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ザッハトルテとは?チョコレートケーキの王様の歴史と魅力

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はじめに

今日はザッハトルテについてお話ししたいと思います。「チョコレートケーキの王様」と称されるこの菓子は、オーストリアのウィーンで生まれた伝統的なデザートです。濃厚なチョコレートの味わいと、アプリコットジャムの酸味が織りなす絶妙なハーモニーは、誕生から190年以上経った今も世界中の人々を魅了し続けています。

この記事では、ザッハトルテの定義や特徴、誕生の背景、そして現代に至るまでの興味深い歴史をご紹介します。

濃厚なチョコレートとアプリコットの出会い

ザッハトルテとは、チョコレート味のスポンジケーキにアプリコット(あんず)ジャムを塗り、表面全体をチョコレートのグラサージュでコーティングした菓子です。バター、小麦粉、砂糖、卵、チョコレートといった基本的な材料で作られますが、アプリコットジャムの使用が最大の特徴と言えるでしょう。

見た目はシンプルで上品。表面は艶やかなチョコレートグラサージュで覆われ、カットした断面もチョコレート色一色です。しかし、その中にはアプリコットジャムの層が隠れており、これが濃厚なチョコレートの味わいに爽やかな酸味と香りを加えています。

こってりとした濃厚な味わいを特徴とするため、本場ウィーンでは砂糖を入れずに泡立てた生クリームを添えて食べるのが一般的です。バターとチョコレートに砂糖とジャムという組み合わせは、確かに濃厚そのもの。

16歳の料理人が生んだ奇跡

ザッハトルテの物語は、1832年のウィーンから始まります。時の宰相クレメンス・フォン・メッテルニヒは、飽食した貴族たちのために新しいデザートを作るよう厨房に命じました。「今夜私に恥をかかせることの無いように」という念押しまであったと言われています。

ところが、その日に限って主任料理人が病気で不在。代わりに白羽の矢が立ったのが、当時わずか16歳の下級料理人フランツ・ザッハーでした。若き料理人は、限られた時間の中で創意工夫を凝らし、チョコレートケーキにアプリコットジャムを組み合わせるという斬新なアイデアを形にしたのです。

結果は大成功。ザッハトルテは大変に好評で、翌日にはウィーン中の話題になったと言われています。この成功をきっかけに、ザッハーは頭角を現し、ザッハトルテは彼のスペシャリテ(特製料理)として好評を博し続けました。

後にフランツの次男エドゥアルトが1876年にホテル・ザッハーを開業すると、ザッハトルテはそのレストランとカフェで提供されるようになります。こうして、一人の少年料理人の創作は、ウィーンを代表する銘菓へと成長していったのです。

7年に及ぶ「ザッハトルテ裁判」の真実

ザッハトルテの歴史には、もう一つ興味深いエピソードがあります。それが「ザッハトルテ裁判」と呼ばれる法廷闘争です。

レシピは門外不出とされていましたが、エドゥアルト・ザッハーの時代にホテル・ザッハーが財政難に陥ります。資金援助をしたウィーンの王室ご用達のケーキ店デメルが、代償としてザッハトルテの販売権を得たのです。この際に「元祖ザッハトルテ」の文字をケーキの上にホワイトチョコレートで描く権利も譲渡されたと言われています。

その後、秘密のレシピが書籍にまで掲載されてしまい、ついにはホテル・ザッハー側がデメルを相手取って商標使用と販売の差し止めを求めて裁判を起こしました。7年に及ぶ裁判の結果、双方にザッハトルテの販売を認める判決が下されます。

現在、デメルのものは「デメルのザッハトルテ(Demel’s Sachertorte)」として、ホテル・ザッハーのものは「オリジナルザッハトルテ(Original Sacher-Torte)」として販売されています。両者の違いは、ザッハーのものはアンズのジャムを内部にも挟むのに対し、デメルのザッハトルテは表面にのみ塗るという点です。

この裁判は、単なる商標争いではなく、伝統と誇りをかけた戦いだったのでしょう。

本場と世界に広がるザッハトルテ

ザッハトルテは、ホテル・ザッハーとデメルという二つの名店によって守られてきましたが、その名声は世界中に広がっています。近年は多数のカフェや洋菓子店により、ザッハトルテと称したチョコレートケーキが提供されています。

日本でも、多くの洋菓子店やカフェでザッハトルテを楽しむことができます。本場ウィーンの味を再現したものから、日本人の好みに合わせてアレンジしたものまで、バリエーションは豊富です。それぞれの店が独自の解釈でザッハトルテを表現しており、食べ比べてみるのも楽しいでしょう。

ちなみに、ザッハトルテは最古のチョコレートケーキと言われることもありますが、実は18世紀前半には文献上にチョコレートケーキは出現しているため、これは誤りです。チョコレートを混ぜたケーキはヨーロッパ各地にみられ、ザッハーが最初に生み出したものではありません。しかし、アプリコットジャムとチョコレートグラサージュという組み合わせの完成度の高さが、ザッハトルテを特別な存在にしているのです。

伝統の製法が生む至高の味わい

ザッハトルテの基本的な作り方は、誕生から190年以上経った今も変わっていません。小麦粉とバター、砂糖、卵、そしてチョコレートなどで作った生地を焼いてチョコレート味のバターケーキを作ります。

焼き上がったスポンジを上下に切り分けて、間にアンズのジャムを塗る場合もあります(ホテル・ザッハー方式)。あるいは、表面にのみジャムを塗る方法もあります(デメル方式)。その後、表面全体をグラサージュでコーティングします。

伝統的には、完成したケーキのさらにその上にチョコレートで「Sacher」と文字を書きます。この文字は、単なる装飾ではなく、本物のザッハトルテであることの証なのです。

濃厚な味わいを実現するために、バターとチョコレートは惜しみなく使われます。だからこそ、無糖の生クリームが必要なのです。この生クリームが、濃厚さを和らげながらも、チョコレートとアプリコットの風味を引き立てる役割を果たします。

初めて本場のザッハトルテを食べる方は、その濃厚さに驚くかもしれません。しかし、生クリームと一緒に味わうことで、その真価が理解できるはずです。

まとめ

ザッハトルテは、16歳の料理人フランツ・ザッハーが1832年に考案した、ウィーンを代表する伝統的なチョコレートケーキです。チョコレートスポンジにアプリコットジャムを塗り、グラサージュでコーティングするという独特の製法が、「チョコレートケーキの王様」と称される所以でしょう。

ホテル・ザッハーとデメルという二つの名店による7年に及ぶ裁判という興味深い歴史も、このケーキの価値を物語っています。現在では世界中で愛されるザッハトルテですが、その濃厚な味わいと、無糖の生クリームと共に楽しむという本場の食べ方は、今も変わらず受け継がれています。

ウィーンの伝統が詰まったこの菓子を、ぜひ一度味わってみてください。その一口が、190年以上前の少年料理人の創意工夫と、受け継がれてきた職人の技を感じさせてくれるはずです。

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