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はじめに
ベーグルは、その独特な輪の形と、外はカリッと中はもちもちとした食感で世界中の人々を魅了し続けているパンです。東ヨーロッパのユダヤ人コミュニティで生まれ、19世紀後半にアメリカへ渡り、今では世界中で愛される存在となりました。本記事では、ベーグルの定義から歴史的背景、地域による違い、そして特徴的な製法まで、このユニークなパンの魅力を余すところなくお伝えします。
ベーグルとは?茹でて焼く独特な製法が生む魅力
ベーグルは、小麦粉の生地をひも状に伸ばし、両端を合わせて輪の形にして発酵させ、茹でた後にオーブンで焼いて作られる円環状のパンです。この「茹でる工程(ケトリング)」こそが、ベーグルを他のパンと決定的に分ける最大の特徴と言えるでしょう。
通常のパン作りでは考えられない、この一見不思議な工程。でも実はこれこそが、ベーグル独特の食感を生み出す秘密なのです。茹でることで生地の表面のでんぷんが糊化し、薄い膜を形成します。その後オーブンで焼くことで、外側はカリッと香ばしく、内側は水分を保ったままもっちりと詰まった食感が生まれるのです。
さらに特筆すべきは、基本的な生地にバターや牛乳、卵といった動物性の油脂を使用しないこと。これは元々ユダヤ教の食事規定(コーシャ)に由来するものですが、結果として他の一般的なパンと比べてカロリーや脂肪分が低く、タンパク質が多いという特性を持つことになりました。まさに現代の健康志向にもマッチする、理想的なパンと言えるのではないでしょうか。
東欧からニューヨークへ:ベーグルが辿った歴史の道のり
ベーグルの起源は17世紀の東ヨーロッパ、特にポーランドのクラクフのユダヤ人コミュニティにあるとされています。当時のクラクフには「オブヴァジャーネック・クラコフスキ」という、一度茹でて焼いたパンが存在していました。興味深いことに、1930年代のクラクフでは、イディッシュ語の「ベーグル」もポーランド語の「オブヴァジャーネック」も、同じこのパンを指す言葉として使われていたそうです。
「ベーグル」という名前の由来には諸説ありますが、円形のパンを意味するイディッシュ語の「bugel」から来ているという説が有力です。また、ドイツ語の「bügel」(あぶみ)との関連も指摘されています。
転機が訪れたのは1880年代。ユダヤ系ポーランド人移民によってベーグルがニューヨークにもたらされました。しかし、すぐに広まったわけではありません。1920年代までは、大規模な東欧系ユダヤ人社会のある都市を除いて、アメリカではまだ珍しい存在でした。
それが20世紀最後の20年間で状況は一変します。ベーグルは北アメリカ全土で一般的なパンとなり、今では朝食の定番として、また様々なサンドイッチのベースとして愛されています。移民たちが持ち込んだ小さな輪のパンが、アメリカの食文化の一部となったのです。これほど劇的な変化を遂げた食べ物も、そう多くはないでしょう。
もちもち食感の秘密:ベーグルならではの3つの特徴
ベーグルの魅力を語る上で欠かせない特徴が3つあります。
まず第一に、その独特の食感です。外側のカリッとした歯ごたえと、内側のもっちりとした弾力。この絶妙なコントラストは、前述の「茹でてから焼く」という製法によって生まれます。水分量が少ないため、冷凍保存でも1ヶ月程度は品質を保てるという実用的な利点もあります。
第二の特徴は、その形状です。なぜベーグルは真ん中に穴が開いているのか? これには諸説ありますが、均一に火を通すため、持ち運びやすくするため、あるいは単純に生地の量を節約するためなど、様々な理由が考えられています。しかしこの穴があることで生まれる独特の食感の変化——外側のカリカリ部分が増えることこそが、最大の理由だと私は思います。
第三に、豊富なバリエーションです。プレーンベーグルはもちろん、白ゴマ、黒ゴマ、ケシの実、ニンニク、タマネギなどをトッピングしたもの、生地自体にシナモンとレーズン、ブルーベリー、クランベリーなどを練り込んだものまで。伝統を守りながらも、時代とともに進化し続けているのがベーグルの面白さですね。
ニューヨークvsモントリオール:二大ベーグル文化の違い
北アメリカのベーグル文化を語る上で、ニューヨークとモントリオールの違いは避けて通れません。同じベーグルでも、これほど個性が異なるのかと驚かされます。
ニューヨーク式ベーグルは、麦芽と塩を使い、茹でた後に普通のオーブンで焼きます。サイズは大きめで、表面が堅く、内側はふんわりと膨らんでいます。味のバリエーションも豊富で、まさにアメリカンな進化を遂げたベーグルと言えるでしょう。
一方で1919年以降、キエフからの移民によって作られるようになったモントリオール式ベーグルは、まったく異なる個性を持っています。生地に麦芽と鶏卵を使い、塩は使いません。蜂蜜を入れた湯で茹で上げ、薪を使った窯で焼き上げるという伝統的な製法を守っています。
