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はじめに
新潟県妙高市に古くから伝わる「かんずり」という調味料をご存知でしょうか。真っ赤な見た目から想像される辛さだけでなく、3年以上かけて発酵・熟成させることで生まれる複雑な旨味と、柚子の爽やかな香りが特徴の発酵香辛調味料です。「西の柚子胡椒、東のかんずり」とも称されるこの調味料は、新潟県上越地方では一家に一つは常備されていると言われるほど、地元の食卓に欠かせない存在となっています。
本記事では、かんずりの定義や歴史、雪国ならではの独特な製法、そして現代の食卓での活用方法まで、詳しく解説していきます。
雪国が生んだ発酵香辛調味料
かんずりは、新潟県妙高市(旧新井市)に伝わる伝統的な発酵香辛調味料です。「寒造里」「寒作里」とも表記され、その名の通り一年で最も寒い時期に仕込まれることに由来しています。
主な原材料は、唐辛子、糀(こうじ)、柚子、塩の4つ。これらをシンプルに組み合わせながらも、3年以上という長い時間をかけて発酵・熟成させることで、単なる辛味調味料の枠を超えた複雑な味わいを生み出します。
妙高市は新潟県の上越地方に位置し、長野県に隣接する特別豪雪地帯です。この厳しい冬の寒さと豊富な雪こそが、かんずり独特の製法を可能にし、その味わいを育んできました。地域の気候風土と人々の知恵が結びついて生まれた、まさに雪国ならではの調味料と言えるでしょう。
現在では、妙高市の有限会社かんずりが製造する製品が広く知られており、「かんずり」は同社の登録商標となっています。しかし元来は各家庭で作られていた郷土食品であり、地域の食文化に深く根ざした存在なのです。
上杉謙信が伝えた唐辛子から始まる物語
かんずりの歴史は、戦国時代にまで遡ります。伝承によれば、戦国武将の上杉謙信が海外から伝来した貴重な唐辛子を京都から持ち帰り、領地の農民に分け与えたことが起源とされています。400年以上前のことです。
当時、唐辛子は大変貴重な作物でした。上杉謙信が農民に唐辛子を分け与えたのは、厳しい冬を乗り切るための体を温める食材として、また保存食の調味料としての価値を見出していたからかもしれません。
初期のかんずりは、現在のような洗練された製法ではなく、唐辛子をすりつぶしたものに味噌を混ぜた簡単なものでした。それが時代を経て、地域の人々の工夫と試行錯誤を重ねることで、現在の独特な製法へと進化していったのです。
各家庭で作られていた時代から、地域の食文化として受け継がれ、やがて商品化されて広く知られるようになった。かんずりの歴史は、地域の食文化が時代とともに変化しながらも、その本質を守り続けてきた物語でもあります。戦国武将が伝えた唐辛子が、400年の時を経て今も人々の食卓を彩っているというのは、なんとも興味深いことではないでしょうか。
辛さの奥に広がる複雑な味わい
かんずりの最大の特徴は、ピリリとした辛さの中に感じられる深い旨味と、柚子の爽やかな香りです。単なる唐辛子の辛さとは一線を画す、複雑で奥行きのある味わいが魅力となっています。
3年以上という長期間の発酵・熟成によって、唐辛子の尖った辛みが和らぎ、代わりに酸味や甘味、旨味といった多層的な味わいが生まれます。糀による発酵が生み出す旨味成分、柚子の爽やかな香りと酸味、そして塩味が絶妙なバランスで調和し、他の調味料では代替できない独特の風味を作り出すのです。
色は鮮やかな赤色で、ペースト状のなめらかな質感。辛さのレベルは中程度で、柚子胡椒と比較すると、より発酵による旨味が強く、辛さはマイルドに感じられます。「西の柚子胡椒、東のかんずり」と並び称されるのも、それぞれが持つ個性的な味わいゆえでしょう。
和食はもちろん、洋食や中華料理にも合わせやすい万能性も見逃せません。味噌汁や納豆に少量加えるだけで味に深みが増し、炒め物や煮物、焼き魚、刺身の薬味としても抜群の相性を発揮します。醤油に少し溶かせば、うま辛醤油として様々な料理に活用できるのです。
雪国ならではの製法と地域性
かんずりの製法で最も特徴的なのが、「雪さらし」と呼ばれる工程です。これは妙高地方の積雪量を利用した、他の地域では真似のできない独特の技法と言えます。
製造工程は以下のように進みます。まず秋に収穫した地元産の唐辛子を洗浄し、塩漬けにします。そして大寒の頃(1月)、塩漬けした唐辛子を雪の上に撒いて3〜4日間晒すのです。この雪さらしによって塩抜きと灰汁抜きが行われると同時に、唐辛子の尖った辛みが抜け、甘みが増すという効果があります。
雪さらしを終えた唐辛子は井戸水で洗浄され、黄柚子、米糀、塩と混ぜ合わせて元仕込みの工程に入ります。ここから長い熟成・発酵期間が始まるのです。
