この記事を読むのに必要な時間は約 6 分です。

Table of Contents
鞍馬煮とは?京都・鞍馬に息づく伝統の煮物
京都の市街地から北へ、鞍馬街道をたどる。道は少しずつ喧騒を離れ、杉木立の坂へと入っていきます。その先に、山あいの集落、鞍馬が現れます。鞍馬に伝わる煮物が、鞍馬煮です。
名前だけを聞くと、寺の精進料理を思い浮かべるかもしれません。しかし鞍馬煮は、山椒を使った煮物を指す呼び名です。山椒煮のことで、鞍馬が山椒の産地であることから京都ではこう呼ばれる、とされます。また、鞍馬の名産である木の芽煮が、山椒炊や鞍馬煮と呼ばれることもあります。さんまを用いた「さんまの鞍馬煮」として紹介される例もあり、さんまに限った佃煮の一種とは言い切れません。
この地で佃煮を製造・販売してきた「くらま辻井」の辻井家は、少なくとも250年前からの炭問屋であったとされます。炭を都に売りに行き、ついでに木の芽煮を含む佃煮を卸していたといいます。
山の産物、信仰、商い、そして日々の食卓。鞍馬煮という一皿を手がかりにすると、これらが折り重なる様子が見えてきます。この記事では、その成り立ちをたどり、材料と調理の特徴を確かめ、ほかの土地の煮物と並べて地域差を眺めていきます。
鞍馬煮の定義と特徴:さんまを骨まで味わう煮込み
鞍馬煮は、さんまを主役に据えた煮物を指す呼び名として知られます。ただし、その位置づけは一様ではありません。京都では山椒煮のことを鞍馬煮と呼ぶとする説明がある一方、鞍馬の名産である木の芽煮が山椒炊や鞍馬煮と呼ばれてきたという由来も伝えられています。さんまを用いた煮物として親しまれる一方で、山椒や昆布を醤油で炊き合わせた佃煮の系譜と重なる、重層的な呼び名と捉えることができます。
材料の構成は、思いのほか簡素です。さんまを下ごしらえは、鱗を水洗いしながら内臓を除き、鍋に収まる長さになるよう3つの筒切りにする方法のほか、焼きを入れてから鍋に入る大きさに整える例、生のまま筒切りにして煮る例が見られます。煮汁には水と酢を合わせることがあります。味付けも、みりんや酒、しょうゆ、砂糖、実山椒などを用いります。鍋底に経木を敷く方法もあれば、だし昆布を敷く方法もありますね。
加熱の手段も一つではありません。圧力鍋で加圧しながら煮ることで骨をやわらかくする方法がある一方、圧力鍋を使わず、通常の鍋で弱火・長時間煮て骨までやわらかくする方法も示されています。調理時間も、圧力鍋を用いる場合は30分〜1時間とする例があるのに対し、通常鍋で約2時間かける例もあり、加熱手段によって大きく異なります。いずれの場合も、骨まで口にできる状態に近づけることが目標とされ、そのためにさんまは筒切りにされ、鍋に収められます。
材料はさんまと調味料が中心で、山椒や昆布、経木などの用い方に差はあっても、骨まで味わう煮物としての性格は共通しています。
鞍馬の佃煮文化とくらま辻井の歩み
鞍馬の里に、京佃煮の専門店「くらま辻井(くらまつじい)」があります。この店の出発点は佃煮ではなく、炭の商いでした。鞍馬で炭問屋を営んでいたことが、そのルーツとされています。
山あいの暮らしに炭が欠かせなかった頃、問屋の仕事は里の暮らしとともにあるものでした。やがて燃料の主役が石炭やガス、電気へ移り変わると、炭の需要は静かに細っていきます。看板を下ろす道もあったはずです。
そこで選ばれたのが、鞍馬に伝わる佃煮の製造と販売でした。作り始めると、これが評判を呼びます。炭を扱っていた店が、佃煮の店として名を知られるようになった。鞍馬の産業史の中でも、際立った転身です。商いの柱を入れ替える決断は、そう軽いものではなかったでしょう。
鞍馬煮という呼び名も、この土地の歩みから切り離せません。鞍馬煮は山椒煮のことで、鞍馬が山椒の産地であることから京都ではこう呼ばれる、という説があります。炭の商いが退き、佃煮の商いが立つ。里の生業が入れ替わるなかで、佃煮づくりの技と味は食卓の一部として受け継がれてきました。その一皿の背後には、こうした商いの履歴が重なっているのです。
