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1986年、一人の研究者が持ち帰った白い文化
1986年、ソビエト連邦末期のジョージア(当時はグルジア)を訪れた家森幸男名誉教授は、長寿村の食卓に並ぶ粘りの強いヨーグルトと出会いました。武庫川女子大学で長寿食文化を研究していた家教授は、この発酵乳を日本に持ち帰る決意を固めます。
厳しい検疫をくぐり抜けた小さな菌株は、のちに食品メーカーのフジッコによって「カスピ海ヨーグルト」として商品化され、いまでは家庭で種菌をつなぐ手作り派も多い存在になりました。
私がこの白いとろみを初めて口にしたのは、友人が保存容器に分けてくれた日のこと。スプーンですくうと切れずに伸び、舌にのせるとシルクのようななめらかさ。砂糖を使わずとも、酸味の奥にほのかな甘みを感じさせる不思議な味わいでした。
本稿では、黒海とカスピ海に囲まれたコーカサス地方に由来するこのヨーグルトの歴史、独特の食感を生む乳酸菌の正体、そして毎日の食卓への取り入れ方をひも解きます。一粒の菌が運んだ白い文化が、日本の朝をどのように変えたのか。その軌跡を振り返ります。
長寿の地、コーカサスが育んだ発酵乳「マッツォーニ」
黒海とカスピ海に囲まれたコーカサス地方へ目を向けると、ジョージア(旧グルジア)という国に行き当たります。この地は、100歳を超える高齢者が数多く暮らす世界有数の長寿地域として、ひときわ注目を集めてきました。険しい山岳と穏やかな谷が交差する土地柄のなかで、人びとは古来、独特の食文化を営んできたのです。
なかでも、日本で「カスピ海ヨーグルト」の名で親しまれる発酵乳は、このジョージアの伝統に深く根ざしています。現地では固有の呼び名で大切に扱われ、家庭ごとに受け継がれる味が日々の食卓を支えてきました。種菌を絶やすことなくリレーしてきた歴史そのものが、コーカサスの風土と暮らしを物語っているのです。
ところが、「旧ソ連のコーカサス地方」という紹介がなされることがあるため、ある種の誤解が生まれやすいのも事実です。この表現はソビエト連邦という政治的な枠組みを示すにすぎず、あたかも現代になって生まれた工業製品であるかのような印象を与えかねません。しかし実際の発酵乳の起源は、はるか近代以前までさかのぼります。村の台所で母から娘へ、スプーン一杯の種が手渡されながら守られてきた生きた伝承食こそが、この食品の正体なのです。旧ソ連という修飾語は、ジョージア本来の食文化を一時的な区分で覆い隠してしまう側面があります。
ジョージアが長寿の地と称される背景には、こうした発酵食品の日常的な摂取が深く関わっているとする見方も存在します。冷涼な気候のなかで乳を保存する知恵として育まれた発酵技術が、結果的に腸内環境を整え、世代を超えた健康を支えてきたのでしょう。無論、長寿の要因は複合的ですが、少なくともこの発酵乳が、ジョージアの豊かな食文化の一翼を担い続けてきたことは確かです。コーカサスの自然と人の営みが凝縮された一杯が、海を越えて私たちの手元にも届いている。その道のりを思うと、一口の味わいがいっそう深く感じられます。
クレモリス菌FC株だけが知っている、あのとろみの正体
スプーンを持ち上げると、白い糸がどこまでも伸びていく。この粘り、ただものではありません。口に含めば、もっちりとした独特の抵抗が舌の上でゆっくりと広がり、一般的なヨーグルトの滑らかさとはまったく異なる質感を楽しませてくれます。
では、この個性はどこから来るのか。巷ではよく「クレモリス菌の粘り」と片付けられてしまいますが、話はそう単純ではないのです。クレモリス菌と一口に言っても無数の株が存在し、そのすべてが強い粘性を発揮するわけではありません。事実、一般的な発酵乳に使われるクレモリス菌株では、カスピ海ヨーグルト特有の長く伸びるとろみはまず再現できません。フジッコが独自に分離したクレモリス菌FC株だけが、この唯一無二のテクスチャーを生み出す鍵なのです。
FC株の真骨頂は、発酵の過程で菌体外多糖(EPS)を生み出す能力にあります。EPSは糖分子が長く連なった高分子で、乳の中で複雑に絡み合いながら三次元のネットワークを形成します。まるでミクロの足場のようにタンパク質や水分を抱え込み、「かき混ぜれば伸び、口に入れればもちっと応える」という、あの独特の力学を実現しているのです。なお、このEPSは一部で「ケフィラン」とも呼ばれますが、本記事ではEPSに統一します。
EPSの化学構造や産生量は株レベルで大きく異なります。ある株ではサラリとした液状に、またある株ではわずかなとろみに留まる中で、FC株が作り出すEPSは粘度も鎖の長さも傑出している——その特性があったからこそ、製品化への道が開かれたと言ってよいでしょう。
ある食品研究者に言わせれば、「これは単なる乳酸発酵ではなく、菌が紡ぐ食感の芸術だ」ということです。私も毎朝スプーンですくうたびに、白い糸が切れる瞬間の小さな手応えに、生きた発酵の力を感じずにはいられません。一度このもっちり感に慣れてしまうと、他のヨーグルトではどこか物足りなく思えてしまう。それは、まさにFC株のEPSだけが知っている、とろみの魔法なのです。
