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はじめに
醤油で醤油を仕込む。そう聞くと、なんとも贅沢な話だと思いませんか?再仕込み醤油は、通常の醤油造りで使う塩水の代わりに、すでに完成した醤油を使って仕込むという、手間も原料も2倍かかる特別な醤油です。国内生産量はわずか約1%という希少性もあり、その濃厚でコク深い味わいは、一度知ると忘れられない魅力を持っています。
本記事では、山口県柳井市で江戸時代に生まれたとされるこの再仕込み醤油について、その製法の特徴、歴史的背景、味わいの秘密、そして活用方法まで詳しく解説していきます。
初めて再仕込み醤油を口にしたとき、その濃厚さと深い旨味に驚いたことを今でも覚えています。普通の醤油とは明らかに違う、まろやかで芳醇な香りと味わい。刺身に少量つけるだけで、素材の味を引き立てながらも、醤油自体の存在感がしっかりと感じられる。この体験が、私に調味料の奥深さを改めて教えてくれました。
醤油で醤油を仕込む、その贅沢な製法
再仕込み醤油の最大の特徴は、その名の通り「再び仕込む」という製法にあります。通常の濃口醤油は、大豆と小麦を麹にして、そこに塩水を加えて諸味(もろみ)を作り、発酵・熟成させます。しかし再仕込み醤油では、この塩水の代わりに、すでに完成した生醤油や濃口醤油を使用するのです。
つまり、一度できあがった醤油を瓶詰めして商品にするのではなく、それを仕込み水として再利用することで、より濃厚で旨味の強い醤油に仕上げるわけですね。この製法により、原料は通常の2倍、熟成期間も2年から3年と長くなり、その分コストも手間もかかります。だからこそ、再仕込み醤油は通常の醤油よりも価格が高めに設定されているのです。
この贅沢な製法が生み出すのは、濃厚でコクのある味わいと、芳醇な香り。醤油の旨味成分であるアミノ酸が豊富に含まれ、まろやかで深みのある味わいが特徴です。また、熟成期間が長いため、醸造所ごとの個性が出やすく、同じ再仕込み醤油でも蔵によって味わいが異なるのも面白い点ですね。
別名「甘露醤油」とも呼ばれるこの醤油は、その名の通り、甘露のように甘く濃厚な味わいを持っています。
江戸時代、柳井の地で生まれた革新
再仕込み醤油の歴史は、江戸時代の山口県柳井市に遡ります。この製法を発明したのは、柳井市で商人を営んでいた高田家の4代目、高田伝兵衛だとされています。高田家は屋号を「登茂屋」といい、享保13年(1728年)に3代目吉兵衛が醤油製造業を始めたと伝えられています。
当時、醤油造りは全国各地で行われていましたが、塩水の代わりに醤油を使うという発想は画期的なものでした。この製法がどのような経緯で生まれたのか、詳細は定かではありませんが、より濃厚で高品質な醤油を求める試行錯誤の中から生まれたのでしょう。
江戸時代における濃口醤油の発明は、握り寿司、蕎麦、蒲焼、天ぷらといった江戸料理の発展に大きく貢献しました。再仕込み醤油もまた、その濃厚な味わいから、刺身や寿司といった素材の味を活かす料理に最適な調味料として、地域で愛されてきたのです。
濃厚でコク深い、唯一無二の味わい
再仕込み醤油の味わいを一言で表すなら、「濃厚でコク深い」という表現がぴったりです。通常の濃口醤油と比べて、色は濃く、とろみがあり、旨味が凝縮されています。
塩辛さは濃口醤油とほぼ同等かやや控えめに感じられますが、これは旨味成分が豊富なため、塩味が旨味に包まれてまろやかに感じられるからです。大豆由来のアミノ酸による深い旨味、小麦由来の糖による自然な甘み、そして長期熟成による複雑な香りが三位一体となって、他の醤油にはない独特の味わいを生み出しています。
香りもまた特徴的で、鼻で嗅ぐときに感じる「トップノート」と、口に含んでから感じる「フレーバー」の両方が豊かです。酵母の発酵生産物であるアルコールをはじめとする香気成分、メイラード反応から生まれる焦げ香など、複雑で芳醇な香りが楽しめます。
この濃厚さゆえに、再仕込み醤油は「つけ・かけ」用途に特に適しています。刺身、寿司、冷奴、卵かけご飯など、素材の味を活かしながらも、醤油自体の存在感をしっかりと感じられる料理にぴったりなんです。少量でも十分に味わいが広がるため、使いすぎに注意が必要ですが、それもまた贅沢な悩みと言えるでしょう。
