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いちじくの魅力を再発見:古代から愛される果実の歴史と食文化

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はじめに

みなさんこんにちは、シェフレピの山本です。今回は、「いちじく」についてお話ししていきたいと思います。いちじくと聞いて、どんなイメージを思い浮かべるでしょうか。秋の味覚として店頭に並ぶ紫色の果実、あるいは「無花果」という不思議な漢字表記。実はこの果実、人類が最も古くから栽培してきた植物の一つであり、聖書にも登場するほど深い歴史を持っています。

本記事では、いちじくの起源から日本への伝来、そして独特の生態や食文化における位置づけまで、この魅力的な果実を多角的に掘り下げていきます。

「無花果」という名に隠された秘密

いちじくは漢字で「無花果」と書きます。この表記は中国で名付けられた漢語で、「花を咲かせずに実をつけるように見える」ことに由来しています。しかし、これは外見上の話。実際には、果実の中に小さな花が無数に咲いているのです。

果実を切ると見える赤いつぶつぶ、あれこそが花なのです。

この独特の花のつき方は「隠頭花序(いんとうかじょ)」または「いちじく状花序」と呼ばれ、厚い肉質の壁に囲まれた花嚢(かのう)の内側に無数の花をつけます。私たちが食べている甘い部分は、果肉ではなく小果と花托なのです。

日本語名「いちじく」の由来については、中国での別名「映日果」(インリークオ)が関係しています。これは13世紀頃にイランやインド地方から中国に伝わった際、中世ペルシア語「アンジール」を中国語で音写した「映日」に「果」を補足したもの。17世紀初めに日本に渡来したとき、映日果を唐音読みで「エイジツカ」とし、それが転訛して「イチジク」になったとされています。

人類最古の栽培果実?その壮大な歴史

いちじくの原産地は西アジア、特にアラビア半島南部や南西アジアと考えられています。驚くべきことに、ヨルダン渓谷に位置する新石器時代の遺跡から、1万年以上前の炭化したいちじくの実が出土しており、世界最古の栽培品種化された植物であった可能性が示唆されているのです。

中近東では4000年以上前から栽培されていたことが知られており、古代エジプトでは紀元前2700年という早い時代に栽培果樹として扱われていました。ピラミッドの壁画にもその姿が描かれています。古代ギリシャやローマでも紀元前から栽培され、特に古代ローマでは最もありふれた果物のひとつであり、甘味源としても重要な役割を果たしていました。

聖書にも頻繁に登場します。『旧約聖書』の創世記では、エデンの園で禁断の果実を食べたアダムとイヴが、自分たちが裸であることに気づいて、いちじくの葉で作った腰みのを身につけたと記されています。また、列王記では干しいちじくが病気の治療に用いられたエピソードも。

いちじくは単なる食物ではなく、生命力や知識、自然の再生、豊かさなどの象徴とされてきました。バラモン教ではヴィシュヌ神、古代ギリシャではディオニュソスへの供物であり、ローマ建国神話のロムルスとレムスはいちじくの木陰で生まれたとされています。

日本への伝来と普及の物語

日本へのいちじくの伝来については、江戸時代の寛永年間(1624-1644)に中国を経て渡来したという説と、ペルシャから中国を経て長崎に伝来した説があります。

興味深い史料が残っています。イエズス会のポルトガル人宣教師ディオゴ・デ・メスキータ神父が1599年10月28日付けで記した書簡によると、ポルトガル航路で日本に白いちじくの品種ブリゲソテスの株が運ばれ、日本には現在それが豊富にあるとの記述があります。キリシタン史研究家の海老沢有道は、天正遣欧少年使節に随行してポルトガルから長崎港に着いた時、すなわち「イチジクの伝来は1590年として誤りないものと考える」としています。

伝来当時の日本では、「唐柿(からがき、とうがき)」「蓬莱柿(ほうらいし)」「南蛮柿(なんばんがき)」「唐枇杷(とうびわ)」などと呼ばれました。いずれも”異国の果物”といった含みを表現したものですね。

当初は薬樹としてもたらされましたが、やがて果実を生食して甘味を楽しむようになり、挿し木で容易に増やせることも手伝って、手間のかからない果樹として家庭の庭などにも広く植えられるようになりました。

独特の生態と栽培の特徴

いちじくはクワ科イチジク属の落葉高木で、日本では成長しても樹高3〜5メートルほどですが、条件が良ければ高さ20メートル、幹径1メートル以上にもなります。根を深く下ろして水を探す能力が優れており、砂漠地の果樹園でも栽培されているほどです。

葉は大型の3裂または5裂する掌状で互生し、独特の匂いを発します。日本では、浅く3裂するものは江戸時代に移入された品種で、深く5裂して裂片の先端が丸みを帯びるものは明治以降に渡来したものです。葉や茎を切ると白い乳汁が出るのも特徴的ですね。

栽培イチジクの多くは、受粉を必要としない単為結果性の品種です。原産地近辺では、イチジクコバチという体長数ミリメートルの蜂が花嚢内部に共生して受粉を助けていますが、日本にはイチジクコバチがいないため、受粉なしで果実が肥大する品種が普及しました。代表的なものが蓬莱柿(中国原産)や桝井ドーフィン(アメリカ原産)です。

果期は8〜10月。ほとんどの種類の果嚢は秋に熟すと濃い紫色になり、下位の部分から収穫できます。いちじくは風味と食味を出すために樹上で完熟させる必要があり、熟果は痛みやすく日持ちが悪いという特有の性質があります。このため、かつては消費地に近い都市近郊でしか経済栽培されていませんでしたが、現在は予冷など鮮度保持技術の開発により、中山間地や遠隔地から大市場への出荷も可能になっています。

食文化における多彩な活用法

いちじくは生食はもちろん、さまざまな形で食文化に取り入れられてきました。

生のいちじくは、そのまま食べるのが最もシンプルで美味しい食べ方です。皮ごと食べることもできますし、皮をむいて果肉だけを味わうこともできます。あのプチプチとした食感と、上品な甘みは格別ですね。

日本では、あんこと組み合わせた和風のアレンジも人気です。いちじくの甘みとあんこの風味が意外なほどマッチします。また、クルミと合わせてトーストにのせたり、オープンサンドにしたりと、洋風の活用法も広がっています。

乾燥いちじくは、中東や地中海沿岸地方では古くから重要な保存食でした。生のいちじくよりも甘みが凝縮され、独特の食感が楽しめます。そのまま食べるほか、料理の材料としても使われます。

ジャムやコンポートにすると長期保存が可能になり、パンに塗ったり、ヨーグルトに添えたりと、日常的に楽しめます。いちじくの風味を一年中味わえるのは嬉しいですね。

まとめ

いちじくは、1万年以上前から人類と共にあった果実です。「無花果」という名前の由来から、聖書に登場する文化的背景、日本への伝来の歴史、そして独特の生態まで、この果実には語るべき物語が数多く詰まっています。

外から見えない花を内側に秘め、イチジクコバチという小さな蜂と共生関係を築き、古代から現代まで人々に愛され続けてきたいちじく。その魅力は、単なる美味しさだけではなく、長い歴史と文化、そして自然の神秘にあるのではないでしょうか。

秋になると店頭に並ぶいちじくを見かけたら、ぜひその背景にある壮大な物語に思いを馳せながら味わってみてください。きっと、いつもとは違った深い味わいを感じられるはずです。

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