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クレソンとは?ピリッと爽やかな香味野菜の魅力と活用法

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はじめに

ステーキの皿に添えられた緑の葉。多くの方がそんなイメージを持つクレソンですが、実はこの香味野菜には、日本の食文化と深く結びついた興味深い歴史があります。ヨーロッパ原産の水生植物であるクレソンは、明治時代に日本へ渡来し、西洋料理の普及とともに私たちの食卓に定着しました。

ピリッとした辛味と爽やかな風味を持つクレソンは、単なる飾りではなく、肉料理の脂っこさを和らげる重要な役割を果たしています。本記事では、クレソンの定義や特徴、歴史的背景、そして料理での多彩な活用法について詳しく解説していきます。

初めてクレソンを口にしたとき、その独特の辛味に驚いた記憶があります。しかし、ステーキの脂と一緒に食べると、その爽やかさが口の中をリセットしてくれる感覚に、「なるほど、だから添えられているのか」と納得したものです。

ヨーロッパ生まれの水辺の香味野菜

クレソンは、アブラナ科の多年草で、学名を「Nasturtium officinale」といいます。ヨーロッパから中央アジアの温帯地域が原産とされ、水辺や湿地を好む水生植物です。英語では「Watercress(ウォータークレス)」、フランス語では「Cresson(クレッソン)」と呼ばれ、日本では標準和名を「オランダガラシ」といいます。

大根に似た爽やかでピリッとした辛味と、独特の風味を持つのが最大の特徴です。この辛味成分は、アブラナ科特有の「シニグリン」という物質によるもので、肉料理の脂っこさを中和し、口の中をさっぱりとさせる効果があります。

葉は黒っぽい緑色で、奇数羽状複葉という形状をしています。つまり、一本の茎に小さな楕円形の葉が3〜9枚ほど並んでつく構造です。茎は円柱状でやわらかく、節から白い根を出しながら横に這うように成長します。初夏(5〜6月ごろ)には、茎の先に白い小さな花を穂状に咲かせ、十字状に4枚の花弁をつけるのも特徴的ですね。

繁殖力は極めて旺盛で、水辺に茎の断片を置くだけで容易に発根し、急速に増殖します。この強い生命力が、後に日本全国へ広がる要因となりました。

明治の文明開化とともに渡来した西洋野菜

クレソンが日本に伝わったのは、明治初期のこと。当時、日本に在留していた外国人向けの西洋野菜として、オランダから導入されたのが最初でした。

伝来当初は、あくまで外国人向けに提供するために栽培されていました。帝国ホテルやホテルニューグランドといった高級ホテルが、外国人客のために使用したのが先駆けです。また、外国人宣教師が伝道の際に日本各地に持ち歩いたことで、広く分布するようになったとも伝えられています。

興味深いのは、日本で最初に野生化した場所についての逸話です。東京上野のレストラン精養軒で料理に使われたクレソンの茎の断片が、汚水とともに不忍池に流入して根付いたと伝えられています。この強い繁殖力により、クレソンは瞬く間に日本各地の水辺や湿地に広がっていきました。

日本に西洋の食文化が広まるにつれて、クレソンも一般の人々に食べられるようになっていきました。特に昭和初期に「ビフテキの銀座スエヒロ」が開店すると、ビーフステーキの付け合わせとしてクレソンの消費が急激に伸びました。一般庶民がナイフとフォークで食事をすることが少なかった時代、ビーフステーキの付け合わせといえばクレソンだったのです。

平成になると、手頃な価格でステーキを提供する店が増え、クレソンは西洋料理の定番食材として完全に定着しました。

「オランダガラシ」という和名に込められた歴史

クレソンの和名「オランダガラシ」には、日本の歴史が色濃く反映されています。江戸時代、日本は鎖国政策をとっていましたが、ヨーロッパの国々の中ではオランダとのみ貿易を行っていました。オランダからは科学、医学、食べ物、文化など、さまざまなものが持ち込まれ、日本は次々にそれらを取り入れていきました。

