この記事を読むのに必要な時間は約 5 分です。

Table of Contents
はじめに
こんにちは。シェフレピの池田です。今回は、「クラフティ」についてお話ししていきたいと思います。フランスの地方菓子の中でも、素朴で温かみのある魅力を持つこのデザートは、実は日本でも静かな人気を集めています。卵と牛乳をベースにした優しい生地に、さくらんぼなどのフルーツを散りばめて焼き上げる――そのシンプルな作り方からは想像できないほど、奥深い味わいと歴史を持つお菓子なのです。
初めてクラフティを口にしたとき、その素朴な見た目からは想像できない繊細な食感に驚きました。プリンとケーキの中間のような、なめらかでもっちりとした生地と、果実の甘酸っぱさが絶妙に調和していて、フランスの田舎町の温かな食卓が目に浮かぶようでした。
卵と牛乳が織りなす、フランス地方菓子の優しい味わい
クラフティは、フランス中部の旧リムーザン地方で生まれた伝統的な焼き菓子です。その最大の特徴は、卵や牛乳をベースにした液状の生地(アパレイユ)を、主にチェリーなどのフルーツと一緒にグラタン皿やタルト型に流し込み、オーブンでじっくりと焼き上げるというシンプルな製法にあります。
この菓子の魅力は、何といってもその素朴さにあると言えるでしょう。複雑な技術や特別な道具を必要とせず、家庭にある基本的な材料だけで作れる点が、長年愛され続けている理由の一つです。焼き上がりは、表面がきつね色に色づき、中はカスタードのようになめらか。温かいうちに食べても、冷やして食べても、それぞれ違った美味しさを楽しめるのも特徴的ですね。
19世紀から続く、リムーザン地方の誇り
クラフティという名前が文献に登場するようになったのは、19世紀後半になってからのことです。語源については諸説ありますが、フランス語の「満たす」を意味するオック語の”clafir”や”claufir”が原形の”clafotís”に由来するという説が有力とされています。
興味深いエピソードとして、フランスの権威ある辞書を編集するアカデミー・フランセーズが、クラフティを「果実を使ったフランの一種」と定義しようとしたところ、リモージュ(リムーザン地方の中心都市)の住民から猛反対を受けたという話があります。地元の人々にとって、クラフティは単なるフランではなく、地域のアイデンティティそのものだったのでしょう。結局、アカデミーは「グリオット(サワーチェリー)を使ったケーキ」という表現に変更することになったそうです。
このような歴史的背景を知ると、クラフティがいかに地域に根ざした大切な食文化であるかが分かりますね。
プリンでもケーキでもない、独特の食感の秘密
クラフティの最も特徴的な点は、その独特の食感にあります。プリンのようになめらかでありながら、ケーキのような弾力も持ち合わせている――この絶妙なバランスは、生地の配合と焼き方によって生み出されます。
伝統的なレシピでは、チェリーの種を抜かずにそのまま使用することも特徴の一つです。種を残すことで、アーモンドのような香りが生地に移り、より深い味わいになるとされています。ただし、現代では食べやすさを考慮して種を取り除くレシピも多く見られます。
焼き上がりの見た目も独特で、表面は軽く膨らみ、冷めると少し沈んでしまいます。でも、これこそがクラフティらしさ。完璧に平らな表面を求める必要はないのです。むしろ、その素朴な佇まいが、手作りの温かみを感じさせてくれるのではないでしょうか。
地域ごとに花開く、多彩なクラフティの世界
リムーザン地方が発祥とされるクラフティですが、現在ではフランス全土、そして世界各地で様々なバリエーションが楽しまれています。
本場では、グリオット(サワーチェリー)を使うのが伝統的ですが、他の地域では洋梨、りんご、プラム、アプリコットなど、その土地で採れる果物を使ったクラフティが作られています。南仏では、ラベンダーの香りを加えたものも。季節の果物を使って一年中楽しめるのも、このお菓子の魅力の一つと言えるでしょう。
日本でも、いちごやブルーベリー、さらには柿や栗といった和の素材を使ったアレンジが生まれています。基本の生地がシンプルだからこそ、様々な食材との相性を楽しめる――これもクラフティの懐の深さを示していますね。
家庭で再現できる、基本材料と味の特徴
クラフティの材料は驚くほどシンプルです。基本となるのは、卵、牛乳、砂糖、小麦粉、そしてチェリーなどのフルーツ。これらを混ぜ合わせて焼くだけで、本格的なフランス菓子が完成します。
生地の配合は、卵2〜3個に対して牛乳200〜250ml、小麦粉50〜70g、砂糖60〜80gが一般的な目安です。この比率により、口の中でとろけるような食感が生まれます。バニラやラム酒を少量加えると、より香り高い仕上がりになります。
味わいの特徴は、優しい甘さとフルーツの酸味のハーモニー。カスタードクリームのようなまろやかさがありながら、決して重くない。朝食にも、午後のティータイムにも、食後のデザートにも合う、万能なお菓子と言えるでしょう。
オーブンでじっくり、伝統の焼き方のコツ
クラフティの調理法は一見簡単そうに見えますが、美味しく仕上げるにはいくつかのポイントがあります。
まず、生地作りでは材料を混ぜすぎないことが大切です。小麦粉のグルテンが出すぎると、もっちりとした食感が強くなりすぎてしまいます。泡立て器で軽く混ぜ、ダマがなくなる程度で十分です。
焼き方については、160〜180度のオーブンで30〜40分じっくりと焼き上げます。湯煎焼きにすると、より滑らかな仕上がりになりますが、直接焼いても問題ありません。焼き上がりの目安は、表面がきつね色になり、中心を軽く揺らすとプルプルと震える程度。竹串を刺して、生地がついてこなければ完成です。
型から出さずにそのまま食べるのが伝統的なスタイル。温かいうちはふんわりと、冷めるともっちりとした食感に変化します。
まとめ
クラフティは、フランス・旧リムーザン地方の誇りある伝統菓子として、19世紀から現代まで愛され続けています。卵と牛乳をベースにしたシンプルな生地に、チェリーなどのフルーツを加えて焼き上げるだけという素朴な製法ながら、その味わいは実に奥深いものがあります。
プリンとケーキの中間のような独特の食感、地域や季節によって変化する多彩なバリエーション、そして何より家庭で簡単に作れる親しみやすさ。これらすべてが、クラフティを特別な存在にしています。フランスの田舎の温かな食卓を思い浮かべながら、ぜひ一度この素朴で優しい焼き菓子を味わってみてはいかがでしょうか。