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田作りとは?おせちに欠かせない縁起物の由来と魅力

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はじめに

正月のおせち料理に欠かせない「田作り」。小さな魚が艶やかに輝く姿は、新年の食卓を華やかに彩ります。黒豆、数の子と並んで「祝い肴三種」の一つに数えられるこの料理は、単なる前菜ではなく、日本人の願いと知恵が詰まった縁起物なのです。

カタクチイワシの稚魚を乾燥させた「ごまめ」を、砂糖、醤油、みりんで甘辛く味付けしたもの――それが田作りです。パリッとした食感と、甘じょっぱい味わいは、お屠蘇(とそ)との相性も抜群。おせちの一の重に詰められ、新年最初の一口として多くの家庭で親しまれています。

田作りとごまめ――二つの名が語る物語

田作りは「ごまめ」とも呼ばれますが、厳密にはこの二つの言葉には微妙な違いがあります。ごまめとは、カタクチイワシの稚魚を素干しにした乾燥品そのものを指す言葉。一方、田作りは、そのごまめを炒って調味料で味付けした料理を指します。つまり、ごまめは食材、田作りは料理名というわけです。

ごまめという名前の由来には諸説あります。最も有力なのは「細群(こまむれ)」が転じたという説。小さな魚が群れをなす様子から名付けられたとされています。また、祝い肴であることから「五万米」「五真米」という縁起の良い漢字が当てられ、それが転訛したという説も。さらには、魚の目がゴマのように黒いことから名付けられたという説もあり、どれも興味深いですね。

別名として「ことのばら」という雅な呼び方も存在します。これは京都御所での年始の儀式に用いられた際の呼称で、宮中文化の名残を感じさせる言葉です。

田作りという名称の由来は、さらに深い意味を持っています。かつて干したイワシは「干鰯(ほしか)」と呼ばれ、田畑の高級肥料として重宝されていました。イワシを肥料として田にまいたところ、驚くほどの豊作になったという言い伝えがあり、そこから「田んぼを作る」ものとして「田作り」と呼ばれるようになったのです。五穀豊穣を願う農民の切実な祈りが、この名前には込められているんですね。

豊穣への祈りが生んだ正月の定番

田作りが正月料理として定着した背景には、日本の農耕文化が深く関わっています。

江戸時代以前から、干したイワシは田畑の肥料として広く使われていました。当時、化学肥料などない時代、魚を肥料にすることは画期的な農業技術でした。特にカタクチイワシは大量に獲れ、乾燥させることで保存も効き、窒素やリンなどの栄養分を豊富に含んでいたため、理想的な肥料だったのです。

ある年、干鰯を肥料として使った田んぼで五万俵もの米が収穫できたという伝説があります。この驚異的な豊作の話が広まり、人々は「この小さな魚には豊穣をもたらす力がある」と信じるようになりました。そして、豊作を祈念して正月にこの魚を食べる習慣が生まれたのです。

京都御所では、年始の儀式用として田作りが用いられていました。これが正月祝いや祝儀としての田作りのはじまりとされています。宮中から武家、そして庶民へと広がっていく過程で、田作りは「祝い肴三種」の一つとして確固たる地位を築いていきました。

また、「まめ」という言葉には「健全」「達者」という意味があります。「まめに働く」という言葉があるように、勤勉さや健康を表す言葉でもあるんです。ごまめの「まめ」にこの意味を重ね、家族の健康と無病息災を願う気持ちも込められています。

田植祝い(さなぶり)でも、豊作を祈念して田作りが食べられていました。正月だけでなく、農作業の節目節目で食べられていたことからも、この料理が農民にとっていかに大切なものだったかが分かりますね。

小さな魚に秘められた栄養と食感の魅力

田作りの主役であるカタクチイワシの稚魚は、小さいながらも栄養の宝庫です。

タンパク質が約67%と非常に高く、カルシウムやリンなどのミネラルも豊富に含まれています。骨ごと食べられるため、カルシウム摂取には理想的な食材と言えるでしょう。現代の栄養学的な観点から見ても、優れた食材なんです。

田作りの魅力は、何といってもあの独特の食感にあります。カリッとした歯ごたえと、噛むほどに広がる香ばしさ。そこに甘辛いタレが絡み、複雑な味わいを生み出します。お酒のつまみとしても優秀で、日本酒やビールとの相性は抜群です。

