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はじめに
秋の訪れを告げる魚といえば、秋刀魚。塩焼きにして大根おろしを添えれば、それだけで食卓が秋の風情に包まれます。細長く銀色に輝くその姿は、まさに「秋の刀」。この魚は、日本の食文化において特別な位置を占めてきました。
秋刀魚は単なる食材ではなく、季節の移ろいを感じさせる文化的な存在でもあります。佐藤春夫の詩『秋刀魚の歌』で広く知られるようになった「秋刀魚」という漢字表記は、大正時代に登場したもの。それ以前は「狭真魚」「三馬」「佐伊羅魚」など、さまざまな表記で親しまれてきました。
この記事では、秋刀魚の名前の由来から歴史、特徴、そして調理法まで、秋刀魚の魅力を余すところなくお伝えします。
初めて秋刀魚の塩焼きを口にしたとき、その脂の乗った身と、ほろ苦い内臓の絶妙なバランスに驚いたことを今でも覚えています。秋の夜長に、熱々の秋刀魚を頬張る幸せ。これこそが日本の秋の醍醐味ではないでしょうか。
刀のような姿が名の由来
「秋刀魚」という漢字表記は、秋に旬を迎え、刀のように細長く銀色に輝く姿に由来します。この表記が登場したのは大正時代。佐藤春夫の詩『秋刀魚の歌』によって、この漢字が広く知られるようになりました。
それ以前、秋刀魚は「サイラ(佐伊羅魚)」「サマナ(狭真魚)」「サンマ(青串魚)」などと読み書きされていました。紀伊半島では今でも「サイラ」という呼び名が使われています。明治の文豪・夏目漱石は、『吾輩は猫である』の中で「三馬(サンマ)」と記しました。
「サンマ」という名前の語源については諸説あります。細長い魚を意味する「狭真魚(さまな)」の音が転訛したという説、群れて泳ぐ習性から「大きな群れ」を意味する「サワ(沢)」と「魚」を意味する「マ」が合わさった「沢魚(サワンマ)」が語源という説などです。
興味深いのは、魚へんに「祭」と書く「鰶」という漢字も「さんま」と読むこと。本来はコノシロを指す漢字ですが、江戸時代には河岸に秋刀魚が揚がるとお祭り騒ぎになったことから、この字が使われるようになったと言われています。秋刀魚がいかに庶民に愛されていたかが伝わってきますね。
紀伊半島から広がった秋の味覚
秋刀魚は、日本近海の太平洋を回遊する魚です。紀伊半島では古くから「サイラ」と呼ばれ、地域に根ざした食文化を形成してきました。
秋刀魚は外海の表層を群れで泳ぎ、プランクトンや小甲殻類、稚魚などを食べて成長します。全長は通常30cm前後ですが、大きなものでは40cmに達することもあります。
日本では古くから秋の味覚として親しまれてきましたが、その漁獲と消費が本格化したのは江戸時代以降とされています。特に江戸では、秋刀魚が水揚げされると市場が活気づき、庶民の食卓を賑わせました。落語「目黒のさんま」は、江戸の殿様と大衆魚である秋刀魚を絡めた創作譚として知られています。
現代では、北海道から三陸沖にかけての海域が主要な漁場となっており、棒受け網漁という独特の漁法で漁獲されます。秋の月夜、漁船の灯りに集まる秋刀魚の群れを網で掬い上げる光景は、日本の秋の風物詩と言えるでしょう。
細長い体と青銀色の輝き
秋刀魚の最大の特徴は、その細長い体型です。体は側扁して細長く、下顎が上顎よりわずかに長く突出しています。背側は暗青色、腹側は銀白色に輝き、まさに刀を連想させる美しい姿をしています。
背鰭や腹鰭は体の中部より後方にあり、その後方には数個の離れた小さな鰭(小離鰭)が続きます。背鰭の後方に6個程度、尻鰭の後方に7個程度の小離鰭を有するのが特徴です。分類上は、ダツ、サヨリ、トビウオなどの仲間に属します。
秋刀魚には胃がなく、短く直行する腸が肛門に繋がっています。腸が短いため、摂食した餌は20分から30分程度の短時間で消化され体外に排出されます。この独特の消化器官の構造が、秋刀魚の内臓特有の味わいを生み出しているとも言えるでしょう。