2年目からは6〜7月頃に「手返し」と呼ばれるかき混ぜ作業を行います。気温が上昇する8月前に手返しを行うことで発酵を促し、品質を均一にします。3年目も同様に年1回の手返しを行い、さらに発酵速度を均一にするため樽の置き場所を何度か変えるという細やかな管理が続きます。
11〜12月頃、仕込みを終えたかんずりを樽ごと屋外に出し、最終の「寒ざらし」工程に入ります。雪が積もり気温が0度以下になる環境は、まさに天然の冷蔵庫。この寒ざらしによって味が一層引き締まり、瓶詰めされて出荷されるのです。
この製法は、妙高市という特別豪雪地帯だからこそ可能なもの。雪国の厳しい自然環境を逆手に取り、それを調味料作りに活かした先人の知恵には、感嘆せずにはいられません。
家庭料理からプロの調理まで幅広く活躍
かんずりは、その万能性から様々な料理に活用できる調味料です。新潟県上越地方では一家に一つは常備されていると言われるほど、日常的に使われています。
和食での活用法としては、毎朝の味噌汁に少量加えるだけで味に深みが増します。納豆に混ぜれば、辛味と旨味が加わって一味違った味わいに。漬物と合わせても非常に美味しく、焼き魚や刺身の薬味としても相性抜群です。醤油に少し溶かすだけで、うま辛醤油の完成。これを刺身や冷奴にかければ、いつもの料理がワンランクアップします。
炒め物や揚げ物にも驚くほどマッチします。野菜炒めの仕上げに加えたり、唐揚げのタレに混ぜたりすることで、辛味と旨味が料理全体を引き締めてくれるのです。
意外なことに、洋食や中華料理との相性も良好です。パスタソースに加えれば和風ペペロンチーノ風の味わいになりますし、麻婆豆腐に加えれば辛味と旨味が増して本格的な味に近づきます。鍋料理では、味噌ベースやしょうゆベースの鍋に少量加えるだけで、味に奥行きが生まれます。
夏のスタミナ料理にも、冬のあったか料理にも使える万能性。和洋中を問わず活躍するかんずりは、まさに「一家にひとつ」の価値がある調味料と言えるでしょう。
3年以上かけて育まれる伝統の味
かんずりの製造には、最低でも3年以上という長い時間が必要です。この時間をかけた発酵・熟成こそが、かんずり独特の味わいを生み出す秘訣なのです。
使用される唐辛子は、地元新井の契約農家が栽培する数種類。収穫後すぐに洗浄・塩漬けされ、秋から冬にかけて熟成の準備が整えられます。大寒の頃に行われる雪さらしは、単なる塩抜きではなく、唐辛子の性質そのものを変化させる重要な工程です。
雪にさらすことで、唐辛子の尖った辛みが抜け、甘みが増す。これは科学的にも興味深い現象で、低温環境と雪解け水による作用が、唐辛子の成分に変化をもたらすと考えられています。
その後、黄柚子、米糀、塩と混ぜ合わせて始まる発酵・熟成期間は、まさに時間との対話です。糀の酵素が唐辛子や柚子の成分を分解し、新たな旨味成分を生成していきます。定期的な手返し作業によって空気を含ませ、発酵を促進させながら、品質を均一に保つ。
この手間暇かけた製法は、大量生産には向きません。しかし、時間をかけることでしか得られない深い味わいがあります。現代の効率重視の食品製造とは対極にある、伝統的な製法を守り続けることの価値を、かんずりは教えてくれるのです。
最終的な寒ざらしを経て瓶詰めされたかんずりは、3年以上の時を経て、ようやく私たちの食卓に届きます。その一瓶には、雪国の厳しい自然と、それを活かした人々の知恵、そして時間が育んだ味わいが凝縮されているのです。
まとめ
かんずりは、新潟県妙高市に400年以上前から伝わる伝統的な発酵香辛調味料です。戦国武将・上杉謙信が伝えた唐辛子を起源とし、雪国ならではの「雪さらし」という独特の製法と、3年以上かけた発酵・熟成によって生み出される複雑な味わいが最大の特徴となっています。
唐辛子、糀、柚子、塩というシンプルな材料から、辛さの奥に広がる深い旨味と爽やかな香りを持つ調味料が生まれる。その製法は、特別豪雪地帯である妙高市の厳しい自然環境を活かした、他の地域では真似のできないものです。
和食はもちろん、洋食や中華料理にも合わせやすい万能性を持ち、味噌汁や納豆といった日常の料理から、炒め物、煮物、パスタまで幅広く活用できます。「西の柚子胡椒、東のかんずり」と称されるその味わいは、一度知ると忘れられない魅力があります。
時間をかけることでしか得られない深い味わい、地域の気候風土と人々の知恵が結びついて生まれた伝統の味。かんずりは、現代の食卓に受け継がれる雪国の食文化の結晶と言えるでしょう。あなたの食卓にも、ぜひ一瓶常備してみてはいかがでしょうか。