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マトロートとは?船員が生んだ赤ワイン煮込みの魅力

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はじめに

こんにちは。シェフレピの池田です。今回は、「マトロート」についてお話ししていきたいと思います。フランス料理の中でも、やや玄人好みの印象を持つこの一皿は、魚を赤ワインで煮込むという大胆な調理法が特徴です。日本ではあまり馴染みのない組み合わせかもしれませんが、フランスの大西洋沿岸地域や河川流域では古くから愛されてきた郷土料理なのです。

この記事では、マトロートの語源や歴史的背景、使用される食材、そして地域ごとの違いまで、詳しく解説していきます。

水夫の料理が育んだ独特の味わい

マトロートという名前は、フランス語で「水夫」や「船員」を意味する”matelot”に由来しています。その語源が示すとおり、この料理は元々船員たちが船上や港町で作っていた素朴な漁師料理だったと考えられています。

船員たちは限られた食材と調味料を使い、その日に獲れた魚を美味しく食べる工夫をしていました。赤ワインは保存が利き、船旅にも持ち込みやすい調味料でした。さらに、魚特有の臭みを消すために香辛料を多用する——こうした実用的な知恵が、マトロートという料理を生み出したのです。

やがてこの船員料理は陸に上がり、フランスの大西洋沿岸地域や河川流域の家庭料理として定着していきました。特にロワール川流域やアルザス地方では、川魚を使ったマトロートが郷土の味として親しまれるようになります。庶民の食卓から生まれた料理が、今ではフランス料理の古典的なレパートリーの一つとして認識されているのは興味深いですね。

赤ワインが引き出す魚の新たな表情

マトロートの最大の特徴は、魚を赤ワインで煮込むという調理法にあります。一般的に魚料理には白ワインを合わせるのがセオリーとされていますが、マトロートはその常識を覆す料理です。

赤ワインの豊かなタンニンと酸味が、魚の脂や旨味と結びつき、複雑で深みのある味わいを生み出します。特にうなぎや穴子のような脂の乗った魚、あるいは川魚特有のクセのある魚には、赤ワインの力強い風味が見事にマッチするのです。

調理の過程では、赤ワインとブランデーを煮切ってアルコール分を飛ばし、香辛料をたっぷりと加えます。タマネギや季節の野菜を炒めた上に魚を乗せ、ワインベースの煮汁でじっくりと煮込んでいく。この工程で魚の臭みは消え去り、代わりに芳醇な香りが立ち上ります。

仕上がった料理は、ソースが濃厚でありながらも魚の繊細な食感は保たれています。赤ワインの深紅色に染まった魚は、見た目にも印象的。一口食べれば、ワインの酸味と甘み、香辛料のスパイシーさ、そして魚の旨味が口の中で複雑に絡み合います。

地域が育んだマトロートの多様性

マトロートは、フランス各地でそれぞれ異なる個性を持って発展してきました。使用する魚の種類、ワインの選択、付け合わせの野菜——これらすべてが地域の食文化を反映しています。

大西洋沿岸地域では、アンコウやタラなどの白身魚が用いられることもあり、海の幸の豊かさを感じさせる仕上がりになります。一方、ロワール川やライン川流域では、川魚を使うのが伝統的です。うなぎ、鯉、パーチ(スズキの仲間)などが好んで使われ、淡水魚特有の風味を赤ワインが見事に包み込みます。

アルザス地方では、地元産のリースリングなどの白ワインを使ったマトロートも存在します。赤ワイン版とはまた違った繊細な味わいが楽しめます。

また、ブルゴーニュ地方では、地元の上質な赤ワインを惜しみなく使い、より洗練されたマトロートが作られます。この地域では、マトロートは単なる家庭料理を超えて、レストランでも提供される格式ある一皿として扱われることもあるのです。