このような背景から、当時の日本では海外から渡来したものを総称して「オランダ」と呼ぶ習慣が生まれました。クレソンは明治初期に外国人宣教師から伝わった植物ですが、「海外から入ってきたもの=オランダ」という認識から、「オランダガラシ(オランダからやってきた辛い野菜)」という和名がつけられたのです。

他にも「オランダミズガラシ」「ミズガラシ(水芥子)」「セイヨウゼリ(西洋芹)」といった別名でも呼ばれていますが、いずれも同じクレソンを指しています。中国では「豆弁菜(とうべんさい)」と呼ばれ、各国でさまざまな名前で親しまれているのですね。

ちなみに、「葶藶(ていれき)」という古風な呼び名もありますが、これは漢方の世界で使われる名称です。

全国に広がる栽培と野生化の現状

現在、日本のクレソンの主産地は、山梨県、栃木県、沖縄県などです。

クレソンは半水生植物であるため、水耕栽培に非常に適しています。特に弱アルカリ性の水でよく生育し、水辺や湿地での栽培が最適です。ただし、水切れしないように灌水に留意すれば、畑などでも栽培することができます。耐熱性、耐寒性ともに強く、冷涼な気候を好みますが、適切な管理下では高さ50〜120cmにもなります。

一方で、その旺盛な繁殖力は問題も引き起こしています。現在では各地に自生し、比較的山間の河川の中流域にまで分布を伸ばしており、ごく普通に見ることができるようになりました。しかし、爆発的に繁殖することで、水域に生育する希少な在来種植物を駆逐する恐れや、水路を塞ぐ危険性が指摘されています。

このため、日本では環境省による「生態系被害防止外来種リスト」において「重点対策外来種」に位置づけられており、駆除が行われている地域もあります。「クレソンは清流にしか育たない」という俗説がありますが、これは誤りで、実際には汚水の中でも生育します。この強靭さが、野生化の一因となっているのです。

肉料理の名脇役から主役級の食材へ

クレソンといえば、ハンバーグやステーキなど肉料理の付け合わせとしてよく知られています。これは単なる飾りではなく、クレソンの持つピリッとした辛味と爽やかな風味が、肉の脂っこさを和らげ、口の中をリセットする役割を果たしているからです。

ローストビーフとの組み合わせも定番で、キュウリや紫タマネギと一緒にサラダ仕立てにすることで、肉の旨味を引き立てながら、全体のバランスを整えます。

しかし、近年ではクレソンの活用法は大きく広がっています。サラダはもちろん、炒め物、和え物、スープ、パスタなど、さまざまな料理に利用されるようになりました。生で食べると辛味と香りが際立ちますが、加熱すると辛味がマイルドになり、独特の風味が料理全体に広がります。

根以外はほとんど食べられるのも魅力です。自然に野生しているものを採取することもできますが、衛生面を考えると栽培されたものを購入するのが安心でしょう。新しい葉が次々と生えてくるので、茎先やわらかい葉を摘めば一年中採取できますが、花の咲く前が最も美味しい時期といわれています。

もともとは春先の野菜でしたが、現在では日本各地で栽培され、年間を通して手に入るようになりました。ベランダなどで水耕栽培やプランターを使って育てることもでき、家庭菜園としても人気があります。

まとめ

クレソンは、ヨーロッパ原産の水生植物として、明治時代に日本へ伝来しました。当初は外国人向けの食材でしたが、西洋料理の普及とともに一般化し、今では日本の食文化に欠かせない香味野菜となっています。和名「オランダガラシ」は、海外渡来物を「オランダ」と呼んだ当時の習慣に由来し、日本の歴史を物語る名前です。

ピリッとした辛味と爽やかな風味を持つクレソンは、肉料理の付け合わせとして知られていますが、サラダ、炒め物、パスタなど、多彩な料理に活用できます。山梨県を中心に全国で栽培され、年間を通して手に入る身近な食材です。

一方で、その旺盛な繁殖力により野生化が進み、環境省の生態系被害防止外来種リストにおいて重点対策外来種に位置づけられているという側面もあります。食材としての魅力と、生態系への影響という二面性を持つクレソン。その歴史と特徴を知ることで、より深く味わうことができるのではないでしょうか。

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