この記事を読むのに必要な時間は約 6 分です。

Table of Contents
なぜタラを塩漬けにするのか
「40」という数字が、ある料理の運命を決めたとしたら。カトリック文化圏では、灰の水曜日から復活祭の前日までの40日間を四旬節と呼び、かつてこの期間中に鳥獣の肉を絶つ習慣がありました。バカラオは、そんな信仰の季節に人々の食卓を支えてきた存在なのです。
スペイン、ポルトガル、イタリア、フランス、そして中南米諸国。これらの地域に共通するカトリックの背景が、塩漬けタラの普及を後押ししたとされています。新鮮な魚を塩で保存する技術そのものは古くから存在しましたが、バカラオがこれほど広く親しまれるようになった背景には、単なる保存の利便性を超えた理由があるのでしょう。
肉を断つ期間にこそ、魚が光る。塩漬けというと「保存食」という響きが先に立ちますが、その実、信仰と深く結びついた文化的な意義を秘めているのです。
バカラオの正体:塩が生み出す白い宝石
バカラオとは、塩漬けにして長期保存できるように加工した鱈のこと。イタリアではバッカラ(baccalà)、スペインではバカラオ(bacalao)、ポルトガルではバカリャウ(bacalhau)と呼ばれ、それぞれの国で深く愛されてきた食材です。雪のように白い身から「鱈」という漢字が生まれたという日本とは異なり、南欧では塩がこの魚を宝石に変えました。
定義には微妙な違いがあります。多くの場合「塩干」とされる一方、イタリア語の定義では「塩漬け」と定義されているのです。この差は決して些細なものではありません。
実はバッカラには二つのタイプが存在します。一つは内臓を取り除いた後に3週間ほど塩漬けにしたもの。もう一つは塩漬け後に2〜7日ほど乾燥させたものです。後者の方が旨味が凝縮され、より深い味わいになるといいます。
ここで混同されがちなのが、バッカラとストッカフィッソの違い。バッカラが塩漬け鱈であるのに対し、ストッカフィッソは天日乾燥させた鱈を指します。同じ鱈でも、塩で保存するか、風で乾かすか。そのひとつの違いが、食感も味わいも大きく変えるのです。カトリック文化圏で四旬節の小斎の食材として重宝されてきた歴史を思うとき、この白い身には人々の祈りと知恵が凝縮されているのかもしれません。
海を渡ったタラ:バイキングから始まる旅
塩漬けにした鱈が海を渡り、やがてヨーロッパの食卓に定着していく。その長い旅路を辿ると、保存食としての知恵と文化の交流が見えてきます。
バカラオの起源は、はるか中世にまで遡ると言われています。北欧のバイキングたちが、長い航海のために考案した塩漬け鱈の保存技術が、やがてヨーロッパ全土へと広がっていったのです。内臓を取り除いた後に3週間ほど塩漬けにする手法は、当時としては画期的な保存方法でした。
この保存技術が地中海沿岸へ伝わると、各地で独自の発展を遂げます。塩漬け後に2〜7日ほど乾燥させる方法が生まれ、こちらはより旨味が凝縮されたものとなりました。イタリアではバッカラ、スペインではバカラオ、ポルトガルではバカリャウと呼ばれ、それぞれの土地で愛され続けているのです。
スペインとポルトガル:国民食としての誇り
イベリア半島を訪れると、塩鱈が単なる食材を超えて暮らしに深く根ざしている光景に出会います。
スペイン北部のバスク地方には、バカラオ・アル・ピルピルという伝統料理があります。ニンニクと唐辛子をオリーブオイルで煮込み、そこに塩鱈を加えるシンプルな調理法です。この料理の真髄は、ピルピルソースと呼ばれる乳化ソースにあります。鱈から滲み出るタンパク質とコラーゲンが、オリーブオイルと熱の作用で徐々に結びつき、黄金色のクリーミーなソースへと変化していく。一口運べば、舌の上でとろりと広がる濃密な食感と、ニンニクの香りが鼻腔をくすぐる。噛むほどに鱈の旨味がソースと溶け合い、シンプルな材料からこれほど奥行きのある味わいが生まれることに、思わず目を閉じてしまいます。
ポルトガルでは、バカリャウは「365種類の料理がある」と言われるほど日常に浸透しているそうです。バカリャウ・ア・ブラス(卵とポテトの炒め物)やパスティス・デ・バカリャウ(鱈のコロッケ)など、四旬節に限らず日常的に食卓に並ぶ料理も多い。カトリックの文化圏で、肉を絶つ期間に鱈が重用されてきた歴史が、今も食卓に息づいているのです。