素朴な食材が織りなす豊かな味

マトロートの基本的な材料は、驚くほどシンプルです。主役となるのは魚——特にうなぎ、穴子、鯉などの脂の乗った魚や、クセのある川魚が適しています。これらの魚は、赤ワインの力強い風味に負けない個性を持っているからです。

次に欠かせないのが赤ワイン。料理用として安価なものでも構いませんが、ブルゴーニュやボルドーの赤ワインを使えば、より深みのある味わいになります。ブランデーも加えることで、香りに複雑さが増します。

タマネギは、ソースのベースとなる重要な野菜です。じっくりと炒めることで甘みが引き出され、ワインの酸味とのバランスを取ります。ニンジン、セロリなどの香味野菜も加えることで、ソースに奥行きが生まれます。

香辛料の使い方も、マトロートの個性を決める重要な要素です。ローリエ、タイム、パセリといったハーブ類に加え、黒胡椒、クローブ、ナツメグなどのスパイスが使われます。これらが魚の臭みを消し、料理全体に芳醇な香りをもたらすのです。

仕上げには、小麦粉とバターを練り合わせたブール・マニエを加えてソースにとろみをつけます。このひと手間が、ソースを魚に絡みやすくし、料理全体の一体感を生み出します。

船員の知恵が生んだ伝統の調理法

マトロートの調理法は、船員たちの実用的な知恵から生まれたものですが、現代のフランス料理においても基本は変わっていません。その手順を追ってみましょう。

まず、魚は適当な大きさにぶつ切りにします。うなぎの場合は、皮目に切れ込みを入れておくと、火の通りが均一になります。タマネギと香味野菜は薄切りにし、バターでじっくりと炒めます。この時、焦がさないように弱火でゆっくりと炒めるのがコツです。

次に、赤ワインとブランデーを鍋に注ぎ、強火で煮切ります。アルコール分を飛ばすことで、ワインの雑味が消え、純粋な旨味だけが残ります。ここに炒めた野菜と魚を加え、ローリエやタイムなどの香辛料を投入します。

煮込みは中火でゆっくりと。途中で魚が崩れないよう、鍋を揺すって煮汁を回しかけるのがポイントです。

最後に、ブール・マニエを加えてソースにとろみをつけ、塩胡椒で味を調えます。皿に盛り付けたら、刻んだパセリを散らして完成です。付け合わせには、茹でたジャガイモやクルトン(揚げパン)が添えられることが多く、濃厚なソースを吸わせながら食べるのが通の楽しみ方です。

伝統的な調理法を尊重しつつも、現代の食のシーンに合わせた進化も見られる点は興味深いですね。例えば、よりヘルシーに仕上げるためにバターの量を減らしたり、野菜の種類を増やしたりするアレンジも見られます。

まとめ

マトロートは、フランスの船員たちが生み出した素朴な魚料理が、時を経て洗練された郷土料理へと進化した一皿です。「水夫」を意味する語源が示すとおり、限られた食材を最大限に活かす知恵から生まれたこの料理は、赤ワインで魚を煮込むという大胆な調理法が最大の特徴です。

うなぎや穴子、川魚などのクセのある魚を、赤ワインと香辛料で香り高く仕上げる——この組み合わせは、一見すると意外に思えるかもしれません。しかし実際に味わってみると、ワインの深いコクと魚の旨味が見事に調和し、複雑で豊かな味わいを生み出していることに気づくはずです。

フランス各地で異なる個性を持って発展してきたマトロートは、地域の食文化を映す鏡でもあります。大西洋沿岸の海の幸を使ったもの、ロワール川流域の川魚を使ったもの、アルザス地方の白ワイン版——それぞれが、その土地の風土と人々の暮らしを物語っています。

日本ではまだ馴染みの薄い料理かもしれませんが、フランス料理の奥深さを知る上で、マトロートは欠かせない存在です。機会があれば、ぜひ本格的なマトロートを味わってみてください。赤ワインと魚の意外な相性に、きっと新たな発見があるはずです。

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