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ホースラディッシュとは?西洋わさびの歴史と活用法を解説

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はじめに

ローストビーフの付け合わせとして目にすることの多いホースラディッシュ。白いクリーム状のソースとして提供されることが多いこの食材ですが、その正体をご存じでしょうか?

ホースラディッシュは、日本では「西洋わさび」や「山わさび」とも呼ばれるアブラナ科の植物です。本わさびとは異なる種類でありながら、似た辛味を持つことから、粉わさびやチューブ入りわさびの原料としても広く使われています。古代ギリシャの時代から香辛料として重宝されてきたこの食材は、ヨーロッパからアメリカへと広がり、現在では世界中の食卓で愛されています。

初めてローストビーフにホースラディッシュソースを添えて食べたとき、その鼻に抜ける爽やかな辛味と、肉の旨味を引き立てる力強さに驚いたことを今でも覚えています。本わさびとは違う、どこか大根を思わせる香りと、クリーミーなソースとの絶妙なバランス。一度知ってしまうと、肉料理には欠かせない存在になるのです。

「力強い大根」という名の由来

ホースラディッシュという名前は、英語の「horse(馬)」と「radish(大根)」を組み合わせた言葉です。ここでの「horse」は、単に馬を意味するのではなく、「強い」「大きい」「粗い」といった性質を表す形容詞的な役割を果たしています。

実際、ホースラディッシュは生命力が非常に強く、根の断片を土に埋めるだけで容易に発芽します。収穫時に取り残した根からも次々と芽を出すほどの旺盛な繁殖力を持ち、まさに「力強い」植物なのです。

日本では「西洋ワサビ」「山わさび」など、さまざまな呼び名で親しまれています。フランス語由来の「レフォール」という呼び名も、高級レストランなどで耳にすることがありますね。漢字では「馬蘿蔔」と表記されることもあり、これは英名を直訳したものです。

古代ギリシャから続く香辛料の歴史

ホースラディッシュの原産地は、南東ヨーロッパから西アジアにかけての地域と考えられています。その歴史は古く、古代ギリシャでは紀元前からすでに使用されていたという記録が残っています。

1世紀頃のローマ帝国では、香辛料として広く利用されるようになりました。中世ヨーロッパでは薬草としても重宝され、その効能の高さが評価されていたようです。15世紀には栽培が盛んになり、その後アメリカ大陸へも伝わっていきます。

19世紀に入ると、食文化の一環として定着し始め、清涼感のある辛味が食欲を増進させるとして、食卓に欠かせない存在となりました。保存食としても用いられるようになり、ヨーロッパからアメリカへと、その食文化は広がっていったのです。

日本への導入は明治時代のこと。西洋料理の普及とともに、この香辛料も日本の食卓に登場するようになりました。現在では、アメリカのイリノイ州が世界需要の80%を生産しており、コモンタイプとボヘミアンタイプという2つの品種が知られています。

興味深いのは、16世紀後半から17世紀初めにかけて活躍したイギリスの植物学者ジョン・ジェラードが残した記録です。彼は著書の中で、「ホースラディッシュはブドウの木の敵である。この両者は互いに非常に憎しみが強いため、ホースラディッシュの根をブドウの木の近くに植えると、ブドウの木と親しくなりたくないので、その根はブドウの木から遠ざかるように曲がった形になる」と書き残しています。真偽のほどはわかりませんが、植物同士の相性について考えさせられる、ユニークな説ですね。

本わさびとは何が違う?ホースラディッシュの特徴

ホースラディッシュと本わさびは、どちらもアブラナ科に属する植物ですが、実は全く異なる種類です。本わさびはEutrema属に分類され、学名を「Eutrema japonicum」といいます。一方、ホースラディッシュの学名は「Armoracia rusticana」。見た目も風味も、かなりの違いがあるのです。

まず外見から見てみましょう。本わさびの根茎は鮮やかな黄緑色をしていますが、ホースラディッシュの根茎は白っぽい色をしています。地上部では、ホースラディッシュは先の尖った60センチほどの明るい緑色の大きな葉が特徴的です。

辛味成分については、どちらも「アリルイソチオシアネート」という揮発性の成分を持っています。これは、すりおろすことで酵素が作用して初めて辛味と香味が発現するという、興味深い特性を持っています。カラシと同様に配糖体として存在しているため、すりおろす前は辛くないのです。

しかし、風味には明確な違いがあります。ホースラディッシュは本わさび特有の風味が控えめで、どこか大根のような香りがあります。辛味は強いものの、本わさびのような繊細な香りというよりは、より直接的でパンチのある辛さといえるでしょう。

栽培の容易さも大きな違いです。本わさびは清流を必要とし、栽培に高度な技術と環境が求められます。対してホースラディッシュは栽培が非常に容易で、収量性も高いのが特徴です。生命力が強く、根の断片を土中に埋めるだけで容易に発芽します。

