この記事を読むのに必要な時間は約 6 分です。

Table of Contents
はじめに
おせち料理の重箱を開けたとき、小さな丸い塊から青々とした芽が伸びる、独特の姿をした食材を見たことはありませんか?それが「クワイ」です。中国原産のオモダカ科の水生野菜で、日本では古くから縁起物として珍重されてきました。
「芽が出る」という姿から「めでたい」とされ、地下茎に多くの子どもを付ける様子から「子孫繁栄」の象徴として、正月のおせち料理には欠かせない存在となっています。しかし、普段の食卓に並ぶことは少なく、スーパーでも見かける機会は限られているため、その正体や魅力を知らない方も多いのではないでしょうか。
矢じり形の葉を持つ水田の宝石
クワイは、オモダカ科オモダカ属の水生多年草であるオモダカの栽培品種です。別名として「慈姑(じこ)」「田草」「燕尾草(えんびそう)」などとも呼ばれ、地域によってさまざまな呼び方がされてきました。
最大の特徴は、その独特な形状にあります。地下茎の先端に形成される塊茎は、小さな丸い実に角が生えているような姿をしており、先端には長い芽が伸びています。この芽が「めでたい」とされる所以です。葉は大きな矢じり形をしており、その形状から「鍬(くわ)の刃」に似ているとされ、名前の由来の一つとも言われています。
日本で栽培されている主流は「青クワイ」で、外皮が青藍色を帯び、ほくほくとした食感が特徴です。他にも中国で多く栽培される「白クワイ」や、小粒で食味が良いとされる「吹田クワイ」などの品種があります。吹田クワイは大阪府吹田市で古くから栽培されてきた品種で、なにわの伝統野菜として保存活動が行われています。肉質は緻密でえぐみが少なく、甘みがあり、栗のような食感があるのが魅力ですね。
万葉の時代から続く食の歴史
クワイの原産地は中国とされており、野菜として栽培されている地域は、現在でも中国と日本に限られています。日本への渡来時期は明確ではありませんが、8世紀の奈良時代にはすでに存在していたと考えられており、万葉集にも記述が残されているほど古い歴史を持ちます。
日本現存最古の薬物辞典である『本草和名』や『和名類聚抄』では「久和井」や「久和為」の表記で紹介されており、当時から食用や薬用として利用されていたことがうかがえます。
江戸時代に入ると、生産と利用が盛んになり、京都、大阪、江戸周辺が主産地となりました。江戸幕府は神田市場を構成する有力問屋を納人に指定し、縁起物として多用するクワイの購入を請け負わせるほど、重要な食材として扱われていました。天明の大飢饉の際には、救荒作物としての役割も果たしています。
明治時代には京都、大阪、埼玉、東京、茨城、千葉が主な生産地でしたが、昭和の太平洋戦争中は統制品の一つとなり、栽培が抑制されました。戦後は栽培が復活したものの、都市化の進展により水田が減少し、栽培面積は縮小していきました。1970年代の稲作転換政策により一時的に作付面積が増えたものの、その後は少しずつ減少を続けているのが現状です。
縁起を担ぐ正月の象徴
クワイがおせち料理に欠かせない食材となった理由は、その姿と生態に込められた縁起の良さにあります。
まず、塊茎の先端から勢いよく伸びる芽の姿が「芽が出る」=「めでたい」に通じるとされ、新年の門出を祝う食材として重宝されてきました。また、地下茎が四方に広がり、その先端に次々と塊茎を形成する様子が「子孫繁栄」を象徴するとされ、家族の繁栄を願う意味も込められています。
漢字表記の「慈姑」にも深い意味があります。種芋の周囲に出た地下茎の先端に芋がつく状態が「慈悲深い姑が乳を与えている」姿に似ていることから、あるいは1年に1根から12の芋ができる姿が「慈しみ深い母(姑)が子供たちを養育する姿」に似ていることから、この字が当てられたと言われています。
こうした縁起の良さから、クワイは古来より正月料理で珍重され、現代でも高級食材として扱われています。
