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はじめに
ふわふわの卵とカニの風味、そしてとろりとした餡が絡み合う天津飯。中華料理店の定番メニューとして、多くの日本人に愛されているこの料理ですが、実は本場中国には存在しない「日本生まれの中華料理」だということをご存知でしょうか?
天津飯は、かに玉(芙蓉蛋:ふようたん)を米飯に載せ、とろみのあるタレをかけた料理で、天津丼やかに玉丼とも呼ばれます。興味深いのは、関東と関西で餡の味付けが大きく異なる点です。この記事では、天津飯の誕生秘話から地域による味の違い、そして調理法まで、この料理の奥深い魅力を紐解いていきます。
初めて天津飯を食べたとき、その優しい味わいと卵のふんわりとした食感に心を奪われました。シンプルながらも計算された味のバランスは、日本人の味覚に寄り添った絶妙な仕上がりだと感じたものです。
日本の食卓を彩る「和製中華」の代表格
天津飯は、日本式中華料理を代表する一品です。溶き卵にカニ、豚肉、またはエビ、刻みネギ、干しシイタケなどを加えて焼いた芙蓉蛋(かに玉)を、白米の上に乗せ、片栗粉でとろみをつけた餡をかけたもの。この構成自体はシンプルですが、その味わいは奥深く、多様です。
中国本土では芙蓉蛋をご飯に載せる習慣はあまりありませんが、香港には「香煎芙蓉蛋飯」や「滑蛋蝦仁飯」など、卵焼きとご飯を組み合わせた料理が存在します。しかし、日本の天津飯のように、とろみのある餡をたっぷりとかけるスタイルは、まさに日本独自の発展形と言えるでしょう。
天津飯の特徴は、その「自由度の高さ」にもあります。広東料理の芙蓉蟹(ふようはい)には蟹が必須ですが、天津飯には「蟹」の字が入っていないため、豚肉、鶏肉、エビ、かにかま、蒲鉾など、さまざまな具材を使った芙蓉蛋でも構わないのです。この柔軟性が、家庭料理としても広く親しまれる理由の一つですね。
天津飯の誕生物語と日中交流の足跡
天津飯の発祥については、いくつかの興味深い説が存在します。料理研究家の田中静一氏の調査によれば、明治期から大正初期にかけて出版された中国料理の書籍には「天津飯」や「芙蓉蟹(かに玉)」の記載がありません。大正期になって初めて「芙蓉蟹」の名称が見受けられるようになったとされています。
最も興味深いのは、天津市の鑫茂天材酒店の調理師である馬金鵬氏による証言です。馬氏は三代に渡る調理師の家系で、初代の馬蓮慧氏が1909年に日本の神戸と飲食文化の交流を行った際、日本から味の素を紹介してもらった代わりに天津飯を教えたとしています。その天津飯は、卵を黄身と白身に分けてご飯の上に乗せ、さらにその上にエビを乗せてとろみをつけた塩味のソースをかけたもので、現在の芙蓉蟹を使ったスタイルとは異なるものでした。
また、大正末期には「海曄軒」という店で「天津麺」という料理が「芙蓉蟹」「芙蓉蝦」と並んで人気メニューとして紹介されており、1926年創業の「銀座アスター」のメニューでも確認できます。天津飯と天津麺の関係は不明ですが、「天津」という名称が当時の中華料理店で一定の人気を博していたことは確かでしょう。
現在の天津市では、一般的に蟹玉を米飯にのせた類似料理は食べられていません。しかし、一部の店では天津飯が提供されており、日本人が経営するスナックや、中国の調理人が日本の作り方を習ったものがあるそうです。天津の「暇日飯店」では神戸で習った、ケチャップ餡の蟹玉のせが提供されていたという記録もあります。
日本で生まれた料理が、逆に本場中国に渡り、一部で受け入れられている。この文化の往還は、なんとも興味深いですね。
関東と関西で味が違う?餡のバリエーション
天津飯の最大の特徴は、地域によって餡の味付けが大きく異なることです。NHK放送文化研究所の塩田雄大氏の調査によれば、関東では「天津丼」、関西では「天津飯」と呼ぶことが多いとされています。呼び方だけでなく、味付けにも明確な違いがあるのです。
関東では餡の味付けにトマトケチャップを使うことが多く、餡の色は赤みがかった甘酢あんが主流です。酸味と甘みのバランスが絶妙で、卵のまろやかさと相まって、子どもから大人まで親しみやすい味わいになっています。一説には、酢豚の餡からヒントを得たとも言われています。
対して関西では醤油や塩を使うため、薄茶色や透明な仕上がりになります。こちらは素材の味を活かした上品な味わいで、カニやエビの風味がより際立つ仕上がりです。京風の塩あんは特に繊細で、出汁の旨味が効いた優しい味わいが特徴ですね。
この地域差は、日本の食文化の多様性を象徴しているとも言えます。同じ料理名でありながら、東西で異なる味わいを楽しめるのは、天津飯ならではの魅力ではないでしょうか?
