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5%の命に感謝ができているか

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石井 剛|モノリス

熊本県多良木町は、人吉盆地とよばれる盆地の東部にあり、町の中央を球磨川が流れ、その流れに沿うように町が開けています。九州随一の米どころで、豊富にとれる米を使った歴史ある米焼酎は「球磨焼酎」と呼ばれ、日本で4つしかない地理的表示(GI)の認証を受けた焼酎でもあります。

一方で町域の79%は森林で、町の中心部をコの字に囲むように九州山地の支脈が取り囲んでいます。町のどこにいても山が見える――。多良木町を訪れた第一印象は、そんな「盆地の町」の印象ではないでしょうか。

熊本県南東部にある多良木町。鎌倉時代にこの地にやってきた相良氏が江戸時代まで700年間にわたり治め、同氏ゆかりの遺産が多数残されている。
フランス・ブルゴーニュ地方の三つ星「ジョルジュ・ブラン」など4年間の修業後、日本に帰国した石井剛シェフ。帰国後は、東京のクラシック料理の名店「モナリザ」で腕を磨き、2010年に東京・青山に「モノリス」をオープンさせた。

多良木町の豊かな山の景色に確信したジビエのクオリティの高さ

「多良木町にジビエの視察に行くということでしたので、山の中にある集落のような風景を想像していました。しかし、じっさいに訪れると川もあれば田んぼもある、電車も通ったしっかりした町だったのは、失礼ながら意外に思いました」と、東京・青山のフレンチ・レストラン「モノリス」の石井剛シェフは、2022年2月にはじめて多良木町を訪れたときの印象を話します。

山に入るのも町の中心部から車で30、40分ほど。さらに奥深く、イノシシやシカが棲む山の奥に辿り着くには1時間もかかります。しかし、その山道をゆく車窓から見えた多良木町の山は、美しく豊かに見えたと石井シェフは振り返ります。

「多良木町産のシカは、本州に生息するニホンジカの一種であるキュウシュウジカになります。僕自身は、シカならエゾジカがいちばんおいしいと思っていて、本州に生息するニホンジカでは、なかなか同じようなものに出会えずにいました。しかし今回、多良木町で食べたシカはエゾジカに迫る味わいでした。イノシシについても、しっかりと脂を蓄えていて、みるからにおいしそうでしたね」

石井シェフは、過去に他のジビエの産地を視察をしたことがあるそうですが、木が伐採されて禿げあがった山を見て「動物たちは、何を食べているのだろう?」と感じるような地域もあったといいます。しかし、多良木町の山は、木々が豊かに生えていて、その種類も豊富。つまり、イノシシやシカが食べるエサも豊富なのではないかと感じていたそうです。

「山のプロではないので、詳しいことは後に猟師さんたちから聞くことになるのですが、とにかく多良木町の山の緑の美しさに心を打たれました。じっさいに多良木町で獲れたジビエの味わいは、山の豊かさを感じさせる味わいでした。肉の色もしっかりしていて、おいしい赤身の肉でしたね。その味を見て、改めて山の環境としては、すばらしいものだったのではないでしょうか」

多良木町の中心部から、車で山間部を目指す。この日は、神々しい朝焼けが迎えてくれた。
中心部から川沿いを車で1時間程走った多良木町槻木地区。この山のいたるところに罠がしかけられている。
イノシシの狩猟を案内してくれたのは、猟友会事務局長の石田博文さん。山中に仕掛けられた数か所の罠を案内してくれた。
イノシシが好んで食べるのがコウジ(柑子)やシイノキ(椎木)、カシ(樫)といった木の実。とくにコウジの実は、イノシシの身に脂をつけるという。
この日は、生後半年ほどのオスのイノシシが罠にかかっていた。
「同行したハンターさんから、イノシシやシカが何を食べてるのかなど、具体的に教えてもらえるのは、料理を作るうえでプラスになる。というのも、イノシシが何を食べているのかの背景がわかれば、それと同じものを食材であわせたり、香りを加えたりすることで、料理の幅が広がりますから。やはり、直接産地にいかないとわからないことは、たくさんあると思います」と石井シェフ。

