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キヌアとは?アンデスが育んだ「母なる穀物」の魅力

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はじめに

みなさんこんにちは、シェフレピの池田です。突然ですが、「キヌア」という食材をご存知でしょうか?近年、健康志向の高まりとともに注目を集めているこの食材は、南米アンデス山脈を原産地とするヒユ科の植物です。「母なる穀物」とも呼ばれ、3,000年以上前から現地の人々の食生活を支えてきました。

プチプチとした独特の食感と、米や小麦を上回る栄養価の高さから、世界中で人気を集めています。この記事では、キヌアの起源や歴史、特徴、そして調理法まで、詳しく解説していきます。

標高4000メートルが育む、特別な雑穀

キヌアは、ヒユ科に分類される一年草です。草丈は1〜2メートルと高く、主幹は半木質で分枝は少ない構造です。葉は波状から歯状まで多様な形態を持ち、幅が広く先端は狭くなって鋭い歯状になっています。晩夏になると、茎の上部に伸び出した草質の円錐花序をつけ、花被片は5枚です。

穂は品種により赤、黄、紫、白など様々な色を呈し、直径約2mmの種子を一つの房に250〜500個程度つけます。脱穀した種子は白く扁平な円形をしており、これが食用部分となります。冷涼少雨な気候でもよく育つ特性を持ち、海抜ゼロメートル地帯から標高4000メートルの半乾燥地帯まで生育可能です。

現在のキヌアの栽培種には、栽培地に応じて「高原型」「塩地型」「谷型」「海岸型」の4つの品種群があります。高原型はアンデス山脈の標高3000メートル以上のアルティプラノで栽培され、塩地型はボリビア南西部のウユニ塩原周辺で栽培される種です。谷型はクスコより北の谷間で、海岸型はチリの中部海岸地帯で栽培されています。

興味深いのは、キヌアが数千年の栽培の歴史を持ちながらも、植物毒であるサポニンを種子の表面に含み、種子の脱落性があるなど、野生種の特徴を保持している点です。これは、キヌアが栽培される土地では植生が乏しく、鳥獣による食害を防ぐために必要だったのではないかと推察されています。

インカ帝国が崇めた「穀物の母」

キヌアの起源は、コロンビアからボリビアにかけてのアンデス山脈一帯と考えられています。5千〜7千年前頃から野生種の利用が始まり、3千〜4千年前頃には栽培が始まっていたとされます。栽培地域では栽培されていない野生のキヌアが自生しており、これが原種あるいは栽培種の子孫と考えられています。

インカ文明において、キヌアはトウモロコシと同様に貴重な作物でした。「チソヤ・ママ」(「穀物の母」)と称され神聖な作物と見なされ、季節の初めにはインカ皇帝が金の鋤で種まきの儀式を行なっていたと伝えられています。

しかし、スペインのインカ帝国征服後、歴史は大きく変わります。スペイン人はインカ文明を払拭して現地人を同化させるために、キヌアの栽培を禁止しました。トウモロコシ、ジャガイモ、インゲンマメなどの他のラテンアメリカ原産作物がスペイン人の交易により世界に広まり、全世界の主要作物となったのに対し、キヌアはそれほど急速に広まることはありませんでした。

それでも、アンデス高地の人々はキヌアの栽培を細々と続けてきました。特にウユニ塩原北方の標高約4000メートルのチパヤでは、降水量が少なく土壌の塩分濃度が高いため他の作物が育たず、キヌアが唯一の作物となっています。こうした厳しい環境下でも育つキヌアの強靭さが、現代まで受け継がれてきた理由なのでしょう。

1990年代には、アメリカ航空宇宙局(NASA)が理想的な宇宙食の素材の一つとして評価し、「21世紀の主要食」と述べたことで、再び世界的な注目を集めるようになりました。2013年には国際連合が「国際キヌア年」と定め、ボリビアのエボ・モラレス大統領らが国際連合総会で記念演説を行いました。

栄養価と独特の食感が魅力

キヌアの最大の特徴は、その高い栄養価にあります。タンパク質の含有率が米や小麦の1.5〜2倍近くあり、その構成は牛乳と似ています。アミノ酸はリシン、メチオニン、イソロイシンなどの必須アミノ酸を多く含み、その量は白米に匹敵するかそれよりも多いとされています。