モントリオールのベーグルは、ニューヨークのものより小さめで穴が大きく、若干甘みがあります。全体的にもっちりと詰まった食感で、現在クラクフやパリで食べられるベーグルにより近い形を保っています。どちらが優れているということではなく、それぞれの土地で独自の進化を遂げた、二つの素晴らしいベーグル文化なのです。
ちなみに、ベーグルの切り方にも地域差があるのをご存知でしょうか? ニューヨークでは横から切れ目を入れるのが常識ですが、セントルイスなどでは縦に切ることもあるそうです。ニューヨーカーの中には、この縦切りに対して強い拒否反応を示す人もいるとか。食文化の違いって、本当に面白いですね。
シンプルだけど奥深い:ベーグルの基本材料と味わい
ベーグルの基本材料は驚くほどシンプルです。小麦粉、水、塩、砂糖、そしてイースト。たったこれだけの材料から、あの独特な食感と味わいが生まれるのですから、まさに職人技の結晶と言えるでしょう。
基本のプレーンベーグルは、小麦本来の香ばしさと、ほのかな甘みが特徴です。噛めば噛むほど小麦の旨みが口の中に広がり、シンプルながらも飽きのこない味わい。これこそがベーグルの原点であり、すべてのバリエーションの基礎となる味です。
トッピングによって表情を変えるのもベーグルの魅力の一つ。伝統的なものでは、白ゴマの香ばしさ、ケシの実のプチプチとした食感、ニンニクの風味豊かな香り、刻みタマネギの甘みなど。最近では、これらを組み合わせた「エブリシング・ベーグル」も人気です。まさに”全部のせ”という贅沢な一品ですね。
生地自体にフレーバーを加えたものも魅力的です。シナモンレーズンは定番中の定番。シナモンの温かみのある香りとレーズンの自然な甘さが、朝食にぴったりです。ブルーベリーやクランベリーを練り込んだフルーツ系など、バリエーションは無限大。
ただし、伝統を重んじる人々の中には、これらの派生品は「もはやベーグルと呼べるものではない」と指摘する声もあります。確かに、オリジナルから大きく離れすぎると、それはベーグルなのか?という疑問も湧いてきます。でも私は、基本の製法——茹でてから焼く——さえ守っていれば、それはベーグルの進化形として認めてもいいのではないかと思うのです。
茹でて焼く伝統製法:プロが教えるベーグル作りの極意
ベーグル作りの工程は、一般的なパン作りとは大きく異なります。その最大の特徴である「ケトリング(茹でる工程)」について、詳しく見ていきましょう。
まず生地作りですが、水分量を少なめにして、しっかりとこねることが重要です。これによって、ベーグル特有の密度の高い生地が生まれます。成形は、生地をひも状に伸ばし、両端をしっかりとつなぎ合わせて輪を作ります。このとき、つなぎ目が外れないようにしっかりと圧着することがポイントです。
一次発酵を終えた生地を、いよいよ茹でます。お湯の温度は85〜90度程度。沸騰させすぎないことが大切です。茹で時間は片面30秒〜1分程度。この工程で生地の表面にでんぷんの膜ができ、焼いたときの独特の食感が生まれるのです。
茹で湯に麦芽シロップや蜂蜜、重曹などを加えることもあります。麦芽シロップを加えると、表面に美しい艶が出て、ほんのりとした甘みも加わります。モントリオール式では蜂蜜を使うことで、独特の風味と色合いが生まれます。
茹で上がったベーグルは、すぐにオーブンへ。200〜220度で15〜20分ほど焼きます。表面がきつね色になり、底を叩くと軽い音がすれば完成です。焼きたてのベーグルの香りは格別で、思わず手を伸ばしたくなるほど食欲をそそられます。
家庭で作る場合のコツは、生地を前日の夜に仕込んで、冷蔵庫で一晩寝かせること。これによって生地がゆっくりと発酵し、より深い味わいが生まれます。朝起きて、成形、茹で、焼きの工程を行えば、焼きたてのベーグルで素敵な朝食が楽しめますよ。
まとめ
ベーグルは、東ヨーロッパのユダヤ人コミュニティで生まれ、アメリカで花開いた、まさに移民文化が生んだ食の宝物です。茹でてから焼くという独特の製法が生み出す、外はカリッと中はもちもちの食感。バターや卵を使わないシンプルな材料構成ながら、トッピングや練り込み素材によって無限のバリエーションを楽しめる懐の深さ。
ニューヨークとモントリオール、それぞれの土地で独自の進化を遂げたベーグル文化は、食べ物が単なる栄養源ではなく、文化や歴史、人々の思いを運ぶ器であることを教えてくれます。プレーンベーグルにクリームチーズを塗るシンプルな食べ方から、様々な具材を挟んだベーグルサンドまで、その楽しみ方も実に多彩です。
次にベーグルを手に取るとき、その輪の中に込められた長い歴史と、職人たちの技、そして移民たちの夢を感じていただければ幸いです。きっと、いつもとは違う味わいが感じられることでしょう。