多良木町のジビエのクオリティに驚く

多良木町では、イノシシやシカの肉を石井シェフ自ら包丁を持ち、料理をして味わい確認しました。イノシシ肉は、ロースとバラ、モモ、ウデの部位を、シカ肉は、ロースと内モモを選んで調理。焼いておいしいロースやバラ、モモの部位はシンプルにローストに。煮込み料理に向いているイノシシのウデ肉は、バラ肉と一緒に軽く煮込んでいきます。

調理してみて感じたのは、「素材に力がある」ということ。ジビエは鮮度が大事な食材だと石井シェフ。多良木町には、村上精肉店が運営する日本で例をみないジビエの私営の競り市があり、そこには生きたまま檻に入って競りにかけられるイノシシが競りに出されます。そのため、と殺してから処理するまでの時間が短くてすみ、良い状態のまま加工されます。

「ジビエを扱っていると、やはり野生の動物なので、時間が経つと匂いが出てきてしまいますから。その点、多良木町のジビエの鮮度は申し分ないと思いました」

多良木町の豊かな山で育っただけでなく、生体での競りを含むジビエの流通も、肉質に良い影響を与えていると石井シェフは考えています。

日本で唯一とされるジビエの競売が行われる市場は、隣にある村上精肉店が運営している。
競売が行われるのは、猟期に合わせて11月から3月までの毎月5日と20日の月に2度だったが、コロナ禍もあって現在は、各月5日に開催されている。村上精肉店の村上武春さんが立つ舞台で競りが行われる。
ジビエの競売市場自体が国内で珍しいのに加え、競りではイノシシは、写真の檻に生きたまま入れて競りにかけられる。ほかにも、と殺されたイノシシは腹を開いた状態で並べられ競りにかけられる。
古民家をリノベーションした宿泊施設と厨房付きのダイニングがある「TARAKIYA」にイノシシやシカの肉を持ち込んで試作を行った。
イノシシのロース肉はシンプルにローストにした。
イノシシのウデとバラ肉で作った煮込み。この時にすでに完成品に近い仕上がりになっているのが驚きだ。
シカやイノシシのロースなどは、シンプルにグリルに。十分においしい仕上がりだったが、石井シェフはあえて煮込み料理をシェフレピ用のメニューに決めた。その理由はいくつかある。まずは、煮込み料理の方が、家庭でレシピを再現しやすいこと。そしてもう一つ大きな理由としては衛生面。レシピの再現性にも関わることだが、野生動物であるジビエ、とくにシカやイノシシの肉には、E型肝炎の原因となるウイルスが存在していることがある。その大きな予防法はしっかりと加熱すること。煮込み料理を石井シェフが選んだのも、安全性を重視したからでもある。

フランス北東部の「カルボナード」にインスパイア

多良木町から東京に帰った石井シェフは、さっそくミールキットのレシピ考案にとりかかります。完成した「多良木町産の猪肉とゴボウの煮込み キャベツのブレゼ」は、多良木町産のイノシシの骨と香味野菜でとった出汁‶フォン・ド・猪”(フォン・ド・ジビエ)をベースに、イノシシのバラ肉とスネ肉を、赤ワインやマデラ酒を加えて煮込んだ、石井シェフのオリジナルレシピです。レシピのポイントは、弱火で30分間、しっかりと飴色になるまで炒めたタマネギだと石井シェフはいいます。

「完成したものは、多良木町の試作で作ったイノシシのウデとバラ肉の煮込みと、部位こそ違いますがほぼと同じものです。ウデとバラ肉があると聞いたときから、力強い味わいの肉なら、土の香りがするゴボウとともに赤ワインと煮込んだらおいしくなりそうというイメージがありました。ただゴボウだけでは、全体として甘味が足りないので、甘く炒めたタマネギを使おうと考えたときに、フランスの地方料理であるカルボナードのような仕上が思い浮かんだんです」

カルボナードは、フランス北東部のフランドル地方にある郷土料理で、薄切りにして飴色になるまで炒めたタマネギと牛肉をビールで煮込んだもの。イタリア料理の「カルボナーラ」と同様に炭焼き職人風という意味をもっています。

炭を起こした後の余熱がこもった窯をオーブンの代わりにして、肉を焼いたり煮込みを作ったりしたことが名前の由来です。その合理的で生活に根付いた料理は、フランスの文化そのものだと石井シェフは感じているといいます。

