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青りんごの王様、ブラムリーの物語
1809年、イギリス・ノッティンガム州サウスウェルで、メアリー・アン・ブレイルズフォード=トランプという少女がりんごの種を土に埋めました。その種から芽吹いた木が、やがて「料理用りんごの王様」と呼ばれる存在になるとは、このとき誰も知る由もありません。
ブラムリー。生のままかじるにはあまりに酸っぱい。しかし、その酸味こそが個性の源です。チョコレートにも負けないような、しっかりとした味わいを持っています。
この記事では、偶然の種から生まれたブラムリーの来歴を辿り、イギリスの食卓に定着した理由、そして日本で新たな物語を紡ぐ長野県小布施町の挑戦まで、その歩みを追います。
なぜ生では食べない?ブラムリーの個性
収穫期を迎えた果樹園で、黄緑色の実が枝を飾る——その重さを手のひらで確かめれば、ブラムリーの存在感に気づかされます。
果重は300〜400g。一般的なりんごよりひと回り大きく、形は偏平です。果皮は黄緑色で、日光が当たった面だけが淡く赤く色付きます。表皮は滑らかで、果点がぽつぽつと顔を出す。青りんごという言葉がぴったりの、独特な風貌です。
しかし、この果実をそのままかじるのは難しい。強い酸味が口の中を一瞬で満たすため、生食には向かないとされています。
持ち味が活きるのは、加熱したときです。火が通ると果肉はすぐに柔らかく煮崩れ、鋭かった酸味がまろやかな輪郭に変わります。すると今度は、酸味とコクが重なり合い、加熱した料理に奥行きをもたらします。生では味わえないからこそ、調理用りんごとしての個性が際立つ——ブラムリーは、そんな果実です。
偶然の種から生まれた、英国の食文化
1809年、イギリス中部ノッティンガム州の小さな町サウスウェル。メアリー・アン・ブレイルズフォード=トランプという少女が、庭にりんごの種をまきました。何気ないひと手間から芽吹いた苗木は、やがて「ブラムリーズ・シードリング」と呼ばれる一品種へと育っていきます。当時は誰も、この木が後の英国を代表する果物になるとは想像していなかったでしょう。
この木が新たな持ち主を得たのは1846年のこと。地元の肉屋マシュー・ブラムリーの手に渡った果実は、料理用りんごとして注目されるようになりました。強い酸味と、加熱すると溶け崩れる性質。生でかじるより火を通してこそ真価を発揮する、そんな個性が後の運命を決めたとも言えます。
そして1883年。英国王立園芸協会(RHS)が主催する品評会で、このブラムリーは最優秀賞を受賞しました。その報せとともに、その名は英国中に知れ渡りました。以来、お菓子や料理に使われる定番として広く親しまれ、今では人々の暮らしに欠かせない存在へと成長を遂げています。
一粒の偶然が、一国の食文化を形づくる。そんな来歴を持つ果物は、世界を見渡してもそう多くありません。
イギリス人の暮らしに欠かせない存在
イギリスの家庭で、りんごを使ったお菓子や料理を作るとき、最初に思い浮かぶ品種があります。それがブラムリーです。黄緑色の大きな果実は、生食よりも加熱調理に適した「料理用りんご」として、この国で特別な位置を占めてきました。
スーパーの青果売り場に、どっしりとした緑色のりんごが並びます。イギリスで生産されるりんごのうち、この品種が占める割合は40%を超えるともいわれ、その存在感は圧倒的です。料理用りんごの王様という呼び名は、決して大げさではありません。
この品種の歴史は19世紀初頭にさかのぼります。イギリス・ノッティンガム州で、ひとりの少女が庭にまいた種から偶然生まれたと伝えられ、その後、地元の肉屋マシュー・ブラムリーの名が付けられました。現在ではイギリス全土で広く栽培され、家庭の庭にも親しまれる存在となっています。
イギリスの食卓では、ブラムリーは季節を問わず活躍します。春先にルバーブが並ぶ頃、焼き菓子にはやはりブラムリーが使われる。緑色のりんごが定番として選ばれる習慣は、何世代にもわたって受け継がれてきました。
日本で根付いたブラムリー:小布施町の挑戦
1980年代、日本の食卓からりんごが遠ざかり、長野県小布施町でもりんごの販売量が減少していました。そんな折、小布施町の農家・荒井豊氏がイギリスでブラムリーと出会い、故郷のりんご農家の衰退を憂いて導入を決意しました。生のままでは酸味が強く、そのまま食べるには向かない品種ですが、加熱すれば果肉が柔らかくほどけるこのりんごは、料理の素材として新たな可能性を秘めていました。
小布施町での商業栽培は1990年頃に始まりました。国内ではほとんど知られていなかったブラムリーを、地域の特産に育て上げようという試みは、やがて小布施町の風土に根づいていきました。
現在も、小布施町ではブラムリーが大切に育てられています。英国で長い歴史を持つ品種が、日本の小さな町で新たな物語を紡ぎ始めています。
加熱で化ける酸味:ブラムリーの調理法
ブラムリーは、その大きさと黄緑色の果皮に目を奪われます。しかし、生のままかじれば、強烈な酸味に面食らうことになるでしょう。このりんごは、そのまま食べるためにあるのではありません。
火を通すと、話は別です。加熱すると果肉はすぐに柔らかくなり、驚くほど短時間でとろけるような食感になります。同時に、酸味は角が取れて、まろやかなコクへと変化します。この変わりようこそが、ブラムリーが料理用りんごとして愛される理由です。
アップルパイやタルトタタンはもちろん、お肉料理のソースにすれば、その特性が最もよく活きます。酸味が全体を引き締めつつ、とろみと深みを加えます。
加熱してとろとろに、ブラムリーの酸味は、調理法によってまったく異なる表情を見せます。
偶然が生んだ、料理の可能性
1808年、イギリスの地で栽培が始まったブラムリー。強い酸味と、熱を加えると溶け崩れる性質は、お菓子や料理に使われるクッキングアップルとして、長く親しまれてきました。
やがて時は流れ、この物語は長野県小布施町へと続きます。日本に根づいたブラムリーは、新しい土地でまた別の物語を紡ぎ始めています。
ある偶然から生まれた品種が、国を越え、時代を越えて料理の可能性を広げていく。そんな歩みは、食の世界に残された一つのロマンと言えるかもしれません。