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甘酒とは?古墳時代から続く日本の伝統甘味飲料の歴史と魅力

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はじめに

甘酒と聞くと、冬の寒い日に神社で振る舞われる温かい飲み物を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。しかし実は、甘酒は江戸時代には夏の風物詩として庶民に愛されていた飲料なのです。古墳時代にまで遡るその歴史は、日本の食文化の奥深さを物語っています。

「醴(こさけ)」「甘粥(あまがゆ)」「一夜酒(ひとよざけ)」など、時代によってさまざまな呼び名で親しまれてきた甘酒。米麹を使った製法と酒粕を使った製法という2つの顔を持ち、それぞれに異なる味わいと特徴があります。本記事では、この日本の伝統的な甘味飲料について、その起源から製法、文化的背景まで詳しく解説していきます。

千年以上の歴史を持つ日本の伝統飲料

甘酒の起源は古墳時代にまで遡ります。『日本書紀』には「天甜酒(あまのたむざけ)」という記述があり、これが甘酒の起源とされています。この天甜酒は、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)の神話と深く結びついており、姫が一夜で身籠もって子を成したという伝説から、江戸時代には梅鉢の看板を掲げた甘酒屋が「一夜酒」として甘酒を売っていたと言われています。

古くは「一夜酒」または「醴酒(こさけ、こざけ)」と呼ばれていました。この「一夜酒」という名称は、米麹を使った製法が一晩で完成することに由来しています。朝鮮半島から渡来した酒造りの技術が、日本独自の発酵文化と融合して生まれたものと考えられています。

奈良時代には、歌人の山上憶良が『貧窮問答歌』の中で「糟湯酒」に触れており、すでにこの時代から庶民の間で親しまれていたことがうかがえます。平安時代の『延喜式』にも醴酒の製法が記録されており、宮中でも飲まれていたようです。

江戸時代に入ると、甘酒は夏の風物詩として大きく花開きます。『守貞漫稿』には「夏月専ら売り巡るもの」として甘酒売りが記されており、「甘い・甘い・あ〜ま〜ざ〜け〜」という独特の掛け声で行商人が街を練り歩いていました。当時の江戸幕府は、老若男女が購入できるよう甘酒の価格を最高で4文に制限していたほど、庶民の生活に根付いた飲み物だったのです。

1712年(正徳2年)の図解入り百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』には、蒸米、米麹、水を用いた製法が詳しく紹介されています。この文献には、麹の粒を残したまま飲む方法と、しぼって飲む方法の両方が記載されており、当時からさまざまな飲み方が楽しまれていたことが分かります。

米麹と酒粕、2つの製法が生む異なる味わい

甘酒の最大の特徴は、2つの異なる製法が存在することです。それぞれの製法によって、味わいも栄養成分も大きく異なります。

米麹を使った製法は、より伝統的な方法です。炊いた米または米粥に米麹を混ぜ、50〜60℃程度の温度で10〜12時間保温します。この間に、麹菌が生み出すアミラーゼという酵素が米のデンプンを糖に分解し、自然な甘みが生まれるのです。砂糖を一切加えなくても十分な甘さが得られるのは、この酵素の働きによるもの。含まれる糖分の20%以上がブドウ糖であり、体に吸収されやすい形になっています。

温度管理が非常に重要で、高すぎると酵素が十分に働かず甘みが乏しくなり、低すぎると乳酸菌が繁殖しすぎて酸味が強くなってしまいます。この微妙な温度調整こそが、美味しい甘酒を作る職人技なのです。

酒粕を使った製法は、より簡便な方法です。日本酒を造る際に出る酒粕を湯に溶かし、砂糖などで甘みを加えて作ります。酒粕には日本酒由来の発酵酵母など、米麹甘酒とは異なる栄養素が含まれています。製法が簡単で、酒造の副産物を有効活用できるという利点があります。

ただし、酒粕にはアルコールが残存しているため、酒粕甘酒にも微量のアルコールが含まれることがあります。法的にはアルコール分が1%未満であればソフトドリンクとして扱われますが、酒に弱い方や妊婦、幼児は注意が必要です。

現在市販されている甘酒の中には、森永製菓のように麹と酒粕の両方を使用した製品もあり、それぞれの良さを組み合わせた味わいを楽しむことができます。

夏は冷やして、冬は温めて楽しむ季節の飲み物

甘酒の魅力は、季節に応じた楽しみ方ができることです。現代では冬の飲み物というイメージが強いかもしれませんが、実は俳句では「夏の季語」として扱われています。

江戸時代、甘酒は夏の栄養補給として重宝されていました。冷蔵技術のなかった時代、夏バテ防止や体力回復のために、庶民は冷やした甘酒を飲んでいたのです。ショウガ汁を加えてさっぱりと飲む方法は、今でも夏の定番です。ショウガの爽やかな辛みが甘酒の甘さを引き締め、暑い日でもすっきりと飲めるんですよね。

冬には体を温めるために熱くして飲まれます。寒い季節に神社の境内で振る舞われる温かい甘酒は、参拝客の冷えた体を芯から温めてくれます。風邪の予防としても飲まれており、日本人の生活の知恵が詰まった飲み物と言えるでしょう。

近年では、「冷やし甘酒」や「甘酒ヨーグルト」など、新しいスタイルの製品も登場しています。ミルクスタンドで提供されるこれらの商品は、伝統的な甘酒の新しい可能性を示しています。