タマネギの甘味とビールによる風味の複雑性がカルボナードの特徴。お酒こそビールではなく赤ワインとマデラ酒ですが、カルボナードにおけるビールの役割からは外れていません。あくまでクラシックなフランス料理の構造を理解した上で料理を考案する、石井シェフが伝統的なフランス料理を大切にする姿勢が見えてきます。

石井シェフが多良木町での試作の段階ですでに、今回のレシピの90%近くを完成させることができたのも、フランス料理の基本をきちんと理解していたから。どんな食材であっても、食材の特徴がつかめれば、伝統的なフランス料理に落とし込んでいける。クラシックなフランス料理を身につけていることこそ、石井シェフを一流のシェフにする最大の武器なのです。

炒めたイノシシの骨と香味野菜を水をはった鍋に、ブーケガルニ(香草ハーブ類)とともに加えて、3時間ほどゆっくりと煮出し、煮込みのベースになる出汁”フォン・ド・猪”をとっていく。
煮込み料理の味わいにボリュームを与えているのが、30分かけてじっくりと飴色になるまで炒めたタマネギ。焦がさないように丁寧にじっくりとタマネギを炒めるこの行程が、もっとも重要と石井シェフ。
イノシシのスネとバラ肉は、フライパンで炒めてゴボウとともに香りを引き出し、焼き目をつけた後、煮込み用の鍋へ。飴色に炒めたタマネギとフォン・ド・イノシシ、マディラ酒、赤ワイン、ローリエとともに2時間半煮込む。
煮込み料理は、ソースを大事にするフランス料理らしさを感じさせる調理方法だと石井シェフ。煮込みのソースに具材のすべてのうま味が凝縮したもので、ひと口食べればすべての食材を味わえる。すべての食材のうま味を無駄にせず、凝縮させることにフランス料理の醍醐味があると石井シェフはいう。

捕獲されたイノシシのうちジビエで食されているは5%

ジビエ(gibier)は、イノシシやシカ、鳥など、食材にすることを目的に狩猟された野生の鳥獣を意味するフランス語です。2014年には、ぐるなび総研が毎年、年間で話題となった料理を発表する「今年の一皿」で大賞に選ばれるなど、近年広く知られる料理用語になりました。

その背景には、野生鳥獣による農作物被害が全国的に広がる深刻な状況があります。

農林水産省によると、2020年の農作物被害額は161億円。そのおよそ7割が、シカやイノシシ、サルによる被害だといいます。そのため有害鳥獣の捕獲を奨励する取り組みが行われたほか、捕えた野生鳥獣をジビエなどに利用しようとする取り組みが奨励されたのは、農山村の新しい所得になるだけでなく、有害とされてきた鳥獣を価値あるものにしようとするものでもあります。

その取り組みの成果もあり、2010年にイノシシ47万7000頭とシカ36万3100頭だった捕獲頭数は、10年後の2020年には、イノシシ67万8900頭とシカ67万4800頭と増加しています。

しかし一方で、ジビエとして利用されている頭数を見るとイノシシは、2020年の集計で3万4700頭、シカは8万5000頭。それぞれ捕獲頭数の5.1%と12.6%にあたります。ちなみに2016年の数値ではジビエ利用率がイノシシで4.7%(2万7400頭/57万9300頭)、シカは8.9%(5万5600頭/62万400頭)でした。

この数字を、「5%しか」と捉えるか、「5%も」と捉えるか、さまざまな意見があると思います。じっさい、ジビエの利用数自体は増加しており、少しずつではありますが、野生鳥獣の価値転換は起きているといえる状況ではあります。どちらにせよ、一つひとつの命を大切に扱う必要があることを考えさせられる数字であることに間違いなく、そして同時にまだまだジビエを活用していく場面があるとを示しているといえます。

もともとジビエがフランス語であるように、野生鳥獣を料理する文化が根付いているフランス料理で、とくに伝統的なフランス料理を作る石井シェフに白羽の矢がたったのは、そういった新たな活用の場面の創出を願ったことでもありました。

さらに石井シェフが、フランス料理でも頻繁に使われるシカ肉や、イノシシのなかでも、焼くだけでおいしいロースなどを使わず、あえてスネ肉や骨といった、あまりでまわらない部位を選んだ理由も、そうした新しい活用の可能性を考えてのことでした。