水田で育まれる独特の栽培法
クワイは水田で栽培される特殊な野菜で、その栽培方法はレンコンに似ています。生育期間中は圃場を冠水状態に保つことが重要で、水利の便が良いことが栽培の必須条件となります。
栽培は前年に収穫して冷蔵保存しておいた塊根を使い、6月下旬から7月にかけて植え付けが行われます。植え付けの2週間前に水を張り、代かきをして水田のようにしてから塊根を植え込みます。2週間後にはオモダカに似た葉が出て、7月下旬頃から9月にかけて茎葉が旺盛に成長します。
この成長期の間に、追肥と「葉かき」(茎葉を適度に間引く作業)、「根回し」(地下茎を一部切断する作業)を行うことで、根茎が充実し大きさも揃うようになります。水の管理も重要で、植え付け直後と秋期は水深5cmの浅水、成長期の夏場は6〜9cmのやや浅水で、水を切らさないように管理されます。
晩秋に気温が低下して葉が霜枯れするようになると、塊根の肥大が止まり収穫期を迎えます。収穫方法はレンコンと同様で、動力ポンプを使った水圧で水面下の泥の中の根茎を掘り起こし、水面に出てきた根茎を茎から切り離して収穫します。芽を傷つけないように慎重に扱う必要があり、熟練の技が求められる作業です。
現在では埼玉県や広島県などが主要な産地となっています。都市化の影響で栽培面積は減少傾向にありますが、伝統を守る生産者たちの努力により、今も私たちの食卓に届けられているのです。
ほろ苦さと甘みが織りなす味わい
クワイの食材としての旬は11月から4月にかけてで、特に年末年始に需要が高まります。芽がきれいな形に伸びて、全体にツヤがある物が市場価値の高い良品とされます。
味わいの特徴は、クリやユリ根に似たほのかな甘味と、独特のほろ苦さにあります。この苦味はシュウ酸によるもので、アクを抜くことである程度和らげることができます。調理の際は、芽が出た姿を活かして芽の先端を斜めに切って残し、塊茎は底の部分を薄く切って整えたら皮をむいて水に晒し、アクを抜きます。米のとぎ汁で一度茹でこぼすと、苦味がさらに和らぎます。
最も一般的な調理法は含め煮で、ほっくりとした食感を楽しむことができます。出汁をしっかり含ませた煮物は、クワイの持つ上品な甘みとほろ苦さが引き立ち、おせち料理の一品として存在感を放ちます。他にも、揚げ物や鍋物にも使われ、クワイチップスやクワイ焼酎といった加工品も作られています。
栄養面では、炭水化物が多く、可食部100グラム当たりの熱量は約125キロカロリーと、野菜類の中では非常に高く、サツマイモに匹敵します。特筆すべきは、体内の余分なナトリウムを排出する働きがあるカリウムが、100グラム中に600ミリグラムと極めて高い点です。リンや亜鉛も比較的豊富で、ビタミンB群も多く含まれています。強い灰汁はポリフェノール類で、抗酸化作用が期待できるとされています。
まとめ
クワイは、中国原産の水生野菜で、日本では万葉集の時代から食されてきた歴史ある食材です。「芽が出る」姿から「めでたい」とされ、「子孫繁栄」の象徴として、おせち料理に欠かせない縁起物となっています。
矢じり形の葉を持ち、地下茎の先端に形成される塊茎は、青藍色の外皮と長い芽が特徴的です。江戸時代から盛んに栽培され、現在でも埼玉県や広島県などで伝統的な栽培が続けられています。水田で育てられる特殊な野菜で、その栽培には熟練の技が必要とされます。
味わいは、クリやユリ根に似たほのかな甘味と独特のほろ苦さが特徴で、含め煮にしてほっくりとした食感を楽しむのが一般的です。カリウムやビタミンB群を豊富に含み、栄養価も高い食材です。
普段の食卓に並ぶことは少ないかもしれませんが、正月のおせち料理でその姿を見かけたら、ぜひその歴史と文化的背景に思いを馳せながら味わってみてください。小さな塊茎から勢いよく伸びる芽には、新しい年への希望と、家族の繁栄を願う日本人の心が込められているのです。