ふわとろ食感を生み出す卵と餡の絶妙なハーモニー
天津飯の主役は、なんといっても芙蓉蛋(かに玉)です。溶き卵にカニ、豚肉、エビ、刻みネギ、干しシイタケ、塩胡椒などを加え、サラダ油をひいた中華鍋で焼き上げます。卵は半熟状態でふんわりと仕上げるのがポイントで、この「ふわとろ」の食感が天津飯の命とも言えるでしょう。
餡には、シイタケ、タケノコなどの野菜類を加えたり、彩りとしてグリーンピースが添えられることも多いです。片栗粉でとろみをつけた餡が、卵とご飯を優しく包み込み、一体感のある味わいを生み出します。
使用する具材も多様です。本格的にカニを使うこともあれば、手軽にかにかまを使うことも。エビ、豚肉、鶏肉など、冷蔵庫にある食材で作れる柔軟性も、家庭料理として愛される理由です。
卵のふんわり感と餡のとろみ、そしてご飯のもっちり感。この三位一体の食感が、天津飯の最大の魅力なのです。
家庭でも楽しめる本格的な調理法
天津飯の調理は、意外とシンプルです。まず、溶き卵に具材を混ぜ合わせます。カニやエビ、豚肉などの主役となる具材に加え、刻みネギ、干しシイタケを入れることで、風味と食感に奥行きが生まれます。塩胡椒で下味をつけるのも忘れずに。
中華鍋やフライパンにサラダ油をひき、強火で熱したら、卵液を一気に流し込みます。ここがポイント。卵が半熟のうちに手早くまとめ、ふんわりとした芙蓉蛋を作ります。火を通しすぎると固くなってしまうので、注意が必要です。
次に餡を作ります。関東風の甘酢あんなら、鶏ガラスープに砂糖、酢、醤油、ケチャップを加え、片栗粉でとろみをつけます。関西風の塩あんなら、鶏ガラスープに塩、醤油で味を調え、同様にとろみをつけます。餡にシイタケやタケノコを加えると、より本格的な仕上がりになりますよ。
深皿や丼にご飯を盛り、その上に芙蓉蛋を乗せ、熱々の餡をたっぷりとかければ完成です。グリーンピースやネギを散らすと、彩りも美しくなります。
家庭で作る際は、火加減と手早さが勝負。卵が程よく固まり始めたら、すぐに火から下ろす。このタイミングが、プロと家庭の差を分けるポイントかもしれませんね。
まとめ
天津飯は、日本で生まれ、日本人の味覚に合わせて進化してきた「和製中華」の代表格です。本場中国には存在しないこの料理は、かに玉をご飯に乗せ、とろみのある餡をかけるというシンプルな構成ながら、地域によって異なる餡の味わいや、具材の自由度の高さが魅力です。
関東の甘酢あん、関西の塩あん。同じ「天津飯」という名前でありながら、東西で異なる味わいを楽しめるのは、日本の食文化の豊かさを物語っています。その誕生には日中の飲食文化交流の足跡が見え隠れし、1909年の神戸での交流や、大正期の中華料理店での人気など、歴史的な背景も興味深いものです。
ふわふわの卵、とろりとした餡、そしてもっちりとしたご飯。この三位一体の食感と味わいは、家庭でも比較的簡単に再現できます。冷蔵庫にある食材で作れる柔軟性も、天津飯が長く愛され続ける理由でしょう。
次に中華料理店を訪れた際は、ぜひ天津飯を注文してみてください。そして、関東風と関西風、両方の味を食べ比べてみるのも面白いかもしれません。日本独自の中華料理の奥深さを、あなたも味わってみませんか?