「多良木町のジビエは、日本のなかでもトップレベルにおいしい。きっと扱いやすい部位は人気になると思います。しかし、売れれば売れるほど、扱いにくい部位、たとえば今回でいえばイノシシのウデや骨といった部位は、売れ残ってしまいます。そういった部位でも、フランス料理ならこうやっておいしく料理することができるのです」

もともとモノリスでは、イノシシを一頭で買うことが多く、ロースやモモなど、焼いておいしい部位だけでなく、ほかの部位を手間をかけて煮込んだり、コンフィ(油煮)など、フランス料理の技法を使ってすべてを料理してきました。

5%の命に敬意をあらわし、余すことなく料理すること。そのことを続けていくことで、捕獲したイノシシのジビエ利用頭数が6%、10%と増えていくことになるのではないでしょうか。

石井シェフは、普段からモノリスで「ネオ・クラシック」というコンセプトを掲げている。伝統的なフランス料理にある食材の凝縮したうま味を味わえる料理を作りながらも、バターや生クリームの量を減らし軽やかな仕立ての現代的なフランス料理である。「多良木町産の猪肉とゴボウの煮込み キャベツのブレゼ」も、レシピを見ると煮込みに使われているバターの量はわずか8g。それでも味わいは骨太で奥行きがあり、煮込み料理らしい濃厚な味わいで、まさに「ネオ・クラシック」と呼べるフランス料理である。
スネ肉を主体にバランスよく脂がのったバラ肉とともにホロホロになるまで煮込み、肉から出たうま味ののった味わい深いソースとともにいただく。フランスの伝統料理から発想を得たイノシシの煮込み料理は、行程は多いが難しい作業はあまりない。一つひとつ丁寧に作っていけば、質のよいイノシシならではのクリアなうま味の煮込み料理が完成するはずだ。山の恵みに感謝しながら食べたい。
家庭における料理上手は「料理がおいしくできる」以外に、「きれい好きであること」があげられると石井シェフ。「仕事をするにしても、汚いところからおいしい料理はできないと思っています。モノリスのスタッフにも、仕事は、まわりをきれいに整えてから始めなさいといっているほどです」。汚れたらすぐに掃除をして清潔さを保つ。衛生面での安全管理であることはもちろん、たとえば肉を切るにしても、サーロインのような脂の多い部位であれば、一回切るごとに包丁を拭くのは、包丁の切れ味を良くして、きれいに肉を切るためでもある。きれいであることは、料理の味にも影響するのだ。

出展:「捕獲鳥獣のジビエ利用を巡る最近の状況」(農林水産省、令和4年8月)、捕獲数及び被害等の状況等ニホンジカ・イノシシ捕獲頭数速報値(令和3年度)」(環境省、令和4年8月)、「野生鳥獣資源利用実態調査令和2年度(農林水産省、令和3年12月)

石井 剛●いしい・ごう
東京都出身。調理師専門学校「エコール 辻 東京」を卒業後、東京・青山にあった「アテスエ」に入社する。1998年に渡仏し、ブルゴーニュ地方の三つ星「ジョルジュ・ブラン」など、地方レストランを中心に4年間修業した。帰国後は、「モナリザ 丸の内店」に入った。2005年に同店料理長に就任。2008年と2009年には、フランス発祥のフランス料理コンクール「ル・テタンジェコンクール・ジャポン」で、2年連続準優勝(現在は審査員を務める)。2010年3月、最初の修業先である「アテスエ」の跡地に「モノリス」をオープンさせた。「ネオ・クラシック」のコンセプトを掲げ、伝統的なフランス料理を現代的なスタイルに昇華させたフランス料理を提案し続け、フランス発のレストランガイド「ゴ・エ・ミヨ ジャポン」では、2016年の刊行初年度から5年連続で掲載中。2021年には、モノリスのカジュアルラインの姉妹店「モノビス」を開いた。
モノリス:https://neo-monolith.com/
石井シェフ Instagram:https://www.instagram.com/gogoishiigogo/

関連商品:「多良木町産の猪肉とゴボウの煮込み キャベツのブレゼ

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