この栽培の容易さと収量性の高さから、粉わさびやチューブ入りわさびの原料として広く使われています。商品名に「本わさび」と書かれていないもののほとんどは、このホースラディッシュが使われていると考えてよいでしょう。原材料表示に「西洋わさび」と記載されているものがそれです。

葉は様々な昆虫に好まれ、キャベツと同じアブラナ科であるため、モンシロチョウの幼虫に食害されることもあります。ほとんど葉脈を残すだけになるほど食い尽くされることも少なくありませんが、通常それが原因で枯れてしまうことはありません。この生命力の強さこそが、「horse(強い)」という名前の由来なのですね。

世界各地で愛される多彩な食べ方

ホースラディッシュの活用法は、地域によって実に多彩です。最もよく知られているのは、やはりローストビーフの付け合わせでしょう。すりおろした生のホースラディッシュに、サワークリームやマヨネーズ、少量の酢を混ぜ合わせた白いソースは、肉の旨味を引き立てる最高の相棒です。

イギリスでは、ローストビーフだけでなく、ステーキやハムにも添えられます。アメリカでは、オイスター(牡蠣)のトッピングとしても人気があります。生牡蠣にレモンとホースラディッシュを少量添えると、海の香りと爽やかな辛味が絶妙にマッチするのです。

ドイツやオーストリアでは、茹でた牛肉料理「ターフェルシュピッツ」に欠かせない薬味として使われます。東ヨーロッパでは、魚料理の付け合わせとしても一般的です。特にスモークサーモンとの相性は抜群で、クリームチーズと混ぜてベーグルに塗る食べ方は、ニューヨークスタイルの朝食として定着しています。

日本では、すりおろした生のホースラディッシュを醤油に溶いて、刺身の薬味として使う方法も広まっています。本わさびとは違う、力強い辛味が新鮮な驚きを与えてくれます。

根を乾燥させて粉末にしたものは、粉わさびの原料として、また本わさびと混合してチューブ入り練りわさびの原料として広く流通しています。この粉末は、水で溶くだけで手軽に使えるため、家庭でも重宝されています。

生から粉末まで、形態別の特徴と使い分け

ホースラディッシュは、その形態によって使い方や風味が異なります。それぞれの特徴を理解することで、料理に合わせた最適な選択ができるでしょう。

生のホースラディッシュは、最も風味が豊かで、辛味も強烈です。白っぽい根茎をすりおろして使いますが、すりおろした瞬間から辛味成分が揮発し始めるため、使う直前にすりおろすのがポイントです。新鮮な根は、表面がしっかりしていて、重みがあるものを選びましょう。保存する際は、ラップで包んで冷蔵庫の野菜室に入れておけば、数週間は持ちます。

チューブタイプは、手軽さが最大の魅力です。すでにすりおろされた状態で、そのまま肉料理に添えるだけで使えます。開封後は冷蔵保存し、早めに使い切るのが風味を保つコツです。

粉末タイプは、長期保存が可能で、水で溶くだけで使えるという利便性があります。ただし、生やチューブに比べると風味はやや控えめです。ドレッシングやソースに混ぜ込む用途に適しています。

すりおろす際の注意点として、ホースラディッシュの辛味成分は揮発性が高いため、目や鼻に刺激を感じることがあります。換気をしながら作業するか、フードプロセッサーを使うと快適です。また、すりおろした後に少量の酢を加えると、辛味が安定し、色の変色も防げます。

生のホースラディッシュは、専門の食材店や、大型スーパーの輸入食材コーナーで見つけることができます。最近では、オンラインショップでも購入可能です。北海道では「山わさび」として、道の駅や直売所で新鮮なものが手に入ることもあります。

まとめ

ホースラディッシュは、古代ギリシャの時代から人々に愛されてきた、歴史ある香辛料です。「力強い大根」という名前の通り、旺盛な生命力と強い辛味が特徴で、本わさびとは異なる独自の風味を持っています。

南東ヨーロッパから西アジアが原産とされ、1世紀頃のローマ帝国では香辛料として、中世ヨーロッパでは薬草として重宝されてきました。明治時代に日本へ導入されて以降、粉わさびやチューブ入りわさびの原料として、私たちの食生活に深く浸透しています。

白っぽい根茎をすりおろすと、アリルイソチオシアネートという揮発性の辛味成分が発現し、大根のような香りとともに強烈な辛味が広がります。この辛味は、ローストビーフやステーキなどの肉料理、スモークサーモンなどの魚料理、さらには生牡蠣まで、幅広い料理の味を引き立てます。

生、チューブ、粉末と、さまざまな形態で流通しているため、用途に応じて使い分けることができます。栽培も容易で、家庭菜園でも挑戦できる親しみやすさも魅力の一つです。

本わさびの繊細な香りとは一線を画す、パンチの効いた辛味。それでいて、料理の主役を引き立てる名脇役としての役割を果たすホースラディッシュ。その奥深い魅力を、ぜひあなたの食卓でも体験してみてください。

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