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はじめに
こんにちは。シェフレピの池田です。今回は、「グラタン・ドフィノワ」についてお話ししていきたいと思います。グラタン・ドフィノワ(gratin dauphinois)は、フランス南東部のドーフィネ地方が誇る郷土料理です。スライスしたじゃがいもを牛乳やクリームで焼き上げるシンプルな料理ながら、その奥深い味わいは多くの料理人を魅了してきました。
この料理は、多くのグラタン料理の起源であるという説が有力であり、フランス料理の歴史を語る上で欠かせない存在です。本記事では、グラタン・ドフィノワの歴史的背景から、その特徴、本場の調理法まで詳しく解説していきます。
初めてこの料理を口にしたとき、じゃがいもの素朴な味わいとクリームのコクが絶妙に調和し、表面の香ばしい焦げ目が食欲をそそる、その完成度の高さに驚きを隠せませんでした。シンプルな材料だけで、ここまで深い味わいを生み出せるのかと感動したものです。
ドーフィネ地方が生んだ素朴な傑作
グラタン・ドフィノワは、フランス南東部のドーフィネ地方で生まれた郷土料理です。この地方は現在のイゼール県、オート=アルプ県、ドローム県にまたがる地域で、アルプス山脈の麓に位置しています。
料理名の「ドフィノワ」は、まさにこのドーフィネ地方に由来する言葉です。地域の名を冠したこの料理は、地元で採れるじゃがいもと乳製品を活かした、まさに土地の恵みを体現した一品と言えるでしょう。
この料理が持つ素朴さと洗練のバランスは、フランス地方料理の真髄を感じさせますね。
1780年代の晩餐会から始まった物語
グラタン・ドフィノワの最初の記録は、1780代年に遡ります。クレルモン=トネール公爵でドーフィネ中将のシャルル=アンリが、現在のオート=アルプ県の県庁所在地であるギャップにて役人のために開いた晩餐会で、この料理が供されました。
18世紀後半のフランスでは、じゃがいもはまだ比較的新しい食材でした。南米原産のじゃがいもがヨーロッパに伝わったのは16世紀ですが、食用として広く普及したのは18世紀に入ってからです。そんな時代背景の中で、この料理が貴族の晩餐会に登場したことは、じゃがいもが高級食材として認められつつあったことを示しています。
この歴史的な晩餐会から200年以上が経過した今でも、グラタン・ドフィノワは世界中で愛され続けているのです。
クリーミーな層が織りなす味わいの魔法
グラタン・ドフィノワの最大の特徴は、じゃがいもを生のまま使用する点にあります。通常のグラタンでは茹でたじゃがいもを使うことが多いのですが、この料理では皮を剥いたじゃがいもを薄くスライスして、生のまま調理します。
この調理法により、じゃがいものでんぷん質が牛乳やクリームと反応し、独特のとろみとクリーミーな食感が生まれます。オーブンでじっくりと焼き上げることで、じゃがいもの層と層の間にクリームが染み込み、一体化した味わいが完成するのです。
表面には美しい焦げ目がつき、香ばしさが加わります。最後に火を強めることで、この焦げ目をより際立たせるのが伝統的な手法です。フォークを入れると、じわっとクリームが溢れ出し、ほくほくとしたじゃがいもの食感と相まって、至福の一口となります。
また、ガーリックバターを塗った陶磁器やガラス製の浅い耐熱皿を使用することで、にんにくの風味が料理全体に広がり、食欲をそそる香りが加わります。この香りが食卓に広がる瞬間は、何度経験しても心躍るものがありますね。
チーズ論争と地域による解釈の違い
グラタン・ドフィノワには、興味深い論争が存在します。それは「チーズを入れるべきか否か」という問題です。
伝統を重んじる料理人の中には、「チーズを入れると単なるグラタンになってしまうため、チーズを入れてはいけない」と主張する意見があります。本来のグラタン・ドフィノワは、じゃがいも、牛乳、クリーム、にんにく、塩、胡椒というシンプルな材料のみで作られるべきだという考え方です。
