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はじめに
こんにちは。シェフレピの池田です。今回は、「カルボナード」についてお話ししていきたいと思います。カルボナード、またはカルボナード・フラマンドと呼ばれるこの料理は、ベルギーを中心としたフランドル地方で愛され続けている、牛肉をビールで煮込んだ伝統的な郷土料理です。ビーフシチューと似ているようで全く異なる、独特の深みと香りを持つこの料理は、ビール大国ベルギーならではの食文化を象徴する一品と言えるでしょう。
初めてカルボナードを口にした時、その濃厚でありながら後味さっぱりとした味わいに驚きました。ビールの苦味と牛肉の旨味が見事に調和し、まるでビールを飲みながら肉を食べているような、不思議な一体感を感じたものです。
ビール大国が生んだ究極の煮込み料理
カルボナードは、フランドル地方(現在のオランダ南部、ベルギー全域、フランス北部)で生まれた郷土料理です。フランス語で「Carbonnades」、フラマン語では「Carbonade flamande」と呼ばれ、直訳すると「フランドル風の炭焼き」という意味になります。
しかし実際には炭で焼く料理ではありません。この名前の由来には諸説ありますが、煮込んだ肉の表面が炭のように黒っぽくなることから、あるいは昔は炭火でじっくりと煮込んでいたことから、この名前がついたと考えられています。
この料理の最大の特徴は、なんといってもビールを使って煮込むこと。ワインではなく、ビールです。ベルギーといえば、世界でも有数のビール大国。その土地ならではの食材を活かした、まさに地産地消の極みとも言える料理なのです。
中世から受け継がれる食文化の結晶
カルボナードの歴史は古く、中世のフランドル地方にまで遡ると言われています。当時、この地域は毛織物産業で栄えており、多くの労働者が働いていました。彼らにとって、安価で手に入りやすい牛肉の硬い部位を、地元で豊富に生産されていたビールで柔らかく煮込む料理は、まさに理想的な食事だったのです。
興味深いことに、この料理が広まった背景には、宗教的な要因もあったようです。カトリック教会では金曜日に肉食を控える習慣がありましたが、その反動で土曜日や日曜日には肉料理を楽しむ文化が根付いていました。カルボナードは、そんな特別な日のご馳走として、家庭で作られることが多かったのです。
時代が下るにつれて、この料理は単なる労働者の食事から、ベルギーを代表する郷土料理へと進化していきました。19世紀になると、レストランのメニューにも登場するようになり、現在では世界中のベルギー料理店で提供される定番メニューとなっています。
ビールが生み出す独特の風味と深み
カルボナードの魅力は、何と言ってもビールによって生み出される独特の風味にあります。一般的なビーフシチューがワインや水で煮込むのに対し、カルボナードは濃厚なベルギービール、特にブラウンエールなどの褐色系ビールを使用します。
ビールに含まれるホップの苦味と麦芽の甘みが、長時間の煮込みによって複雑な味わいを生み出します。最初は”ビールで肉を煮る”と聞くと違和感を覚えるかもしれませんが、実際に食べてみると、その絶妙なバランスに驚かされることでしょう。
また、この料理の特徴として、仕上げにマスタードを加えることが挙げられます。ディジョンマスタードや粒マスタードを使うことで、ビールの苦味と相まって、さらに奥深い味わいが生まれるのです。
シンプルながら奥深い材料の組み合わせ
カルボナードの基本的な材料は、実にシンプルです。主役となる牛肉は、肩肉やすね肉など、じっくり煮込むことで柔らかくなる部位を使います。これらの部位は筋が多く、短時間の調理では硬いままですが、ビールでゆっくりと煮込むことで、とろけるような食感に変化します。
ビールは、できればベルギー産のブラウンエールなどがおすすめですが、日本で手に入りやすい黒ビールでも代用可能です。ただし、ピルスナーのような軽いビールでは、独特の深みが出にくいので注意が必要です。
野菜は玉ねぎが必須で、たっぷりと使います。玉ねぎの甘みが、ビールの苦味を和らげ、全体のバランスを整える重要な役割を果たします。その他、ニンジンやセロリを加えることもありますが、あくまでも脇役。主役は牛肉とビール、そして玉ねぎなのです。
調味料としては、塩、こしょうの他に、ブーケガルニ(タイム、ローリエ、パセリの茎などを束ねたもの)、そしてマスタードが欠かせません。砂糖やはちみつを少量加えて、ビールの苦味を調整することもあります。
時間をかけて育む本格的な調理の極意
本格的なカルボナードを作るには、何よりも”時間”が必要です。急いで作ろうとすると、肉は硬いまま、味も深まりません。
まず、牛肉は一口大に切り、塩こしょうをして小麦粉をまぶします。これをバターやラードでしっかりと焼き色をつけるのが第一のポイント。表面をカリッと焼くことで、肉の旨味を閉じ込めるんです。
次に、たっぷりの玉ねぎをじっくりと飴色になるまで炒めます。この工程、実は30分以上かかることもあるんですが、ここで手を抜いてはいけません。玉ねぎの甘みが、料理全体の味を左右するからです。
肉と飴色玉ねぎを鍋に入れ、ビールを注ぎます。ビールは肉がひたひたになる程度。ブーケガルニを加え、蓋をして弱火でコトコトと2〜3時間煮込みます。途中、アクを取りながら、水分が減ったらビールを足していきます。
仕上げにマスタードや調味料を加えて味を調整。とろみが足りなければ、バターと小麦粉を練ったブールマニエでとろみをつけます。
完成したカルボナードは、一晩寝かせるとさらに美味しくなります。煮込み料理の醍醐味ですね。
まとめ
カルボナードは、単なる牛肉の煮込み料理ではありません。ビール大国ベルギーの食文化と歴史が詰まった、まさに郷土料理の傑作です。
ビールで肉を煮込むという、一見すると奇抜に思えるアイデアは、実は理にかなった調理法です。ビールの苦味と麦芽の甘み、玉ねぎの甘み、マスタードの酸味が絶妙に調和し、他では味わえない独特の美味しさを生み出しています。
フランドル地方の中世から続く伝統を受け継ぎながら、各地域、各家庭で独自の進化を遂げてきたカルボナード。その奥深さは、まさにヨーロッパの食文化の豊かさを物語っています。機会があれば、ぜひ本場ベルギーで味わってみてください。そして、自宅でも挑戦してみてはいかがでしょうか。時間はかかりますが、その分、完成した時の喜びもひとしおです。