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はじめに
こんにちは。シェフレピの池田です。今回は、「マリトッツォ」についてお話ししていきたいと思います。マリトッツォは、ふわふわのブリオッシュ生地から溢れんばかりの生クリームが顔を覗かせる、なんとも愛らしいイタリアの伝統菓子。2021年に日本で一大ブームを巻き起こしたこのドルチェは、実は古代ローマ時代から続く長い歴史を持つ、ロマンティックな物語に彩られたスイーツなのです。
愛を込めて贈られた、ローマ生まれの伝統菓子
マリトッツォは、イタリア・ローマ発祥の伝統的な菓子です。イタリア語で「Maritozzo」(複数形はMarittozzi)と表記され、パンにはみ出るほど大量のクリームを挟んだデザートとして知られています。
その起源は古代ローマ時代にまで遡ると言われており、当時は現在のものよりも大きく、小麦粉・卵・蜂蜜・バター・塩を混ぜ合わせたパンの一種でした。時代と共に形を変え、現代では軽やかなブリオッシュ生地に、オレンジピールで香りづけした生クリームをたっぷりと挟む形が主流となっています。
名前の由来がまた素敵なんです。「Maritozzo」という名前は、イタリア語で「夫」を意味する「Marito(マリート)」の俗称から来ているんですね。かつて男性が婚約者にこの菓子を贈る習慣があり、プレゼントされた女性たちは、贈った人を愛情を込めて「マリトッツォ」と呼んでいたそうです。なんともロマンティックな由来ですね。
古代から現代へ——愛のメッセージを運ぶドルチェの変遷
マリトッツォの歴史は、まさにイタリアの食文化の変遷そのものと言えるでしょう。古代ローマ時代、この菓子は単なるスイーツではなく、愛の告白の道具でもありました。
当時のマリトッツォは、現在よりもずっと大きく、どっしりとしたパンでした。そして驚くべきことに、菓子の中には指輪や小さな宝石が隠されていることもあったというのです。まるで現代のサプライズプロポーズのような演出が、すでに古代ローマで行われていたとは、歴史のロマンを感じずにはいられません。
時代が下るにつれ、マリトッツォは徐々に洗練されていきます。中世には四旬節(復活祭前の40日間)の断食期間中に食べることが許された数少ない甘いものの一つとなり、庶民の楽しみとして定着していきました。そして現代では、ドライフルーツ入りの素朴なパンから、ふわふわのブリオッシュ生地に生クリームをたっぷり挟んだ、より軽やかで贅沢なドルチェへと進化を遂げたのです。
クリームがはみ出す!その大胆さこそが魅力
マリトッツォの最大の特徴は、なんといってもパンからはみ出るほどたっぷりと挟まれた生クリームでしょう。この”はみ出し具合”こそが、マリトッツォのアイデンティティなのです。
ブリオッシュ生地は、バターと卵をふんだんに使った軽い食感が特徴。フランスのブリオッシュに似ていますが、イタリアらしくオレンジピールが練り込まれることも多く、柑橘系の爽やかな香りがアクセントになっています。そして生クリームは、甘さ控えめでありながらコクがあり、パンとの相性が抜群です。
見た目のインパクトも相当なものです。横から見ると、まるで白い雲がパンに挟まれているよう。SNS映えする見た目も、日本でブームになった理由の一つかもしれませんね。でも、その愛らしい見た目の裏には、職人の技術が隠されています。クリームの固さ、パンの切り込みの深さ、挟む量のバランス——すべてが計算されているからこそ、あの美しいフォルムが生まれるのです。
イタリア各地で花開く、個性豊かなマリトッツォたち
イタリアでは地域によって、実に様々なマリトッツォが存在します。それぞれの土地の食文化を反映した、個性豊かなバリエーションをご紹介しましょう。
まず本家本元の「マリトッツォ・ロマーノ(ローマ風マリトッツォ)」は、丸いパニーノのような形状が特徴です。これが最もスタンダードな形と言えるでしょう。
一方、マルケ地方の「マリトッツォ・マルキジャーノ」は、両端が尖った細長いパニーノのような形をしています。同じマリトッツォでも、形が変わるだけで印象がガラリと変わるから不思議ですね。