しかし一方で、オーギュスト・エスコフィエをはじめとする多くの著名なシェフが、チーズを使ったレシピを紹介しています。特にグリュイエールチーズを加えたバージョンは、より濃厚でコクのある味わいとなり、多くの人々に愛されています。
この論争は、料理が時代と共に進化し、地域や料理人によって解釈が異なることを示す好例と言えるでしょう。伝統を守ることも大切ですが、新しい解釈を受け入れることで、料理はさらに豊かになっていくのではないでしょうか。
また、グラタン・ドフィノワと混同されやすい料理に「ポム・ドフィーヌ」がありますが、これはまったく別の料理です。ポム・ドフィーヌは、マッシュポテトにシュー生地を混ぜて揚げた料理で、調理法も食感も全く異なります。
じゃがいも、牛乳、クリーム――シンプルさの中の奥深さ
グラタン・ドフィノワの基本材料は、驚くほどシンプルです。主役はもちろんじゃがいも。メークインのようなしっとりとした品種が適していますが、男爵いもを使っても美味しく仕上がります。
牛乳とクリームは、料理のクリーミーさを決定づける重要な要素です。本場のレシピでは、牛乳のみを使うものもあれば、生クリームを加えてより濃厚に仕上げるものもあります。クリームの割合を増やすほど、リッチで贅沢な味わいになります。
にんにくは、耐熱皿に塗るバターに混ぜ込むか、スライスしてじゃがいもの層に挟み込む形で使用します。この控えめながら確かな存在感が、料理全体の味を引き締めます。
塩と胡椒は、各層に丁寧に振りかけることで、じゃがいも一枚一枚に味が行き渡ります。この丁寧な作業が、料理の完成度を左右するのです。
チーズを加える場合は、グリュイエールチーズやコンテチーズなど、フランス産のハードチーズが相性抜群です。表面に振りかけることで、焼き上がりの香ばしさがさらに増します。
材料はシンプルですが、それぞれの質と組み合わせのバランスが、この料理の真価を決めるのです。
層を重ねる芸術――伝統的な調理法
グラタン・ドフィノワの調理法は、一見シンプルながら、いくつかの重要なポイントがあります。
まず、じゃがいもの皮を剥き、約2〜3mmの厚さにスライスします。この均一さが、火の通りを均等にし、美しい仕上がりを生む秘訣です。
次に、にんにくを擦り込んだバターを、陶磁器やガラス製の浅い耐熱皿に塗ります。この下準備が、料理全体に香りを行き渡らせる基礎となります。
じゃがいものスライスを耐熱皿に並べ、各層に塩と胡椒を振ります。この作業を繰り返し、じゃがいもを積み重ねていきます。丁寧に層を重ねる作業は、まるで芸術作品を作り上げるかのようです。
牛乳とクリームを混ぜ合わせたものを、じゃがいもが浸るくらいまで注ぎます。液体の量は、じゃがいもの頭が少し出る程度が理想的です。
オーブンを180℃程度に予熱し、じっくりと1時間から1時間半ほど焼きます。途中、表面が乾きすぎないように注意しながら、じゃがいもに火が通るのを待ちます。
最後の10分は、オーブンの温度を上げるか、グリル機能を使って表面に美しい焦げ目をつけます。この焦げ目が、香ばしさと視覚的な美しさを加えるのです。
焼き上がったグラタン・ドフィノワは、少し休ませてから切り分けると、層がきれいに保たれます。熱々のうちに食べるのも良いですが、少し冷めてからの方が、味が馴染んで美味しいという意見もあります。
この調理法は、時間と手間を惜しまない、フランス地方料理の精神を体現していると言えるでしょう。
まとめ
グラタン・ドフィノワは、フランス南東部ドーフィネ地方が生んだ、じゃがいも料理の傑作です。1780年代の貴族の晩餐会に登場して以来、200年以上にわたって愛され続けてきたこの料理は、シンプルな材料と丁寧な調理法によって、奥深い味わいを生み出します。
生のじゃがいもを使うという独特の調理法、チーズを入れるか否かという論争、そして地域や料理人による多様な解釈。これらすべてが、グラタン・ドフィノワという料理の豊かさを物語っています。
多くのグラタン料理の起源とされるこの一品は、フランス料理の歴史において重要な位置を占めています。家庭料理としても、レストランの一品としても楽しめるこの料理を、ぜひ一度味わってみてください。じゃがいもとクリームが織りなす、素朴ながら洗練された味わいに、きっと魅了されるはずです。