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「ときしらず」とは何か?
秋の味覚といえば鮭——多くの人がそう思い浮かべるのではないでしょうか。ところが、北海道沿岸では春から夏にかけて、非常に脂の乗った鮭が水揚げされます。「ときしらず」です。この名は、秋の漁獲期から外れた時期に獲れることに由来しています。
通常、鮭は産卵のために秋に河川を遡上します。しかし、ときしらずはそのサイクルから逸れた若い鮭であり、秋鮭(秋味)とは区別されてきました。時鮭やトキといった別名でも親しまれています。
脂が乗って美味とされるこの魚は、鮭=秋の味覚という通説を少し揺さぶる存在かもしれません。では、この独特な名前はどのように生まれたのでしょう。
名前の由来と定義
「ときしらず」という響きには、どこか風情があります。この名称は、もともと「時期や季節を選ばないこと」を指す言葉として用いられていました。四季の移ろいに関わらず、年じゅう変化のない様子を表していたのです。
やがてこの言葉は、植物の別名としても使われるようになります。キンセンカやトキナシダイコンなど、季節を問わず育つ性質を持つ植物に対して「時知らず」の名が当てられてきました。
鮭の世界でも、この名称は独自の意味を帯びています。定義によれば、春から夏にかけて北海道沿岸で獲れる若いサケを指すのです。本来、サケの漁獲期は秋。この時期を外れて水揚げされることから「時知らず」と呼ばれるようになりました。「時鮭」や「鮭児」といった別称もあります。季節の枠に収まらない存在だからこそ、人々の記憶に残る名前がいくつも生まれたのでしょう。
ロシアの河川からやってくる
ときしらずの回遊ルートを辿ると、その名の由来が見えてきます。この鮭はロシアの河川で生まれたと推定されており、産卵のために故郷へ戻る途中で日本の領海内を通過します。
秋鮭が日本の河川を故郷とするのに対し、ときしらずは遠くロシアの河川を起源とするという点で、そもそもの出自が異なります。回遊中の魚を偶然に捕獲するため、「時不知」—時期を知らずに獲れる鮭—と呼ばれるようになったという説もあります。日本の河川に戻る予定がないため、通常の漁期とは異なる時期に網にかかるのです。
ロシアの河川から海へ下り、北太平洋を巡り、再びロシアへ戻る長い旅の途中。その通り道にあたる北海道沖で、私たちはこの鮭に出会うことになります。
秋鮭との決定的な違い
同じ鮭の仲間でありながら、秋鮭とときしらずの実態は驚くほど異なります。
秋鮭は産卵を控えて日本の河川へ戻ってくる鮭を指します。故郷の川を目指し、体力を消耗しながら遡上するため、身は痩せて味も落ちていくのが一般的です。一方、ときしらずは前述の通りロシアの河川を起源とし、産卵のために日本の川へ戻ることはありません。回遊中に日本の領海内を通過する際に漁獲されるため、まだ産卵に向けた体力を消耗していない状態なのです。
この根本的な違いが、味わいに決定的な差を生み出します。秋鮭が産卵という生命の営みを終えるために日本の川へ帰ってくるのに対し、ときしらずはロシアの河川を目指して泳ぎ続ける途中。行き先が違えば、味わいもまた違ってくる。自然の摂理が生み出す、興味深い対比です。
脂の乗りと味わい
ときしらずの魅力は、何といってもその脂の乗りにあります。この時期の魚体には、脂がたっぷりと蓄えられているのです。
焼き上がりの瞬間を想像してみてください。こんがりと焼けた身からじゅわっと脂が滲み出し、皮は香ばしくパリッと焼き上がる。箸で身をほぐすと、ふっくらとした肉質の良さが伝わってきます。口に運べば、脂の甘みと身の旨味が同時に広がる。この濃厚さこそが、ときしらずが美味とされる所以なのです。脂が乗っていながらもくどさを感じさせない、絶妙なバランスの味わいと言えるでしょう。この味わいの背景には、長い旅路と偶然の出会いがありました。
季節を超える鮭の物語
植物の世界から転じて、鮭の呼称として定着した「ときしらず」。遠い異国の河川を故郷とし、広い海を渡って私たちの元へ届く。その偶然の出会いが、食卓に濃厚な味わいをもたらします。筋子も取れるというから、恵みは一枚の魚体に凝縮されていると言えそうです。
名前の由来を辿ると、鮭という魚が国境を超えて泳ぐ広大な旅路が見えてきます。季節の枠に収まらないからこそ、出会えた味なのかもしれません。旬を待つだけが料理との付き合い方ではないと、教えられているような気がします。






