木の芽煮の歴史:牛若丸伝説と山椒の恵み
その山で少年期を過ごしたとされる牛若丸が、修行の合間に口にした何気ない煮物が、のちの木の芽煮へつながった——そんな筋書きが、この料理の来歴として語り継がれてきました。鞍馬山の開創は古く、『鞍馬蓋寺縁起』によれば奈良時代末期の宝亀元年(770)、鑑禎上人が毘沙門天を祀る草庵を結んだのが始まりとされます。牛若丸が修行に励んだのは、それから数百年後の平安末期にあたります。
山椒は、この山あいで古くから親しまれてきた香りの素材でした。若芽も実も皮も使える木であり、傷みやすい食材を長く保たせる佃煮の味付けに取り込まれていった、という見方ができます。ただし、牛若丸と木の芽煮を直接結びつける同時代の記録が残っているわけではありません。伝承として語られる由来と、山椒が食卓に根を下ろしていった経緯は、いったん分けて眺めたほうがよさそうです。
なお、木の芽煮は山椒炊や鞍馬煮とも呼ばれ、さんまを用いた鞍馬煮として紹介されることもあります。その調理法は一様ではなく、圧力鍋を使う手順が示される一方で、圧力鍋を避けて通常の鍋で弱火で長時間煮る方法もあり、加熱時間も30分〜1時間とする例と約2時間とする例が併存しています。さんまは焼いてから調理する場合と生のまま筒切りにして煮る場合があり、酢・しょうゆ・山椒の分量や、鍋底に経木を敷くかだし昆布を敷くかといった点でも、紹介される内容は一致していません。伝説は伝説として、山椒という素材の来歴はまた別の角度から。両方を重ねたとき、木の芽煮という料理の奥行きが少しずつ姿を現してくるのです。
鞍馬炭と木の芽煮:山椒の皮から佃煮への変遷
鞍馬の名産として知られる木の芽煮は、山椒を醤油で煮含めた佃煮の一種です。鞍馬街道は若狭からの鯖街道の最短ルートにあたり、その交易で持ち込まれた利尻昆布と地産の山椒を醤油で炊き合わせたのが始まりとされます。木の芽煮は山椒炊や鞍馬煮とも呼ばれ、かつては各家庭で山の幸を塩漬けや醤油煮にして保存食とし、冬には炭とともに都へ売りに出されていました。
木の芽煮の製法としては、5月・6月に採取して塩漬けにした青い山椒の実、8月まで育てた土用葉と呼ばれる乾燥させた山椒の葉、利尻昆布を、濃口と薄口をブレンドした醤油で3時間ほど炊き、余熱で2~3時間置いたのち、煮汁を除いて全体を細かくみじん切りにし、煮汁を適量戻すという手順が伝えられています。
山椒の実や山蕗、葉唐辛子、わらび、しその実など、鞍馬では多種多様な山の幸の佃煮が作られてきました。塩や醤油で保存するという基本の考え方が、こうした佃煮の調理法につながっていったと考えられます。
鞍馬煮が伝える食文化の重層性
鞍馬煮を一皿の煮物として眺めれば、そこにあるのは味の設計図だけではありません。炭の流通、寺に連なる信仰の時間、山の恵みを長く保たせる知恵——それらが幾層にも重なった結果が、いま椀のなかに収まっています。くらま辻井が炭問屋から佃煮へと商いの軸を移した事実も、土地が生業を組み替えながら続いてきたことの証左の一つでしょう。
ただし、鞍馬煮という名が指す範囲は一様ではありません。山椒煮の別名として、鞍馬が山椒の産地であることに由来する呼び方とする説明がある一方、木の芽煮が山椒炊や鞍馬煮と呼ばれるとする説明もあり、定義や由来には幅があります。調理法についても、圧力鍋を用いる例と、通常の鍋で弱火で長時間煮る例、加熱時間や酢・しょうゆ・さんま・山椒の量、鍋底に敷くものなどに違いがみられ、作り手や家庭によって形が異なってきたことがうかがえます。
一皿を、土地の履歴ごと味わう。それが鞍馬煮という料理への、いちばん贅沢な向き合い方なのかもしれません。