良質なごまめの見分け方にもポイントがあります。油が少なく、体表面が銀白色に輝いているもの、頭や尾がとれず形が崩れていないものが良品とされています。逆に、油焼けしていたり、油がにじみ出ているものは避けるべきです。素材選びが、美味しい田作りを作る第一歩なんですね。

祝い肴三種としての格式と役割

おせち料理の中でも、田作りは特別な位置づけにあります。

「祝い肴三種」とは、黒豆、数の子、田作り(関西では田作りの代わりにたたきごぼうを入れることも)の三品を指します。この三種さえあれば、お屠蘇とともに新年を祝うことができるとされるほど、おせちの中核をなす料理なのです。

おせち料理は通常、重箱に詰められますが、田作りは「一の重」に配置されます。一の重には祝い肴や口取り(前菜)が詰められ、おせちの「顔」とも言える重要な段です。田作りは、その中でも目を引く存在として、新年最初の一口を飾ります。

無病息災を願い、お屠蘇などのお酒とともに食べる前菜料理――それが祝い肴の役割です。田作りは、単なる料理ではなく、新年の願いを込めた儀式的な意味合いを持つ食べ物なんですね。

地域によって祝い肴の内容は若干異なりますが、田作りは全国的に広く親しまれています。その普遍性は、この料理が日本人の心に深く根付いている証と言えるでしょう。

伝統の調理法――カリッと仕上げる技

田作りの基本的な作り方は、シンプルながらも奥深いものがあります。

まず、乾燥させた小さいカタクチイワシ(ごまめ)を乾煎りします。フライパンで弱火から中火でじっくりと炒り、香ばしい香りが立ち、パリッとした食感になるまで加熱します。この工程が田作りの美味しさを左右する重要なポイント。焦がさないよう、丁寧に炒ることが大切です。

炒ったごまめは一旦冷まします。熱いうちにタレを絡めると、湿気を吸ってベタついてしまうからです。この「冷ます」という工程を省略しないことが、カリッとした食感を保つ秘訣なんですね。

次に、醤油、みりん、砂糖を鍋に入れ、少量の唐辛子を加えて煮詰めます。タレがとろりとして、泡が大きくなってきたら火を止めるタイミング。煮詰めすぎると固くなってしまうので、見極めが肝心です。

冷ましたごまめを煮詰めたタレの中に入れ、手早く絡めます。タレが冷めて固まる前に、全体にまんべんなく絡めることがポイント。バットやクッキングシートの上に広げて冷まし、くっつかないようにほぐしながら仕上げます。

伝統的な作り方では、ごまめを軽くあぶってから使うこともあります。直火であぶることで、より香ばしさが増すんです。また、くるみを加えたアレンジも人気で、食感のアクセントと栄養価の向上が期待できます。

調理のコツは、とにかく「水分を飛ばすこと」と「冷ましてから絡めること」。この二点を守れば、家庭でもプロのような仕上がりが実現できます。

まとめ

田作りは、カタクチイワシの稚魚を使った正月のおせち料理であり、「祝い肴三種」の一つとして欠かせない存在です。「ごまめ」とも呼ばれるこの料理は、かつて田畑の肥料として使われ豊作をもたらしたことから、五穀豊穣を願う縁起物として正月に食べられるようになりました。

「田んぼを作る」という名前の由来、「まめ(健全・達者)」に込められた健康への願い、京都御所での年始の儀式に用いられた歴史――田作りには、日本人の祈りと知恵が凝縮されています。

小さな魚ながら、タンパク質やカルシウムなどの栄養が豊富で、カリッとした食感と甘辛い味わいは、世代を超えて愛され続けています。乾煎りして冷まし、煮詰めたタレで絡めるというシンプルな調理法ながら、その一つ一つの工程に意味があり、丁寧に作ることで格別の美味しさが生まれます。

おせちの一の重を飾る田作りは、単なる料理ではなく、新しい年の豊かさと健康を願う日本の食文化の象徴です。この小さな魚に込められた先人たちの思いを噛みしめながら、新年の一口を味わってみてはいかがでしょうか。

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