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ちゃんこ鍋とは?相撲部屋が育んだ伝統の味と文化

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はじめに

ちゃんこ鍋と聞けば、多くの方が力士の逞しい体を思い浮かべるのではないでしょうか。相撲部屋で日々食べられているこの鍋料理は、今や東京・両国を代表する郷土料理として、一般の食卓にも広く親しまれています。

肉や魚介、野菜など多彩な食材を一つの鍋で煮込むシンプルな調理法ながら、その奥には相撲文化ならではの知恵と工夫が詰まっています。明治時代に誕生して以来、力士たちの体作りを支えてきたちゃんこ鍋には、栄養バランスへの配慮や縁起を担ぐ心、そして大人数を効率よく養うための実用性が息づいているのです。

力士の食事から生まれた国民的鍋料理

ちゃんこ鍋とは、相撲部屋で力士が食べる鍋料理の総称です。実は「ちゃんこ」という言葉自体が力士の食事全般を指す相撲界の用語であり、その中でも特に鍋料理が「ちゃんこ鍋」と呼ばれるようになりました。

この料理の最大の特徴は、特定のレシピや決まった具材が存在しないという点にあります。鶏肉、豚肉、牛肉、魚介類など、その日に手に入る食材を自由に組み合わせ、醤油、味噌、塩、あるいは水炊き風など、味付けも多様です。相撲部屋ごとに独自の味があり、同じ部屋でも日替わりで異なる味付けが楽しまれています。

「ちゃんこ」の語源には諸説ありますが、最も有力なのは「ちゃん(父・親方)」と「こ(子・弟子)」を組み合わせた説です。親方と弟子が一つの鍋を囲んで食事をする、相撲部屋ならではの家族的な雰囲気を表現した言葉だと考えられています。

栄養価の高さも見逃せません。タンパク質、ビタミン、ミネラルをバランスよく摂取できるため、激しい稽古で消耗した力士の体を効率的に回復させることができます。一度に大量調理が可能で、番付の上下に関わらず全員が同じ鍋を囲むという平等性も、相撲部屋の文化を象徴していますね。

明治の横綱が生んだ食の革命

ちゃんこ鍋の歴史は、明治時代後期に遡ります。1909年(明治42年)、旧・両国国技館が完成した頃、当時の横綱・常陸山谷右エ門が率いる出羽海部屋への入門者が急増しました。それまでは力士一人ひとりに個別に食事を配膳していましたが、人数が増えすぎて対応しきれなくなったのです。

そこで常陸山が考案したのが、一つの大きな鍋を全員で囲んで食べるという画期的なスタイルでした。これが相撲界における鍋料理の定着につながり、以降、ちゃんこ鍋は相撲部屋の食事の中心となっていきます。

実はこの食事改革には、もう一つ重要な背景がありました。明治時代中期までの相撲界では、辛子味噌や沢庵などの味の濃い副菜と大量の白米で力士を増量させる食事法が主流でした。しかしこの方法では栄養が偏り、脚気(ビタミンB1欠乏症)に苦しむ力士が後を絶たなかったのです。常陸山がちゃんこ鍋を取り入れてからは、相撲界における脚気が激減したと記録されています。

大正から昭和初期にかけて、両国は鶏の大市場として栄えました。当時は御馳走だった鶏を使った「ソップ炊き」(鶏ガラスープベースのちゃんこ鍋)が広まったのも、こうした時代背景があってのことです。力士たちは巡業先の農家から余り物の野菜をもらい、肉や魚と一緒に煮込んでちゃんこ鍋を作っていました。

戦後の食糧難の時代には、下位の力士は関取が食べ終わった後の残り汁と漬物だけで白米を食べることも珍しくなかったといいます。時が経つにつれて食料事情が改善され、新弟子であっても十分な量のちゃんこ鍋を食べられるようになりました。時代と共に進化しながらも、ちゃんこ鍋は相撲文化の中心であり続けているのです。

多彩な味わいと豪快な調理法

ちゃんこ鍋の味付けは、大きく分けて4種類に分類されます。水炊き(ちり鍋)、だし汁あるいはスープ炊き(ソップ炊き)、塩炊き(寄せ鍋)、味噌炊き(土手鍋)です。相撲部屋では魚系のちゃんこ鍋の8割ほどが「ちり鍋」で、鶏のソップ炊きもよく食べられています。

横綱・大鵬幸喜は「基本はソップ炊き」だと語っていました。鶏ガラを煮込んでスープを作り、鶏もも肉と玉ねぎを入れてから醤油、砂糖、酒で甘めに味付けする。鶏もも肉と玉ねぎが煮えたら野菜と油揚げを入れるという、シンプルながら奥深い調理法です。

他にも「煮ぐい」と呼ばれるすき焼き風のちゃんこ鍋も存在します。砂糖と醤油で食材を煮込むこのスタイルは、甘辛い味付けが特徴で、白米との相性が抜群です。

相撲部屋のちゃんこ場では、野菜を手で直接ちぎって入れ、肉や魚も大まかに切って豪快に調理するのが伝統です。この豪快さこそが相撲界ならではの魅力であり、細かく切り揃えるのではなく、素材の持ち味を活かす調理法なのです。