山陰から九州へ、地域に根ざした醤油文化
再仕込み醤油は山口県柳井市が発祥とされていますが、現在では山陰から九州地方にかけての特産品として広く作られています。愛媛県や島根県でも甘味をつけた再仕込み醤油が地域で流通しており、それぞれの土地の食文化に合わせた味わいが楽しめます。
特に九州地方では、再仕込み醤油という分類ではなく、甘味ととろみを強くした「さしみ醤油」として親しまれています。九州の家庭では、濃口醤油、淡口醤油、さしみ醤油の3種類を保有することが多く、料理や用途に応じて使い分ける文化が根付いているのです。
この地域性は、各地の食文化や嗜好の違いを反映しています。山口や九州では甘めの味付けを好む傾向があり、再仕込み醤油の濃厚で甘みのある味わいが、地域の料理と相性が良かったのでしょう。一方、関東では濃口醤油、関西では淡口醤油が主流であるように、醤油の多様性は日本の食文化の豊かさを物語っています。
再仕込み醤油とさしみ醤油の違いについて疑問に思う方もいるかもしれませんね。基本的には、再仕込み醤油は醤油で醤油を仕込むという製法に基づく分類であり、さしみ醤油は用途に基づく呼び名です。九州のさしみ醤油の中には、再仕込み製法で作られたものもあれば、甘味料やとろみを加えて調整したものもあります。
大豆、小麦、そして醤油が織りなす原料の妙
再仕込み醤油の原料は、基本的には通常の醤油と同じく、大豆、小麦、そして塩です。しかし、決定的に異なるのは、塩水の代わりに醤油を使用する点にあります。
まず、大豆と小麦を蒸して麹菌を繁殖させ、醤油麹を作ります。この麹に、生醤油または濃口醤油を加えて諸味を仕込みます。通常の醤油造りでは塩水を加えるところを、すでに完成した醤油を加えるわけですから、原料は実質的に2倍必要になるのです。
この諸味を2年から3年かけてじっくりと発酵・熟成させます。麹菌が産生する酵素によって大豆のタンパク質がアミノ酸に、小麦のデンプンが糖に分解され、さらに乳酸菌や酵母による発酵が進むことで、複雑な味わいと香りが生まれます。
長期熟成の間に、メイラード反応によって色は濃くなり、香気成分も増していきます。この熟成期間の長さが、再仕込み醤油の個性を決定づける重要な要素なんですね。蔵の環境、気候、微生物の働きなど、さまざまな要因が絡み合って、唯一無二の味わいが生まれるのです。
素材を引き立てる、再仕込み醤油の使い方
再仕込み醤油は、その濃厚な味わいゆえに、「つけ・かけ」用途に最も適しています。刺身や寿司に少量つけるだけで、素材の味を引き立てながらも、醤油自体の深い旨味とコクが楽しめます。
冷奴や卵かけご飯にも相性抜群です。シンプルな料理だからこそ、調味料の質が味を左右します。再仕込み醤油を少量垂らすだけで、いつもの料理が格段に美味しくなるのを実感できるでしょう。
また、照り焼きや煮物などの加熱調理にも使えますが、その場合は濃厚な味わいが料理全体を支配してしまう可能性があるため、使用量には注意が必要です。むしろ、仕上げにひと回しかけて香りを立たせる使い方がおすすめですね。
ステーキや焼き魚の仕上げに少量かける、あるいは野菜のお浸しにかけるなど、素材の味を活かしながらも、再仕込み醤油ならではの深い旨味を添える使い方が理想的です。
国内生産量わずか1%という希少性もあり、再仕込み醤油は特別な日の料理や、大切なゲストをもてなす際に使いたい、ちょっと贅沢な調味料と言えるでしょう。
まとめ
再仕込み醤油は、醤油で醤油を仕込むという贅沢な製法によって生まれる、濃厚でコク深い味わいが特徴の醤油です。山口県柳井市で江戸時代に高田伝兵衛によって発明されたとされ、現在では山陰から九州地方にかけての特産品として愛されています。
原料と熟成期間が通常の2倍かかるため、国内生産量はわずか約1%という希少性を持ちながらも、その深い旨味と芳醇な香りは、刺身や寿司といった素材の味を活かす料理に最適です。別名「甘露醤油」とも呼ばれるこの醤油は、日本の醤油文化の多様性と奥深さを象徴する存在と言えるでしょう。
もし機会があれば、ぜひ一度再仕込み醤油を試してみてください。その濃厚な味わいは、あなたの食卓に新たな発見と喜びをもたらしてくれるはずです。






