家庭の台所で受け継がれる、生きた乳酸菌のリレー
一匙のヨーグルトが、旅をする。そんな表現がぴったりなほど、カスピ海ヨーグルトの種菌は家庭から家庭へ、まるでおすそわけのように手渡されてきました。
2002年、フジッコが種菌の一般配布を始めると、この動きは一気に全国へ広がります。牛乳と種菌、そして適度な温度さえあれば、誰でも自宅で培養が可能に。同社の専用サイトには手順が細かく示され、初心者でも取り組みやすい道筋が整いました。必要なのは、菌を絶やさず次の世代へつなぐ、ちょっとした注意力だけ。その気軽さが、忙しい日本の台所にとけ込む決め手になったのです。
やがて、培養者たちの交流はオンラインへと移っていきます。公式コミュニティ「『カスピ海ヨーグルト』コミュニティ」では、日々の観察記録や失敗談が飛び交い、見ず知らずの相手と「菌の様子」を気遣い合う、あたたかな場が育ちました。
11月18日は「カスピ海ヨーグルトの日」。種菌を分け合う文化が地域コミュニティの枠を超えて広まったことを、静かに物語る記念日です。企業の呼びかけから始まった小さな習慣は、今では誰の冷蔵庫にも息づく、ささやかなライフワークへと変わっています。
27℃、6時間。自宅で育てるカスピ海ヨーグルトの手引き
カスピ海ヨーグルトを自宅で育てるという行為は、発酵が織りなす微生物の世界を日々の台所に招き入れる、ささやかな実験のようなものです。基本の道具立てはシンプル。牛乳と種菌、あるいは前回の作り置きヨーグルトを少量用意する。ここで肝になるのが温度と時間の匙加減で、情報源によって推奨値にばらつきがあるのが実情です。
「室温で8時間置く」「いや、冬場はもう少し長めに保温すべきだ」といった声を耳にすることも少なくありません。ただ、タニカ電器が運営する発酵食品ポータルサイト「ヨーグルティア」のデータをひもとくと、27℃で6時間という条件が、酸味と粘度のバランスを最も安定して引き出す数値として報告されています。この数字が現状、再現性の面で信頼に足る目安と言えるでしょう。なお、伝統的な方法では一晩置く場合もあり、発酵時間の違いは酸味や固さに影響します。
実際の仕込み方はごくシンプル。保存容器に1リットルの牛乳を入れ、スターターとなるカスピ海ヨーグルトを100g加えて静かに混ぜ合わせます。このとき勢いよくかき混ぜるより、牛乳と菌が均一に混ざり合う程度のやさしさで十分。あとは発酵器や保温ポットにセットし、27℃を6時間キープするだけ。顆粒状の種菌を使う場合は、1包を牛乳に溶かす方法を選んでもかまいません。
表面がわずかに揺れ、スプーンを立てると糸を引く──その独特の質感が完成のサイン。出来上がった白い塊をそっと冷蔵庫に移し、一晩休ませてから朝の食卓に出す瞬間を、私の知人はささやかな贅沢と呼んでいました。温度計を横目に待つ6時間は、慌ただしい日常に潜む、静かな発酵のリズムを教えてくれます。
ヨーグルトがつなぐ、ジョージアの食卓と日本の朝
ジョージアの山あいに朝が訪れると、どの台所からも発酵乳をすくう音が聞こえてきます。この地のヨーグルトは、空気のように日常へ溶け込み、祖母から母へ、母から子へと菌が受け継がれてきました。山の暮らしのなかで、ごく当たり前の営みとして根づいていたのです。
一方、日本に渡ったその菌は「カスピ海ヨーグルト」と呼ばれ、独自の道を歩み始めます。とりわけ面白いのが、甘酒との融合。保温器で麹を発酵させる途中に、100gのヨーグルトを加えると、乳の穏やかな酸味が麹の甘みに寄り添い、奥行きのある味わいへと変化します。和の食文化とジョージアの発酵文化が、ひとつの器で出会う瞬間です。
遠く離れた二つの風土が、目に見えない菌を介して静かにつながっている。そんな食の架け橋を、私はこの一杯に感じずにはいられません。
一杯のヨーグルトに広がる、長寿と健康の物語
冷蔵庫で静かに固まる白い塊。スプーンですくえば、とろりと糸を引きます。このなめらかな舌触りのルーツは、旧ソ連が「理想郷」と謳ったコーカサスの山麓にあります。長寿者が多いとされたその地域で、人々は乳を発酵させ、日々の滋養としてきました。その知恵が海を越え、日本の家庭の冷蔵庫にまで届いています。一杯のヨーグルトに詰まっているのは、単なる乳製品の枠を超えた、文化の静かな継承です。
家庭で種を受け継ぎ、人から人へ手渡します。カスピ海ヨーグルトが「食品」ではなく「縁」を育む媒体へと変わる瞬間です。11月18日が「カスピ海ヨーグルトの日」と定められた背景にも、そうした日常の物語が横たわっているのでしょう。遠い異国の健やかな食習慣と、この国の台所が、発酵という共通言語で結ばれます。その光景を思い浮かべると、ひと匙の白い粘りが、国境も時代も軽やかに越えていく不思議に心がほどけます。
初めて口にしたときの、あの予想外のとろみ。今ではそれが、朝の風景に溶け込んでいます。一杯のヨーグルトが紡ぐ長寿と健康の物語は、今日もどこかのキッチンで、新しいページを静かにめくっているのでしょう。