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世界各国の料理を知ると、目の前の料理が立体的に見えてくる

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稲田俊輔|エリックサウス

2011年に東京・八重洲にオープンさせた「エリックサウス」で、南インド料理というインド料理への新しい”入り口”を日本に作った稲田俊輔シェフは、今でこそインド料理のイメージが強いですが、それ以前は居酒屋や和食店、フレンチ、洋食などの事業立ち上げやメニュー開発といった仕事を手掛けていました。

インド料理に関わるようになったのは、30歳を過ぎてから。神奈川県川崎市のテイクアウト専門店「エリックカレー」のリニューアルを任されたことがきっかけでした。

そこからどっぷりとインド料理にハマったといいます。

「おいしい」か「まずい」かすらわからない
だけど絶対に好きになる

エスニック料理の基本的なことは、プロとして一通りは知っていたつもりでしたけれども、インドカレーの専門店となるとまったく未経験でしたから、最初はお断りしたんです。だけどいろいろと”断り切れない事情”もあってお受けしたんです。そうしたら……これがおもしろいわけですよ(笑)

スパイスの組み合わせ、素材との合わせ方一つにしても、わずかなことで表情が変わっていく奥深さ。ちょうど趣味の食べ歩きをしていたなかで、フレンチやイタリアンと同じようにインド料理にも興味を持って食べはじめていた時期もあって、一気にインド料理に引き込まれていきました。

食べ歩きをしていたのは、2005年とか2006年だったと思います。当時のインド料理といえば、北インドの宮廷料理的な、本場寄りのバターチキンがあって、ナンがあってというようなお店が多かったと思います。当時から15年以上経って、最近は、日本で独自の独特の進化を遂げた感のあるバターチキンカレーになっていますけど、当時はまだエスニック感が強くありました。ある意味で、世界中にあるインド料理屋さんの世界標準的なスタイルですね

南や北といった地方料理の専門店はまだなく、インド料理といえばもっぱら北インド宮廷料理。その中で数軒、南インド料理を掲げている料理を出している店もありました。

南インド料理のお店で最初に伺ったのが東京・京橋の『ダバ・インディア』さんでした。そこでの感動と衝撃がものすごく大きかったんです。それまで食べてたインドカレーは、おいしいと思ってるんですけど、どこか想像の範囲内というか。自分の知ってる味の延長上にあるような気がしたんです。それが南インド料理は、自分がそれまでまったく知らなかった味。『おいしい』とか『まずい』ということの前にその判断すらできない謎の味。しかしそれが妙に心惹かれて。好きなのか嫌いなのかもわからないけど、自分は絶対にこの料理が好きになるという、ある種の確信みたいなものがありました

憧れのアイドルに出会ったような「南インド料理」との出会い

インドがイギリス領だった時代、とくに北部はイギリスの嗜好を受けたこともあり宮廷料理は、ヨーロッパの味の延長線上にあったともいえます。その一方で南インド料理は、西洋料理や日本料理といったそれまで稲田シェフが食べなれてきた”血筋”が見えない、未知の文化体系に感じたのです。

そういう意味では、ただただ一目ぼれ。そう思えば、ルックスに惹かれたというのもあります。もうアイドルみたいなもんですね。見た目でズキューンってやられて。色がきれいだったんですよ。それまで知ってたカレーの世界って茶色の世界なのに、南インドは真っ赤もあるし、黄色も紫も緑もある。ビビッドに感じたんです

初めて行った「ダバ・インディア」で稲田シェフは、ミールスを注文したといいます。まだインターネットも今ほど普及していない時代。インド料理研究家の渡辺怜(あきら)さんが南インド料理に関する本を出していらしたり、実際に南インドに行った知人から伝え聞いたりするくらいしか知るすべはなく、少ない情報から想像を膨らませるような存在でした。

アイドルの写真集眺めてたみたいなものですね。それで初めて名古屋から東京に出て、握手会に行ってきましたって感じです(笑)

初心者もマニアも共存できる店にしたかった

エリックサウスのオープンにあたって稲田シェフは、「誰でも気軽に入れる店で、コアなガチの南インド料理を食べてもらう」ということを目指し、徹底的にオープンにして、徹底的に入りやすい店作りを目指したといいます。その後、レストランスタイルの「エリックサウス・マサラダイナー」(渋谷)、ビリヤニに特化した「エリックサウス 高円寺カレー&ビリヤニセンター」などを新店をオープンしていきますが、どの新店もコンセプトは同じ。「入口のハードルは徹底的に低く」するということは変えませんでした。

最初の入口としては、とりあえず気軽に来てとりあえず食べてよ。そこを入口にしてどんどん深めてったらいいから、みたいに考えています。『もっとマニアックなお店をやりたくならないですか?』と聞かれるんですが、僕は店ごとにどれだけでも深掘りができると思ってます。それに1軒のお店で初心者の方と、ものすごい深堀りしたい愛好家の方が自然に同居する店で在りたい、どちらかだけというお店はやりたくないなったんですね

そういった二面性が同居する世界観は、稲田シェフがつねに意識しているものです。たとえばTwitterのような気軽なSNSのなかで、専門性の高いつぶやきをしたり、専門店をやりながらも一方で『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分! 本格インドカレー』(柴田書店)のような本も出す。今回のシェフレピでも、古典的なビリヤニをイチから時間をかけて作るレシピを提供してくれました。