イタリアのバッカラ:ヴェネツィアが愛した味
アドリア海の波が運んだのは、魚そのものではありませんでした。塩に包まれ、時間を経た鱈の姿です。
イタリアで「バッカラ(baccalà)」と呼ばれる塩漬け鱈は、内臓を取り除いた後に3週間ほど塩漬けにした保存食として親しまれています。さらに塩漬け後に2〜7日ほど乾燥させたものは、より旨味が凝縮された味わいへと変化する。この二つのタイプが、イタリアの食卓に深く根ざしているのですね。
地中海貿易の歴史を紐解くと、鱈の一大漁場である北大西洋で獲れた魚が、ノルウェーでの加工を経てイタリアへと運ばれてきた道のりが見えてきます。海に面していながら、鱈を遠く北の海に求めた人々の知恵。長期保存がきくこの食材は、かつて貴重なタンパク源として重宝されたことでしょう。
バッカラはイタリア料理において非常に一般的な食材として位置づけられています。ヴェネツィアの運河沿いで、今も変わらず愛され続ける味がある。塩と時間が生み出した、海を渡る鱈の物語なのです。
大西洋を越えて:中南米への旅路
塩蔵された魚が大西洋を渡り、新たな土地で根を下ろす。その旅路を辿ると、食文化の移動が見えてきます。
バカラオはスペイン・ポルトガル・イタリア・フランスそして中南米諸国と深く関わっています。かつて大航海時代に植民地支配を進めたこれらの国々から、塩鱈は海を越えて運ばれました。現地で手に入らない食材を、保存性の高い塩蔵品として持ち込んだのですね。
カトリック文化圏では、謝肉祭の最終日である「マルディグラ(太った火曜日)」の翌日、灰の水曜日から復活祭の前日までの40日間を四旬節と呼びます。この期間中、かつては小斎として鳥獣の肉を絶つことが求められました。魚肉であれば許される。その教義が、バカラオの受容を後押ししたのでしょう。
植民地時代の食卓には、宗主国の習慣と現地の食材が交錯していました。塩鱈という保存食が、遠く離れた土地で日常の味へと変わっていく。歴史の重みを感じさせる変遷です。
塩抜きという名の儀式:調理への前奏曲
バカラオを調理する前に避けて通れないのが、塩抜きという時間を要する工程です。内臓を取り除いたタラを3週間ものあいだ塩漬けにして作られるこの食材は、同じくらいの時間をかけて塩を抜くことで、ようやく料理への準備を整えます。
大きなボウルに冷水を張り、塩蔵された身を沈める。最初は硬く、角ばっていた切り身が、時間とともに水を吸い込んでふくらんでいく。半日、あるいは一日。水を替えながら待つうちに、濁っていた身が次第に純白に輝きを取り戻していく様子は、まるで何かが生まれ変わるかのような静謐な光景です。
塩漬けにした後に乾燥させたものは、より旨味が凝縮されているとされます。その分、塩抜きにも慎重な注意が必要になるでしょう。清潔な水で丁寧に、根気強く。この工程を急ぐと、料理全体が塩辛さに支配されてしまいます。
3週間かけて塩を染み込ませ、そしてまた時間をかけて塩を抜く。この往復の時間こそが、バカラオという食材の深みを形作っているのかもしれません。
塩の結晶に閉じ込められた歴史
振り返ってみれば、バカラオという食材が運んできたものは、単なる保存技術の成果ではありませんでした。灰の水曜日から復活祭までの40日間、かつてカトリック文化圏で鳥獣の肉を絶つ習慣があったからこそ、この塩漬けの鱈が食卓に不可欠な存在となったのです。
宗教的な背景、大西洋を渡る交易の軌跡、そしてそれぞれの土地で育まれた調理法。これらすべてが、白く乾いた魚の身に凝縮されています。スペインではバカラオ、ポルトガルではバカリャウ、イタリアではバッカラと呼ばれながら、各地で独自の食文化として根付いていった。
塩漬けにして3週間、あるいはさらに乾燥を重ねて旨味を凝縮させる。その工程のひとつひとつに、人々の知恵が息づいています。長い時間をかけて熟成された味わい。それがこの食材の本質なのだと、改めて感じ入ったものです。
海を越え、時代を超え。塩の結晶に閉じ込められた歴史は、今もなお私たちの食卓で語り続けられているのです。






















