上げるのが一般的。とろりとした質感の中に、酸と辛が交錯する複雑な味わいが楽しめます。

湖南料理が生んだ「酸辣」の哲学

中国の内陸部、長江の中流に位置する湖南省。この土地は古くから「英雄の故郷」として知られ、毛沢東をはじめとする中国歴代の英雄を数多く輩出してきました。湖南料理は中国八大菜系のひとつに数えられ、その味わいの根幹にあるのが「酸辣(ソワンラァ)」という哲学です。

酸っぱさと辛さを組み合わせたこの味わいは、単なる刺激を超えた深みを持っています。湖南省の湿気の多い気候風土の中で生まれた酸辣は、食欲を増進し、身体を活性化させる知恵が詰まった味なのです。

地図を広げてみると、湖南の西隣には四川があります。両者は地理的に近く、ともに辛さを特徴とする料理文化を育んできました。そのため酸辣湯が四川料理として紹介されることも少なくありません。実際、湖南と四川は料理の交流も深く、明確な境界線を引くのが難しい場合もあります。

ただ、酸辣という味わいの哲学を辿ると、その源流は湖南の風土と人々の暮らしにしっかりと根ざしていることが見えてきます。辛さだけを追うのではなく、酸味との調和を追求する。そこに湖南料理ならではの美学があるのです。

具材と味わいの構成要素

豆腐、キクラゲ、タケノコ——これらが細切りにされ、スープの中で織りなす食感のハーモニー。スーラータンの具材には、こうした定番の組み合わせがあります。豆腐の柔らかさ、キクラゲのコリコリとした歯応え、タケノコのシャキシャキ感。それぞれが異なる食感を持ちながらも、とろみのあるスープの中で一つの味わいへと統合されていくのですね。

この「とろみ」こそが、スーラータンを特徴づける重要な要素。片栗粉でとろみをつけることで、酸味や辛味が舌の上に留まり、じんわりと味わいが広がります。具材を細切りにして形をそろえるのも、このとろみのあるスープによくなじませるための工夫なのでしょう。

赤坂「榮林」から広がった日本の物語

日本でスーラータンというと、ラーメンのイメージが強く持たれているのではないでしょうか?
実際に「酸辣湯麺」は日本で生まれた料理なのだそうです。

東京・赤坂の街角に、ある中華料理店の暖簾があります。店名は「榮林」。が日本で酸辣湯麺が本格的に広まるきっかけを作った場所です。※現在は神楽坂へ移転されています

もともとこの酸味と辛味が織りなすスープに麺を合わせた料理は、店のまかない料理として生まれました。まかないで作っていた一品が、1970年ごろには正式なメニューとして掲載されるようになります。しかし、最初から人気があったわけではありません。1日にわずか1食か2食しか注文が入らない日も珍しくなかったそうです。

転機は、卵の調理法の改良から生まれました。ふわっとしたなめらかな食感を引き出す工夫を重ねた結果、スープの味わいに奥行きが生まれ、徐々にファンを増やしていきます。1995年頃には、来店客の8割以上がこのメニューを注文するまでになったというから、その変化の大きさが伝わってきます。

まかない料理が店の顔へと成長する。そんな物語が、この一杯には込められているのですね。

一杯のスープに詰まった二つの故郷

中国湖南の内陸部、長江の中流域で育まれた酸味の文化が、日本の食卓で新たな物語を紡いでいます。酢の酸味と唐辛子や胡椒の辛味が織りなすこのスープは、単なる味の調和を超えた深みを持つのですね。

湖南料理をルーツとする伝統の味は、中国八大菜系のひとつに数えられる歴史と重みを今に伝えています。一方で、日本に渡った酸辣湯は現地の食材や嗜好に合わせて変化し、独自の麺料理へと進化を遂げました。二つの物語が一本のレシピの中で交差する。

酸っぱ辛い味わいが疲れた身体に染み渡る理由は、この二層の物語にあるのかもしれません。歴史の厚みと進化の軽やかさが、一口ごとに感じられる。それが酸辣湯の真の魅力なのでしょう。

モバイルバージョンを終了