南イタリアのプーリア州とシチリア州では、「マリトッツォ・プリエーゼ・エ・シチリアーノ」という独特なスタイルが見られます。三つ編みに編み込まれたパンの表面に砂糖をまぶしたもので、牛乳とバターが加えられ、ラツィオ州のものよりも柔らかく、ブリオッシュに似た味わいです。松の実やレーズンは入っていないシンプルな構成ですが、その分パン生地の美味しさが際立ちます。
さらに現代では「マリトッツォ・サラート(塩味のマリトッツォ)」なんていうものも登場しています。砂糖の割合を減らし、塩味の具材と組み合わせた、まさに進化系マリトッツォ。伝統を守りながらも、新しい挑戦を続けるイタリア人の柔軟性を感じますね。
シンプルだからこそ奥深い、マリトッツォの素材たち
マリトッツォの材料は実にシンプル。基本となるのは、ブリオッシュ生地のパン、生クリーム、そしてオレンジピールの3つだけです。
ブリオッシュ生地は、強力粉、卵、バター、砂糖、塩、イーストで作られます。バターと卵の配合が多いため、リッチでふわふわの食感に仕上がります。焼き上がりの香ばしさと、ほんのりとした甘さが特徴的ですね。
生クリームは、乳脂肪分35〜40%程度のものを使用し、砂糖を加えて八分立てくらいに泡立てます。あまり固く泡立てすぎると、パンに挟んだ時の”とろっ”とした食感が失われてしまうんです。このバランスが難しいところ。
そしてオレンジピール。これがイタリアらしさを演出する重要な要素です。細かく刻んだオレンジピールを生地に練り込んだり、クリームに混ぜたりすることで、爽やかな香りと、ほのかな苦味がアクセントになります。
最近では、ピスタチオクリームやチョコレートクリーム、季節のフルーツを使ったアレンジも人気です。でも個人的には、やはりシンプルな生クリームのマリトッツォが一番だと思うんです。素材の良さがダイレクトに伝わってきますから。
受け継がれる伝統の製法と、現代のアレンジ
伝統的なマリトッツォの作り方は、意外とシンプルです。まず、ブリオッシュ生地を一晩かけてゆっくりと発酵させます。この長時間発酵が、あの独特のふわふわ感と風味を生み出すんですね。
成形したパンを焼き上げたら、完全に冷ましてから横に切り込みを入れます。この切り込みの深さが重要で、深すぎるとパンが割れてしまい、浅すぎるとクリームが十分に入りません。職人さんは経験と勘で、絶妙な深さを見極めているのでしょう。
生クリームは、注文を受けてから泡立てるのが理想的。作り置きすると、どうしても水分が分離してしまいますからね。泡立てたクリームを、パレットナイフを使って丁寧に挟んでいきます。この時、クリームをたっぷりと、でも美しく盛り付けるのがポイント。”はみ出させる”のと”こぼれ落ちる”の境界線を見極める——これぞ職人技です。
日本では2021年頃から大ブームとなり、コンビニでも手軽に買えるようになりました。福岡の「アマムダコタン」が火付け役となったと言われていますが、実は2014年から大阪の「トルクーヘン」で販売されていたんです。ブームは一過性のものでしたが、今でも根強いファンに愛され続けています。
まとめ
マリトッツォは、古代ローマから続く愛の物語を秘めた、ロマンティックなドルチェです。「夫」を意味する名前の由来、婚約者への贈り物としての歴史、そして現代に至るまでの進化の過程——すべてが、このシンプルなお菓子に深い意味を与えています。
ブリオッシュ生地のふわふわ感、たっぷりの生クリーム、オレンジピールの爽やかな香り。これらが織りなすハーモニーは、一度味わったら忘れられない美味しさです。イタリア各地で独自の進化を遂げ、日本でも愛されるようになったマリトッツォ。
次にマリトッツォを見かけたら、ぜひその背景にある物語を思い出してみてください。きっと、ただのクリームパンではない、特別な一品として味わえるはずです。愛を込めて贈られた古代ローマの恋人たちに思いを馳せながら、現代に受け継がれたこの素敵なドルチェを楽しんでみてはいかがでしょうか。