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ひもかわうどんとは?桐生地方に伝わる幅広麺の起源と魅力

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ひもかわうどんとは?桐生が誇る迫力の幅広麺

群馬県桐生地方に伝わる「ひもかわうどん」は、ひもを思わせる平たく幅広い麺を持つ郷土料理です。麺幅は店や製法によって異なり、約1.5cmから10cm以上に及ぶものもあり、一般的なうどんと並べればその違いはひと目で分かるほど。厚さは約1mmと薄く、幅広で薄い形状が独特の食感を生み出します。材料は小麦粉・水・塩というシンプルなものですが、群馬は古くから小麦の産地として知られ、桐生周辺では地元の小麦粉と桐生川の水を活かしたうどん作りが行われてきました。

「ひもかわ」という名の由来については、愛知県刈谷市の名物だった平うどん「芋川うどん」からの転訛説が挙げられるほか、「帯が川で洗われる様子から」とする説、「革の紐に似た形状から」とする説もあります。起源・発祥時期も、江戸時代の芋川うどんにルーツを求める説がある一方、桐生では明治からとも言われ、正確なところは分かっていません。桐生地方を中心に親しまれてきた麺ですが、群馬県内の他の地域で提供される例もあります。由来をめぐる説、土地の食文化、食卓での姿を追っていくと、一本の帯のような麺が、桐生という土地の輪郭を映すものとして見えてきます。

「ひもかわ」の語源と起源をめぐる物語

幅の広い麺が、どんぶりの縁からのれんのように垂れる。桐生で親しまれるひもかわうどんは、その名の由来をたどると「芋川」という一語に行き着く——そんな説が広く語られてきました。名古屋名物きしめんのルーツとされる「芋川うどん」に結びつけ、その呼び名が各地へ運ばれて桐生に根づいた、と説明する筋書きです。

ただし、これは数ある起源説のひとつにすぎません。名称の語源には、芋川うどんからの転訛とする説のほか、帯が川で洗われる様子からとする説、革の紐に似た形状からとする説もあり、内容は資料によって異なります。起源の時期についても、江戸時代からとする説と明治からとする説が併存し、芋川うどんときしめんの関係、そして桐生へ届いた経路には、はっきりしない部分が残ります。文献の裏づけが十分とは言えず、断定は避けたいところです。

それでも、名が土地を越えて残る例は群馬県内にも見えます。みどり市大間々町の久路保山荘は100%群馬県産小麦の「懐石ひもかわうどん」を掲げ、吾妻郡長野原町のひもかわさくら亭は草津から車で15分ほどの観光動線上に店を構える。産地も提供の形も違う場所で、同じ呼び名が使われている。語源の謎はさておき、名そのものが地域の食文化に根を下ろしている表れと見ることもできるでしょう。

群馬の粉食文化とひもかわうどんの歩み

群馬県の食卓を考えるうえで、小麦粉という素材は欠かせません。県内では古くから小麦の栽培が盛んで、うどんだけでなく、お好み焼きや焼きそばといった粉物が日常に根づいてきたと伝えられます。高崎市が「パスタの街」と呼ばれることも知られています。

粉をこね、のばし、切る。この手仕事が暮らしの延長にある土地だからこそ、幅の広い麺を手打ちする文化も無理なく定着したのでしょう。桐生では家庭に麺棒がある人が多いと、老舗の店主は話しています。麺打ちの道具が身近にあったことがうかがえます。冠婚葬祭などのハレの日にも振る舞われてきたといい、晴れの日の支度としてだけでなく、日々の暮らしの延長にも麺打ちがあったようです。

ひもかわうどんの歩みも、この粉食の厚みと切り離せません。幅広の麺が地域の味として受け継がれてきた背景には、小麦と手仕事が身近にあった暮らしがあると考えられます。桐生の老舗を訪ねた記事でも、家庭に麺棒がある人が多いという店主の話が紹介されています。ただし、その成り立ちについては正確なことはわからず、はっきりとした起源は伝わっていないとされています。

うどん文化を支えたのは、特別な技術ではなく、粉と麺棒が当たり前にあった環境でした。だからこそ、ひもかわうどんは地域の食卓に長く居続けられたのでしょう。

シンプルな材料が生む幅広麺の作り方

まな板の上に粉を盛り、中央をくぼませて塩水を注ぐ。指先で混ぜ、粉と水がひとつになっていく——ひもかわうどんの手打ちは、そんな静かな作業から始まります。

材料は小麦粉、水、塩。たった三つです。群馬名物として知られるこの麺が、これだけ少ない材料で成立しているのは、ある意味で潔いほど。ただし、幅広で薄い独特の麺に仕上げるには、丁寧な工程と細やかな配慮が欠かせません。一般的な手打ちの流れでは、こねた生地を休ませ、麺棒で厚みをそろえてのばし、包丁で幅を整えて切り分けます。厚みが一定でなければ茹で加減にむらが出ますし、幅が乱れれば口当たりも変わってくる。薄く、広く、均一に。この三つを同時に満たすところに、この麺作りの難しさがあります。

粉の選び方も、仕上がりを左右する要素です。小麦粉はたんぱく質の含有量によって中力粉・強力粉・薄力粉に分けられ、配合次第で生地の伸びや弾力が変化します。薄く広くのばす工程では、伸びのよさと切れにくさの両立が求められるため、中力粉を単独で使うか、強力粉と薄力粉を組み合わせるかといった判断が作り手に委ねられます。配合に唯一の正解があるわけではなく、家庭や店ごとに差があるとされる部分です。

おきりこみから乾麺まで:ひもかわうどんの食べ方と広がり

寒さが深まる季節、群馬の台所では大根、ニンジン、椎茸、白菜といった冬野菜が鍋に集まります。それらを煮込んで仕上げる郷土料理が「おきりこみ」です。星野物産公式チャンネルが2022年10月7日に公開した動画では、一人前の材料としてひもかわうどん100g、ごま油大さじ1、大根50g、里芋40g、にんじん20g、白菜80g、しいたけ1/2個(10g)などが示されていました。具材をたっぷり入れた煮込みうどんは満足感が大きく、体の芯から温まる家庭の味として位置づけられています。

同じ動画のタイトルには【乾麺】の文字も並びます。この動画で扱われているのは乾麺のひもかわうどんであり、日持ちのする乾麺であれば、産地を離れた食卓でも冬野菜と一緒に煮込むおきりこみを再現しやすくなります。保存のきく形に加工されることで、郷土の味は桐生の外へも運ばれていくのです。

幅広麺がつなぐ桐生の食文化と未来

桐生地方に伝わるひもかわうどんは、粉をこね、麺棒で薄く伸ばし、幅広に切りそろえる手打ちの工程で作られてきました。小麦粉・水・塩というシンプルな材料から生まれる平たい麺は、うどんに限らずお好み焼きや焼きそばなど、粉物が暮らしに根付いてきた土地の食文化を背景に持ちます。

その起源については、江戸時代の愛知県三河地方の「芋川うどん」にルーツを求める説や、明治からとする説があり、正確なところはわかっていないとされます。名称も、芋川うどんからの転訛説のほか、帯が川で洗われる様子や革の紐に似た形状に由来するといった諸説が伝えられ、定まっていません。

麺の幅は店や製法によって異なり、1.5センチから10センチ以上まで幅があり、15センチとする紹介も見られます。桐生市を中心に親しまれる一方、群馬県内の他地域にも広がりを見せています。幅広の麺は、桐生という土地の歩みを映す一枚なのかもしれません。粉食文化の象徴として、この味と形を次の世代へ手渡していく意義は小さくありません。

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