また、マグネシウム、リン、鉄分などの無機質(ミネラル)やビタミンB類を多く含み、特に葉酸は緑黄色野菜に匹敵する量を含んでいます。脂質のほとんどがリノレン酸、オレイン酸といった不飽和脂肪酸で構成されており、特にリノレン酸はコレステロールの生成を抑制するなど、健康増進に役立つとされています。

さらに、グルテンを含まないため、小麦アレルギーのような対グリアジンアレルギーを持つ人でも摂取できる点も大きな魅力です。粘性の高いデンプンを含むため、小麦粉にキヌア粉を混ぜて使うとコシの強い生地を作ることができます。

ただし、注意すべき点もあります。キヌアの種子はサポニンで覆われており、そのままでは苦くて食用には適しません。サポニンは水溶性なので、水に晒してサポニンを抜く必要があります。サポニンがあると泡立つので、泡立たなくなるまで何度も水を換えて洗うことでサポニンを除去します。アメリカ合衆国などで販売されているキヌアは、サポニンを除去する処理がされているものが多いようです。

煮たキヌアは軽いプチプチとした食感があり、わずかにくせがあります。他の食材の味をあまり変えないので、様々な味のスープに合わせることができます。この独特の食感こそが、キヌアの大きな魅力と言えるでしょう。

ペルー、ボリビア、そして世界へ

21世紀初頭、キヌアの大半はアメリカ合衆国へ輸出されていましたが、国際キヌア年のキャンペーンなどからヨーロッパ、中国、日本での需要も増大しています。現在では南米を含め100カ国以上で栽培されており、痩せた土地でも栽培ができるため、モンゴルなどの気候条件が厳しく主に遊牧のみが行われてきた地域などでも栽培が試みられています。

ただし、近年のブームによりボリビアでは栽培面積の拡大や作付けをしない期間の短縮によって、土壌劣化の進行による栽培の持続性が懸念されています。環境への配慮も、今後のキヌア生産において重要な課題となっていくでしょう。

基本の調理から応用まで

キヌアの調理法は、実に多彩です。ボリビアやペルーの高原では、キヌアスープが定番料理の一つとなっています。様々な味のスープに合わせることができ、果物と煮て甘い飲み物にすることもあります。ペルー料理では、キノット(quinotto、キヌアのリゾット)も人気です。

小麦粉とあわせてクッキーやパウンドケーキやパンの生地にして焼いて食べることもあります。発酵させることにより、ビールに似た飲料やチチャのようなアルコール飲料を作ることも可能です。

日本では、白米に混ぜて炊いて食べるのがブームになったことがありました。キヌアを混ぜて炊いた米は若干粘り気が強く、またいわゆる「薬臭い」香りがすることがあります。この独特の臭気をごまかすため、炊き込み御飯にするなどの工夫が行われることもありました。

基本的な調理法としては、まずサポニンを除去するために、泡立たなくなるまで何度も水を換えて洗います。その後、キヌア1に対して水2の割合で鍋に入れ、沸騰したら弱火にして15〜20分ほど煮ます。水分がなくなり、種子が透明になって白い輪(胚芽)が見えてきたら完成です。

キヌアの淡白な味わいは、和風の調味料とも相性が良く、日本の食卓にも取り入れやすい食材と言えるでしょう。

興味深いことに、キヌアを用いて味噌や醤油を製造しているメーカー(佐賀県の丸秀醤油など)もあります。グルテンフリーの調味料として、新たな可能性を広げているのですね。

まとめ

キヌアは、南米アンデス山脈を原産地とし、3,000年以上の歴史を持つ「母なる穀物」です。インカ文明では神聖な作物として崇められ、厳しい環境下でも育つ強靭さで、現代まで受け継がれてきました。

米や小麦を上回る栄養価の高さ、プチプチとした独特の食感、グルテンフリーという特性が、世界中で注目を集める理由です。ペルーとボリビアを中心に生産され、現在では100カ国以上で栽培されています。

調理法も多彩で、スープ、リゾット、サラダ、パンやお菓子の材料として、さまざまな料理に活用できます。日本では白米に混ぜて炊く食べ方が一般的ですが、和風の調味料とも相性が良く、日本の食卓にも取り入れやすい食材です。

標高4000メートルの厳しい環境で育まれたキヌアは、現代の食卓に新たな可能性をもたらしてくれる、まさに「21世紀の主要食」と呼ぶにふさわしい存在ではないでしょうか。

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