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はじめに
イギリスのアフタヌーンティーに欠かせない存在、それがクロテッドクリームです。スコーンに添えられた黄金色のクリームを見たことがある方も多いのではないでしょうか。バターよりもあっさりとしていながら、生クリームよりも濃厚という、まさに両者の良いところを併せ持った乳製品です。
この記事では、2000年以上の歴史を持つクロテッドクリームの起源から製法、そして地域ごとの食べ方の違いまで、その魅力を余すところなくお伝えします。
バターと生クリームの中間に位置する特別な乳製品
クロテッドクリームとは、「Clotted(凝固した)」という名前が示す通り、牛乳を加熱して表面に凝固した乳脂肪分を集めて作られる乳製品です。その最大の特徴は、約60%という乳脂肪分の高さにあります。
バターの乳脂肪分が約80%、生クリームが約40%であることを考えると、クロテッドクリームはまさにその中間に位置する存在です。バターほど固くなく、生クリームほど液状でもない、独特のとろりとした質感が魅力ですね。
淡い黄色みを帯びた色合いと、滑らかな舌触り、そして濃厚でありながら後味はあっさりとしたミルクの風味。これらすべてが、クロテッドクリームを特別な存在にしています。表面に形成される黄色い膜「ゴールデンクラスト」は、クロテッドクリームの証とも言える部分で、最も濃厚な味わいが凝縮されています。
生クリームのおいしさをギュッと凝縮したような、酸味のないクリーム。それがクロテッドクリームの本質です。
2000年の時を超えて受け継がれる伝統
クロテッドクリームの起源については諸説ありますが、その歴史は驚くほど古く、2000年以上前にまで遡ると言われています。
『The Oxford Companion to Food』という食品百科事典によれば、紀元前500年頃、錫(スズ)を求めてイギリスを訪れたフェニキアの商人たちが、コーンウォール地方にクロテッドクリームの製法を伝えた可能性が示唆されています。一方で、古代食の専門家たちは、初期のブリトン人が牛乳の鮮度を保つ目的でクロテッドクリームを作っていたのではないかと指摘しています。
確かな記録として残っているのは、14世紀初頭のデヴォン州タビストック修道院で製造されていたという記録です。これが、現在のクリームティー(紅茶とスコーン、クロテッドクリーム、ジャムのセット)の原型とも考えられているのです。
どちらの地域が先にクロテッドクリームを作り始めたのか、その真相は明らかになっていません。しかし、デヴォン州とコーンウォール州の両地域が、何世紀にもわたってこの伝統を守り続けてきたことは間違いありません。
イギリス南西部が育んだ濃厚な味わい
クロテッドクリームは、イギリス南西部、特にデヴォン州とコーンウォール州の酪農文化と深く結びついています。この地域の牧畜が盛んな環境が、クロテッドクリームの発展を支えてきました。
もともとは、農家が牛乳からの廃棄物を減らすために考案されたとされています。冷蔵技術のなかった時代、新鮮な牛乳を長期保存することは困難でした。そこで、牛乳を加熱して濃縮し、クリーム状にすることで保存性を高めたのです。
1998年には、コーニッシュ・クロテッド・クリームが原産地名称保護制度(PDO)に登録されました。これは、コーンウォール州で生産された牛乳のみを使用し、伝統的な製法で作られたクロテッドクリームだけが「コーニッシュ・クロテッド・クリーム」を名乗れることを意味します。
海風が育むミネラル豊富な牧草を食べて育った牛から搾られる生乳。その新鮮さと風味の豊かさが、クロテッドクリームの品質を決定づけているのです。
デヴォン式かコーニッシュ式か、永遠の論争
クロテッドクリームの楽しみ方をめぐって、デヴォン州とコーンウォール州の間には長年の「論争」が存在します。それは、スコーンにジャムとクリームを塗る順序についてです。