これだけ手間と時間をかけてビリヤニを作るレシピは、今は意外と珍しいと思うんです。それでも細かいところは現代的にブラッシュアップして合理化することはできることも見せたい。それはつまり『誰でも再現できるように』っていうことでもあると思うんです。シンプルに無駄を省けば省くほど再現性は高くなるのは間違いないので、そういうことに挑戦できればいいなと思いました

バスマティライスを下茹でしてから蒸し焼きにしたり、テフロンの加工の鍋やIHクッキングヒーターを使うことを勧めたりするのも、今回のレシピでの合理化の象徴だといいます。

普通はバスマティライスを浸水しておいて、それを茹でるんですけども、今回はあえてバスマティライスを浸水させず乾燥した状態から、パスタを入れるようなイメージでお湯に米を入れています。それはなぜかというと、結局浸水をすると塩分濃度とか米の固さで仕上がりにブレがでやすいんです。浸水時間だったり、温度だったり、浸水後の水切りが人によって差がでてしまう。だったら、浸水せずに使った方が標準化できると僕は思うんです。いわばこの部分は下ごしらえですから。そこでつまづくと悲しいじゃないですか。ですので、その部分は取り除いておきたいなと思うんです

今回のレシピでのスパイスの使い方でいえば、最後に蒸し焼きにする際のミントとコリアンダーリーフが重要だと稲田シェフはいいます。そのため、鶏肉をマリネする際に使うパウダースパイスはあえてシンプルに基本的なスパイスだけにしています。

一方で難しいポイントは、調理器具を工夫して解決する。テフロンの鍋とIHクッキングヒーターの使用は、その代表的な例です。

今回のレシピで難しいのは最後に蒸し焼きにする1カ所だけなんですよ。残念ながらそこだけは言語化できないんです。下のマリネした鶏肉が加熱され、水分が100℃を超えると蒸発していくわけですよね。蒸発した水蒸気がこの米に水分と熱を与えて、下茹でして70%まで炊けた米が最終的に100%に炊き上がる、こういうイメージなんです。途中で混ぜることができない状態で、一番は鍋底を絶対に焦げてはいけないんです。だけどカッチ(生)ビリヤニだから、鶏肉が半生でもいけない。ですので、火は強からず弱からず、焦げちゃいけないけどギリギリまで温度を上げることが必要になるんです。そのため、焦げ付きにくいテフロン加工のフライパンを使うのをお勧めするのと、より失敗しにくい方法としてIHクッキングヒーターを使った加熱を動画で紹介しています

火が直接当たっている部分の鍋の底は温度が高くなりやすく焦げやすいので、鍋底の温度を均一にあげるためにIHクッキングヒーターが最適という稲田さん。

もちろん必ずしもIHクッキングヒーターでなければならないわけではなく、ガスコンロでも火加減を調節すれば作れる方法も説明してくれています。

うま味に頼らないインド料理に驚いた

インド料理にどっぷりハマったことで、かえってヨーロッパの料理や日本の料理に対する理解が深まったと稲田シェフはいいます。

たとえば、インド料理と和食やフレンチなどの大きな違いは、うま味だけに頼らない作り方をしていることだと思っています。インド料理はどこか『旨味はまあ素材から、自然にこぼれてくるものだから、それをあえてどうこうしようとかはしないんだけど、その代わり、それを目一杯スパイスとかハーブとかで引き立てていくみたいな』みたいな発想があると思います

それが和食になると、あらゆるものにうま味のかたまりである出汁を素材以上に含ませていく。ヨーロッパの料理を見ても、うま味を重ねていく味の構成の仕方は同じ方向性であるといえます。

僕は、うま味に対する発想の違いにまず驚いたんです。うま味が少ないインド料理でもしっかりおいしくなっていることを考えると、じゃあ和食が出汁を含ませる意味はどこにあるんだろうと考えるようになりました。また、フレンチでは、インド料理と同じように乳製品を使います。両方の料理を知ると、差異と共通性があることにも気付くわけです。つまり、インド料理を学ぶとインド料理が楽しくなるのはもちろんのこと、それ以外の料理が立体的に意味が見えてくるんです

シェフレピでもこれまで多くのキットで、西洋料理的なうま味を重ねていくレシピを紹介してきました。何度か利用してくださっているユーザー様にとっては、今月の「アジア料理特集」の稲田シェフのビリヤニのレシピや、他のシェフのレシピを作ってみると、これまで作ってきた料理との違いに驚く場面が多いと思います。

自分で知らない色々な料理に挑戦するというのはすごく楽しくていいことなのだと思います」と最後にメッセージをくれた稲田シェフ。驚きや挑戦が料理上手になる第一歩でもあるのです。

稲田俊輔●いなだ・しゅんすけ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て、友人が起業した「円相フードサービス」の設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗の展開に尽力。事業立ち上げやメニュー開発などを手掛ける。2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。南インド料理ブームをけん引する人気店のひとつになる。料理人、プロデュース業のかたわら、Twitter(@inadashunsuke)などで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。著書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』、『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(ともに柴田書店)がある。
店舗サイト:https://www.erickcurry.jp/
Twitter:https://twitter.com/inadashunsuke

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