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卯の花とは?おからの別名に込められた日本の美意識

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はじめに

「卯の花」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか?初夏に咲く白い花を想像する方もいれば、和食の定番惣菜を思い浮かべる方もいるでしょう。実はこの「卯の花」という言葉、豆腐を作る際に大豆から豆乳を絞った後に残る「おから」の別名なのです。

「から」という絞りかすを意味する言葉を避け、白く美しいウツギの花に例えた江戸時代の粋な言葉遊び。そこには、食材を大切にする日本人の心と、言葉の響きにまで気を配る美意識が込められています。

私が初めて卯の花という呼び名を知ったとき、その言葉の美しさに心を打たれました。同じ食材でも、呼び方ひとつでこれほど印象が変わるものかと。そして実際に丁寧に炊いた卯の花を口にしたとき、その滋味深い味わいに、日本の食文化の奥深さを改めて感じたものです。

白い花に例えた、日本人の言葉の美学

卯の花とは、豆腐や豆乳を作る際に大豆から豆乳を絞った後の残りかすのこと。つまり「おから」そのものです。では、なぜ「おから」に「卯の花」という別名が生まれたのでしょうか?

その理由は、「から」という言葉が持つ響きにあります。「から」は「空(から)」を連想させ、何もない、価値がないといった印象を与えてしまう。江戸時代の人々は、そんな言葉を避けるために、おからの白い色が初夏に咲くウツギ(空木)の花に似ていることに着目しました。ウツギの花は「卯の花」とも呼ばれ、旧暦の4月(卯月)に咲くことからこの名がついています。

唱歌『夏は来ぬ』の「卯の花の 匂う垣根に」という一節を思い出す方もいるでしょう。白く清々しい花を咲かせるウツギは、まさに初夏の風物詩。その美しい花の名を食材に重ねることで、「残りかす」という印象を一変させたのです。

また、関西や東北地方では「雪花菜(きらず)」という呼び名も親しまれています。これは、おからが包丁で切る必要がなく、そのまま調理できることから「切らず」という言葉に、雪のような白さを表す「雪花菜」という漢字を当てたもの。こちらも「から」を避けるための工夫ですね。

江戸時代から続く、庶民の知恵

卯の花の歴史は、豆腐の歴史と密接に結びついています。豆腐が日本に伝わったのは奈良時代から平安時代とされていますが、庶民の食卓に広まったのは江戸時代に入ってから。豆腐製造が盛んになるにつれ、副産物として大量に生まれるおからをどう活用するかが課題となりました。

江戸の庶民にとって、卯の花は貴重なタンパク源でした。豆腐よりも安価で手に入りやすく、栄養価も高い。しかも、野菜や油揚げ、こんにゃくなどと一緒に炊けば、立派な一品料理になる。限られた食材を無駄なく使い切る、江戸庶民の知恵が詰まった料理だったのです。

見た目以上の栄養価、大豆の恵みを丸ごと

卯の花は「残りかす」と呼ばれることもありますが、栄養的には非常に優れた食材で、タンパク質やカリウム、食物繊維などを豊富に含みます。
特に注目すべきは食物繊維の豊富さ。ゴボウの約2倍もの食物繊維が含まれており、腸内環境を整える働きが期待できます。また、含まれている油分の約50%は不飽和脂肪酸のリノール酸で、体に優しい脂質です。

さらに、卯の花にはホスファチジルコリン(レシチン)が豊富に含まれています。これは脳内物質アセチルコリンの前駆物質で、記憶力との関連が研究されている成分です。原料の大豆には良質な植物性タンパク質やカルシウム、ビタミンB群なども多く含まれており、「畑の肉」と呼ばれるほど。

豆腐や豆乳に比べると栄養価は下がりますが、それでも十分に栄養満点。通常は水分を約75%から80%含む状態で流通しており、そのしっとりとした食感が料理の味わいを左右します。

地域で異なる呼び名、同じ食材への愛情

卯の花の呼び名は、地域によって実に多彩です。主に関東地方では「卯の花」、関西や東北では「雪花菜(きらず)」、そして全国的には「おから」という呼び名が使われています。

この呼び名の違いは、単なる方言の違いではありません。それぞれの地域で、「から」という言葉を避けるために工夫を凝らした結果なのです。関東では花の美しさに例え、関西では調理の特性に着目する。同じ食材に対するアプローチの違いが、言葉の違いとなって表れているのですね。

中国では「dòuzhā(豆渣)」または「dòufuzhā(豆腐渣)」、韓国では「biji」または「kongbiji」と呼ばれ、アジア各国で大豆繊維を活用する文化が根付いています。日本の卯の花は、その中でも特に洗練された調理法と呼び名を持つ、独自の発展を遂げた料理と言えるでしょう。

しっとり炊き上げる、卯の花の真髄

卯の花料理の基本は、野菜や油揚げと一緒に出汁で炊き上げる「炒り煮」です。シンプルな調理法ですが、だからこそ奥が深い。パサパサにならず、しっとりと仕上げるには、いくつかのコツがあります。

まず大切なのは、おからの水分量。市販のおからは水分を多く含んでいますが、古くなると乾燥してパサつきます。新鮮なおからを選ぶことが、美味しい卯の花への第一歩です。

調理の際は、まず油で野菜を炒め、香りを引き出します。人参、ごぼう、椎茸、こんにゃく、油揚げなど、具材は細かく刻むのが基本。そこにおからを加え、出汁と調味料で味を整えながら、じっくりと炒り煮にしていきます。

火加減は中火から弱火。強火で一気に炒めると、表面だけが焦げて中はパサパサになってしまいます。木べらでゆっくりと混ぜながら、水分を飛ばしすぎないように注意する。このじっくりと火を通す感覚が、卯の花を美味しく仕上げる秘訣なのです。

味付けは醤油、みりん、砂糖、塩が基本。出汁の旨味とおからの優しい甘みが調和し、滋味深い味わいが生まれます。仕上げにごま油を少し垂らすと、風味が一層引き立ちます。

まとめ

卯の花は、豆腐作りの副産物である「おから」に、日本人の美意識と言葉遊びの粋が込められた料理です。「から」という言葉を避けるために、白いウツギの花に例えた「卯の花」、切らずに使える「雪花菜(きらず)」という呼び名が生まれました。

江戸時代の料理本にも登場するこの料理は、庶民の貴重なタンパク源として長く愛されてきました。栄養価も高く、食物繊維やホスファチジルコリンなど、体に嬉しい成分が豊富に含まれています。

地域によって呼び名は異なりますが、そこには同じ食材を大切にする心が共通しています。しっとりと炊き上げた卯の花は、まさに和食の真髄。シンプルだからこそ、素材の良さと調理の丁寧さが際立つ料理なのです。

「残りかす」を美しい花の名で呼び、工夫を凝らして美味しい料理に仕立てる。そこには、食材を無駄にせず、最後まで大切にいただく日本の食文化が息づいています。卯の花という一品に込められた先人の知恵と美意識を、現代に生きる私たちも受け継いでいきたいものですね。

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