デヴォン式では、スコーンを半分に割り、まずクロテッドクリームを塗り、その上にジャムをのせます。クリームを先に塗ることで、スコーンの温かさとクリームの冷たさのコントラストを楽しめるという考え方です。
一方、コーニッシュ式では、先にジャムを塗り、その上にクロテッドクリームをのせます。ジャムを下にすることで、クリームの濃厚さがより際立つとされています。
それぞれの地域が誇りを持って守り続けてきた伝統であり、どちらの方法で食べても美味しいことに変わりはありません。
この論争は、イギリス文化の一部として今も続いており、クリームティーを楽しむ際の話題として親しまれています。
脂肪分の高い生乳から生まれる黄金のクリーム
クロテッドクリームの原料は、基本的に脂肪分の高い牛乳のみです。特にジャージー種の牛から搾られる濃厚な生乳が理想とされています。
伝統的な製法では、まず脂肪分の高い全脂乳を浅い容器に入れ、弱火でゆっくりと加熱します。温度は約80〜90℃程度に保たれ、数時間かけて加熱を続けます。この過程で、乳脂肪分が表面に浮かび上がってきます。
加熱後、容器をそのまま冷暗所で一晩寝かせます。すると、表面に浮かんだ乳脂肪分が凝固し、厚い層を形成します。この黄色い層が「ゴールデンクラスト」と呼ばれる部分で、クロテッドクリームの最も濃厚な部分です。
翌日、この凝固した層を丁寧にすくい取り、練り上げることでクロテッドクリームが完成します。現代では、遠心分離機を使って乳脂肪を濃縮し、72℃で低温殺菌する方法も一般的です。
この製法により、バターのような固さではなく、スプーンですくえる程度の柔らかさを持ちながら、生クリームよりもはるかに濃厚な味わいが実現されるのです。
伝統を守り続ける製造者たち
クロテッドクリームの製造には、長年培われた技術と経験が必要です。イギリスには、何世代にもわたってこの伝統を守り続けている製造者が存在します。
その代表格が、1890年にイライザ・ジェーン・ロダさんが自宅のキッチンでクリーム作りを始めたことに始まる「ロダス社」です。5世代にわたって伝統の製法を守り続け、現在では世界的に知られるクロテッドクリームのブランドとなっています。
ロダス社のこだわりは、原料となる生乳の鮮度にあります。工場から30マイル(約48km)以内の牧場から搾乳された新鮮な生乳のみを使用し、生乳100%で作られています。添加物は一切使用せず、伝統的な製法を忠実に守り続けているのです。
日本でも、中沢乳業が独自の技術と製法でクロテッドクリームの再現に成功しています。イギリスのデボンシャー地方に伝わる伝統的なクリームを、日本の技術で作り上げた「中沢クロテッド」は、アフタヌーンティーには欠かせない存在として親しまれています。
こうした製造者たちの努力により、クロテッドクリームの伝統は現代にも受け継がれているのです。
まとめ
クロテッドクリームは、長い歴史を持つイギリス南西部の伝統的な乳製品です。脂肪分約60%という濃厚さを持ちながら、バターよりもあっさりとした味わいが特徴で、スコーンとの相性は抜群です。
フェニキア人によって伝えられたという説や、古代ブリトン人が牛乳の保存のために作り始めたという説など、その起源には諸説ありますが、デヴォン州とコーンウォール州が何世紀にもわたってこの伝統を守り続けてきたことは確かです。
デヴォン式とコーニッシュ式という、ジャムとクリームを塗る順序をめぐる論争も、この乳製品の文化的な深さを物語っています。どちらの方法で楽しむにせよ、クロテッドクリームの濃厚な味わいと滑らかな口どけは、アフタヌーンティーの時間を特別なものにしてくれるでしょう。
脂肪分の高い新鮮な生乳をゆっくりと加熱し、表面に浮かんだ乳脂肪を集めて作られるクロテッドクリーム。その製法は、長年の経験と技術によって支えられています。ロダス社をはじめとする伝統的な製造者たちの努力により、この特別な乳製品は今も世界中で愛され続けているのです。
スコーンに添えて、紅茶とともに楽しむクリームティー。その中心にあるクロテッドクリームは、イギリスの食文化を象徴する存在として、これからも多くの人々を魅了し続けることでしょう。