鱗は小さく剥がれやすいのも特徴です。棒受け網で漁獲されたものは、漁船から水揚げされる際にほとんどの鱗が剥がれ落ちてしまいます。そのため、水揚げ直前に自らや他の個体から剥がれた鱗を多数呑み込んで内臓に溜める個体も少なくありません。秋刀魚の内臓に多くの鱗が含まれている場合がありますが、これらは秋刀魚が捕食した小魚の鱗ではなく、秋刀魚自らの鱗なのです。
地域ごとの呼び名と食べ方
秋刀魚は日本各地で愛されてきた魚ですが、地域によって呼び名や食べ方に違いがあります。
紀伊半島では「サイラ」という呼び名が今も使われています。この呼び名は古く、1712年の『和漢三才図会』にも「佐伊羅魚(サイラ)」として記録されています。
食べ方も地域によってさまざまです。最も一般的なのは塩焼きですが、紀伊半島や和歌山県では「秋刀魚寿司」として親しまれています。これは秋刀魚を開いて塩と酢で締め、寿司飯と合わせたもので、地域の郷土料理として受け継がれてきました。
北海道や東北地方では、脂の乗った新鮮な秋刀魚を刺身で食べる文化もあります。ただし、秋刀魚にはアニサキスという寄生虫がいる可能性があるため、生食する際は十分な注意が必要です。
近年では、秋刀魚のコンフィや蒲焼きなど、洋風や創作料理のアレンジも増えてきました。伝統的な調理法を守りつつも、新しい食べ方が生まれ続けているのは、秋刀魚という食材の懐の深さを物語っていますね。
塩焼きが王道、内臓も美味
秋刀魚の調理法として最も代表的なのが塩焼きです。シンプルながら、秋刀魚の旨味を最大限に引き出す調理法と言えるでしょう。
塩焼きの基本は、新鮮な秋刀魚に塩を振り、グリルやフライパンで焼くだけ。皮はパリッと、身はふっくらと焼き上げるのがコツです。大根おろしとすだちやレモンを添えれば、脂の乗った秋刀魚の味わいがさらに引き立ちます。
秋刀魚の内臓(わた)は、ほろ苦い独特の風味があり、好む人も多くいます。内臓を残したまま焼くことで、その苦味が秋刀魚の脂の甘みと絶妙なコントラストを生み出します。ただし、内臓が苦手な方は、下処理の段階で取り除いても構いません。
フライパンで焼く場合は、クッキングシートを敷くと後片付けが楽になります。火加減は中火から強火で、片面を5〜7分ずつ焼くのが目安です。焼き色がついたら裏返し、両面をしっかりと焼き上げましょう。
塩焼き以外にも、煮付け、蒲焼き、炊き込みご飯など、秋刀魚の調理法は多彩です。脂の乗った秋刀魚は、どんな調理法でも美味しく仕上がります。
新鮮な秋刀魚の選び方
美味しい秋刀魚を味わうには、新鮮なものを選ぶことが大切です。
まず、目が澄んでいて黒々としているものを選びましょう。目が濁っているものは鮮度が落ちている可能性があります。次に、体全体に張りがあり、銀色の輝きが鮮やかなものが良品です。
口先や尾の付け根が黄色いものは脂が乗っている証拠。秋刀魚の脂は口先と尾に現れるため、この部分をチェックすると良いでしょう。また、体が太く、厚みのあるものほど脂が乗っています。
秋刀魚の旬は9月から10月にかけて。この時期の秋刀魚は脂の乗りが最高で、塩焼きにすると脂が滴り落ちるほどです。近年は漁獲量の変動もありますが、旬の時期を狙って購入すれば、美味しい秋刀魚に出会える確率が高まります。
まとめ
秋刀魚は、秋の味覚を代表する魚として、日本人に長く愛されてきました。「秋刀魚」という漢字表記は大正時代に登場し、佐藤春夫の詩『秋刀魚の歌』によって広まりました。それ以前は「サイラ」「狭真魚」「三馬」など、さまざまな呼び名で親しまれてきた歴史があります。
細長く銀色に輝く姿は、まさに秋の刀。背側の暗青色と腹側の銀白色のコントラストが美しく、その姿だけでも秋の訪れを感じさせてくれます。紀伊半島を起源とし、日本各地で独自の食文化を形成してきました。
調理法は塩焼きが王道ですが、刺身、煮付け、蒲焼き、寿司など、地域や家庭によってさまざまな食べ方があります。内臓のほろ苦さも秋刀魚の魅力の一つ。新鮮なものを選び、旬の時期に味わうことで、秋刀魚本来の美味しさを堪能できるでしょう。
秋の食卓に欠かせない秋刀魚。その歴史と文化を知ることで、いつもの塩焼きがより一層美味しく感じられるはずです。今年の秋も、ぜひ秋刀魚を味わってみてください。