ただし、相撲部屋のちゃんこ鍋は力士が稽古で大量の汗をかくため、味付けが濃い傾向にあります。一方、一般の飲食店で提供されるちゃんこ鍋は、飽きがこないよう薄めの味付けに調整されていることが多いですね。

縁起を担ぐ食材選びの知恵

ちゃんこ鍋で最も特徴的なのが、縁起を担いだ食材選びです。伝統的に鶏肉が好まれる理由は、鶏が人間と同様に二本足で立つ(手をつかない=負けない)からです。「手をつく=四つん這い=負け」という連想から、牛肉や豚肉などの四足動物の肉は避けられていました。

しかし1965年(昭和40年)頃からは、こうした縁起担ぎも徐々に緩和され、牛肉や豚肉もちゃんこ鍋に使用されるようになりました。現在ではほとんど気にされることはありませんが、正月料理としては験担ぎに鶏肉のちゃんこ鍋を食べる文化が残っています。

魚介類も重要な食材です。イワシ、タラ、エビ、ハマグリなど旬のものを用い、切り身やつみれにして入れます。戦後の食糧難の時代には、鯨肉やアンコウが安価だったためよく使われたそうです。肉屋に切れ端を貯めてもらって安く分けてもらったり、目の崩れかかった魚を安く買ってきたりと、工夫を凝らして食材を調達していた時代もありました。

野菜は白菜、人参、ねぎ、きのこ類が定番で、豆腐や油揚げも欠かせません。これらの食材から良い出汁が出て、具材に味が染み込み、栄養価の高い美味しい鍋が簡単に作れるのです。

部屋ごとに異なる個性と進化

ちゃんこ鍋には細かい定義がないため、相撲部屋ごとに独自の味が発展してきました。各部屋の親方や「ちゃんこ長」と呼ばれる料理担当の力士が、それぞれの工夫を凝らして味を作り上げています。

例えば、玉ノ井部屋のようにレストランの厨房のような設備が整ったちゃんこ場で調理する部屋もあれば、伝統的な土鍋で豪快に作る部屋もあります。土鍋は熱の伝わり方が遅いため煮立つまでに時間がかかりますが、火の当たりが柔らかく、冷めにくいという特徴があります。

相撲部屋では毎日のように鍋料理を食べますが、日ごとに材料や味付けが変わるので飽きることはないといいます。ある日は鶏のソップ炊き、次の日は魚のちり鍋、その次は豚味噌鍋といった具合に、バリエーション豊かな献立が組まれているのです。

また、番付順に食事が進むという独特の文化もあります。関取が先に食べ、その後に三段目、序二段と続きます。具材が継ぎ足されながら、一つの鍋で大人数が順番に食べられるという効率的なシステムです。

両国周辺には、元力士が経営するちゃんこ料理店が数多く存在します。各店が独自の味を競い合い、相撲部屋の伝統を受け継ぎながらも、一般客向けにアレンジした味わいを提供しています。相撲部屋の文化を色濃く反映しつつ、現代の食のシーンに合わせた進化も見られる点は興味深いですね。

栄養満点、一つの鍋に込められた知恵

ちゃんこ鍋の具材は、鶏肉、鶏つくね、白菜、人参、ねぎ、きのこ類、豆腐、油揚げ、魚介類など、実に多彩です。これらの食材を組み合わせることで、タンパク質、炭水化物、ビタミン、ミネラル、食物繊維をバランスよく摂取できます。

鶏肉や魚介類からは良質なタンパク質が、野菜からはビタミンやミネラルが豊富に摂れます。豆腐や油揚げは植物性タンパク質の供給源となり、きのこ類は食物繊維やビタミンDを含んでいます。一つの鍋でこれだけの栄養素を摂取できるのは、まさに理にかなった料理法です。

調理法も優れています。一度に簡易かつ大量に調理できるため、多くの力士を抱える相撲部屋にとって非常に実用的でした。

鶏ガラから取った出汁には、コラーゲンやアミノ酸が豊富に含まれています。じっくりと煮込まれた野菜からは甘みが溶け出し、スープ全体に深い旨味が広がります。この旨味こそが、ちゃんこ鍋の最大の魅力なのです。

食べ終わった後の「シメ」も楽しみの一つです。雑炊やうどんで、具材の旨味が凝縮されたスープを最後まで味わい尽くす。これぞ日本の鍋文化の醍醐味ではないでしょうか。

まとめ

ちゃんこ鍋は、明治時代に横綱・常陸山が考案した相撲部屋の鍋料理から始まり、今や東京を代表する郷土料理として広く愛されています。

鶏肉を中心とした縁起担ぎの食材選び、醤油・味噌・塩など多彩な味付け、そして一つの鍋で大人数を養う実用性。これらすべてが相撲文化と深く結びつき、力士たちの体作りを支えてきました。栄養バランスに優れ、調理も簡単で、何より美味しい。ちゃんこ鍋には、日本の食文化の知恵が凝縮されています。

相撲部屋ごとに異なる味わい、時代と共に進化する調理法、そして現代に受け継がれる伝統。ちゃんこ鍋は単なる鍋料理ではなく、相撲という日本の国技が育んだ食文化の結晶なのです。家庭でも気軽に作れるこの料理を、ぜひ一度味わってみてください。きっと、その奥深さに驚かれることでしょう。

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