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はじめに
こんにちは。シェフレピの池田です。今回は、「マッサマンカレー」についてお話ししていきたいと思います。実はこのカレー、CNNインターナショナルで「世界で最もおいしい料理」第1位に輝いたこともある、知る人ぞ知る逸品なのです。タイカレーといえばグリーンカレーやレッドカレーが有名ですが、マッサマンカレーはそれらとは一線を画す、独特の魅力を持っています。
初めてマッサマンカレーを口にした時の衝撃は今でも忘れられません。スパイスの複雑な香りに包まれながら、ココナッツミルクのまろやかさとピーナッツのコク、そしてほのかな甘みが絶妙に調和していて、これまでのカレーの概念が覆されたような感覚でした。
イスラム文化が育んだタイ南部の宝
マッサマンカレー、正式にはゲーン・マッサマンと呼ばれるこの料理は、タイ南部のイスラム教徒コミュニティから生まれました。「マッサマン」という言葉自体が、ペルシャ語で「イスラム教徒たちの」を意味する言葉に由来するとされています。
タイ南部、特にパッターニー県、ヤラー県、ナラーティワート県では、人口の約8割をマレーシア系の住民が占めており、彼らの食文化がこの料理の基盤となっています。興味深いことに、タイ南部の住民に言わせれば、マッサマンはマレーシア料理の流れを汲むものだそうです。タイ料理でありながら、実はマレーシア料理の影響を色濃く受けているという、まさに文化の交差点で生まれた料理なんですね。
17世紀から続く歴史の味わい
マッサマンカレーの起源については諸説ありますが、最も有力な説の一つは、17世紀のアユタヤ王朝時代にペルシアの使者や貿易商人がもたらした影響によるものです。当時、シルクロードを通じて様々なスパイスがタイに流入し、それらが現地の食材と融合して生まれたのがマッサマンカレーだと考えられています。
もう一つの説では、タイ南部を訪れたアラブ人の貿易商人が起源だとも言われています。いずれにせよ、インドネシアから輸入されたターメリック、シナモン、八角、クミン、クローブ、ナツメグなどの香辛料が、この料理の複雑で奥深い味わいを作り出しているのは間違いありません。
タイ宮廷料理としても親しまれてきた歴史があり、その洗練された味わいは、まさに王族も愛した逸品と言えるでしょう。
世界一に輝いた理由:他のカレーとは一線を画す特徴
マッサマンカレーが世界一美味しい料理に選ばれた理由は、その独特の味わいにあります。一般的なタイカレーが辛さを前面に押し出すのに対し、マッサマンカレーは「ほのかな辛さの中に、深いコクと上質な甘み」が感じられることが高く評価されました。
カルダモン、シナモン、クローブといったスパイスが生み出す芳醇な香り。これらは通常のタイ料理ではあまり使われない、中東やインド料理でおなじみのスパイスです。パームシュガーとタマリンドソースが加わることで、甘みと酸味のバランスも絶妙になります。
タイ国内でも知る人ぞ知るご当地グルメ
意外なことに、世界的に有名になったマッサマンカレーですが、タイ国内での知名度はそれほど高くありません。タイ北部や中部では「ご当地カレー」的な認識で、バンコクでも専門店でなければなかなか出会えない料理です。
これは、マッサマンカレーがタイ南部のイスラム教徒を中心に食べられていた料理だからです。豚肉を使わないというハラールの規律に従い、主に鶏肉や牛肉、羊肉で作られます。タイでは特にチキンマッサマンカレーが人気ですが、高級料理店では鴨肉を使った贅沢なバージョンも楽しめます。
地域性が強い料理だからこそ、本場の味を知る人は少ないのかもしれません。でも、だからこそ出会えた時の感動は格別なのではないでしょうか?
ホロホロに煮込まれた具材の魔法
マッサマンカレーの特徴的な材料は、鶏肉、じゃがいも、玉ねぎ、そして炒った落花生やカシューナッツです。これらの具材をじっくりと時間をかけて煮込むことで、肉はホロホロに、じゃがいもはとろけるような食感になります。
ココナッツミルクのまろやかさが全体を包み込み、ローリエや八角の香りが複雑さを加えます。海老の発酵ペースト(カピ)も隠し味として使われ、うま味に深みを与えています。ピーナッツは最後に加えることで、食感のアクセントとコクを与えてくれます。
付け合わせには、ショウガのピクルスや、キュウリと唐辛子を酢と砂糖に漬けたアチャールが添えられることも。これらの酸味が、濃厚なカレーの味をリセットしてくれるんです。
家庭でも楽しめる本格派の調理法
本場のマッサマンカレーを作るには、まずペーストから作るのが理想的ですが、最近では市販のマッサマンカレーペーストも手に入りやすくなりました。カルディや無印良品、輸入食材店で購入できます。
調理のポイントは、具材を入れる順番と火加減です。まず鶏肉を炒めてから、ココナッツミルクとペーストを加え、じゃがいもと玉ねぎを投入。蓋をしないで中火で約10分、具材が少し動く程度の火加減で煮込みます。最後にピーナッツを加えて火を止める…この”蓋をしない”というのがミソなんです。水分を適度に飛ばしながら、濃厚さを保つためですね。
タイでは「ロティ」と呼ばれる薄焼きパンと一緒に食べることもあります。これはアラビア半島から伝わったもので、マッサマンカレーのイスラム文化との繋がりを感じさせる組み合わせです。
まとめ
マッサマンカレーは、単なるタイ料理の一つではなく、文化と歴史が交差する場所で生まれた、まさに「食の芸術品」と言えるでしょう。
イスラム文化とタイ文化、そしてマレーシア料理の要素が見事に融合し、17世紀から続く歴史の中で洗練されてきたこの料理。世界一美味しいと評価されたのも、その複雑で奥深い味わいと、誰もが親しみやすい優しさを併せ持っているからこそです。
タイ国内では知る人ぞ知るご当地グルメでありながら、世界的には最高峰の評価を受けているという、なんとも興味深い立ち位置にあるマッサマンカレー。もし機会があれば、ぜひ一度本場の味を体験してみてください。きっと、あなたのカレー観が変わる瞬間に出会えるはずです。