地域や時代で変化する甘酒の姿

甘酒は日本各地で独自の発展を遂げてきました。正月には参拝客に甘酒を振る舞う寺社が多く、自宅に持ち帰る甘酒を販売するところもあります。米農家が収穫を感謝して甘酒を造ったり、祭りに甘酒を供える風習が残っている地域もあり、地域の文化と深く結びついています。

雛祭りの際には「白酒」が飲まれますが、これは実は甘酒とは別物です。白酒はみりんや焼酎に蒸したもち米と米麹を仕込んで1ヶ月程熟成させたもので、約9%のアルコールを含むリキュール類に分類されます。しかし、甘酒がアルコール含有量が少なく安価であることから、現在では白酒の代用として甘酒が使われることが一般的になっています。

アジア各国にも甘酒に似た発酵飲料が存在します。韓国の「シッケ(食醯)」や「カムジュ(甘酒)」、中国の「酒醸(チューニャン)」、タイの「カオマーク」など、米を発酵させた甘い飲み物は東アジアの共通文化とも言えるでしょう。それぞれの国で独自の発展を遂げながらも、米文化圏に共通する発酵技術の知恵が受け継がれているのです。

米と麹が織りなす自然の甘み

甘酒の主な材料は、米麹を使う場合は「米」と「米麹」、酒粕を使う場合は「酒粕」と「砂糖」です。シンプルな材料でありながら、その味わいは奥深いものがあります。

米麹甘酒の場合、使用する米の種類によっても風味が変わります。うるち米を使うのが一般的ですが、もち米を使うとより濃厚でとろみのある仕上がりになります。米麹の量や発酵時間によっても甘さの度合いが調整でき、好みに応じた味わいを作り出すことができます。

米麹に含まれるコウジカビの酵素は、デンプンを糖に分解するだけでなく、タンパク質をアミノ酸に分解する働きもあります。このため、甘酒にはシステイン、アルギニン、グルタミンなどの必須アミノ酸が豊富に含まれています。ビタミンB1、B2、B6、葉酸、食物繊維、オリゴ糖なども含まれており、「飲む点滴」と称されるのも納得の栄養価です。

酒粕甘酒の場合は、日本酒の風味が残るため、より大人向けの味わいになります。酒粕に含まれる発酵酵母やレジスタントプロテインは、米麹甘酒にはない独自の成分です。砂糖で甘みを調整するため、好みの甘さに仕上げることができます。

どちらの製法も、日本人が長い年月をかけて培ってきた発酵技術の結晶です。微生物の力を借りて、シンプルな材料から複雑な味わいと豊富な栄養を引き出す。これこそが日本の発酵文化の真髄ではないでしょうか。

一晩で完成する伝統の発酵技術

米麹を使った甘酒の製法は、「一夜酒」という別名が示す通り、一晩で完成する手軽さが特徴です。しかし、その手軽さの裏には、繊細な温度管理と時間調整が必要とされます。

基本的な作り方は、まず150gの米と3合の水で粥を作ります。この粥を50〜60℃程度に冷まし、200gの米麹を混ぜ合わせます。ここからが重要な工程で、この温度を10〜12時間保ち続ける必要があります。炊飯器の保温機能を使ったり、魔法瓶を利用したり、現代では様々な方法で温度管理が行われています。

発酵が進むにつれて、米粒が柔らかくなり、全体がとろりとした状態になってきます。味見をして十分な甘みが出ていれば完成です。

酒粕を使った製法はさらに簡単です。湯に酒粕を溶かし、砂糖で甘みを調整するだけ。すり鉢で酒粕を滑らかにしたり、塩を一つまみ加えたりと、各家庭で工夫が凝らされています。

冬でないと酒を造れない酒蔵が、夏の副業として甘酒作りを手掛けていたという歴史もあります。季節に応じた商売の知恵と、発酵技術の応用力が、甘酒という飲み物を生み出し、育ててきたのです。

まとめ

古墳時代から続く甘酒の歴史は、日本の発酵文化の深さを物語っています。『日本書紀』に記された天甜酒から始まり、江戸時代には夏の風物詩として庶民に愛され、現代では健康飲料として再び注目を集めている。時代とともに姿を変えながらも、その本質は変わらず受け継がれてきました。

米麹を使った製法と酒粕を使った製法、それぞれに異なる魅力があります。米麹甘酒の自然な甘みと豊富な栄養、酒粕甘酒の日本酒の風味と手軽さ。どちらも日本人の知恵と技術が詰まった飲み物です。

夏は冷やしてショウガを加え、冬は温めて体を温める。季節に応じた楽しみ方ができるのも、甘酒の大きな魅力です。正月の神社、雛祭りの食卓、夏祭りの屋台。日本人の暮らしの節目節目に、甘酒は寄り添ってきました。

「一夜酒」という名が示す通り、一晩で完成する手軽さでありながら、その製法には繊細な温度管理と発酵技術が必要とされます。シンプルな材料から複雑な味わいと豊富な栄養を引き出す発酵の力。これこそが、千年以上にわたって日本人に愛され続けてきた理由なのではないでしょうか。

現代では缶入り、瓶入り、粉末、フリーズドライなど、様々な形態で手軽に楽しめるようになった甘酒。伝統を守りながらも新しい可能性を模索し続けるその姿は、日本の食文化そのものを象徴しているように感じられます。あなたも季節に応じた甘酒の楽しみ方を、ぜひ見つけてみてください。

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