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黄金色の網目が語るもの
厚揚げを、ただ油で揚げた豆腐だと思っていませんか? ところがどっこい、そう単純な話ではないのです。あのずっしりとした塊には、先人たちが培ってきた保存の知恵と、多様な食文化のエッセンスが凝縮されているのです。
もともと豆腐は傷みやすい食材。余った分を無駄にせず、長持ちさせる手段として油で揚げる方法が生まれたとされます。精進料理の文脈で、肉の代用として豆腐を揚げたことに端を発するという説もあります。どうやら厚揚げと油揚げは、同じ根っこから枝分かれした兄弟のような存在なのかもしれません。
その黄金色の表面は、高温の油とのせめぎ合いで生まれた芸術品。外は香ばしく、内側はふわりと柔らかい。その食感のコントラストが、煮物や炒め物、焼き物まで、実にさまざまな料理に活躍する秘密です。
この先のセクションでは、厚揚げの意外なルーツから地域色豊かな食べ方、現代の食卓での進化形までを巡ります。
中国発祥か、日本生まれか?起源をめぐる多声
厚揚げの出自を辿ると、まるで三角測量のように、三つの異なる物語が浮かび上がってきます。
まず、日本の台所事情から自然発生したとする実用的な見方。豆腐専門メディア「TofuMondo」は、豆腐の余りを無駄にせず、保存性を高めるために油で揚げたのが始まりだと伝えています。食品ロスを嫌う合理的な精神から生まれた、というわけです。
これに対し、ぐっと時代を遡るのが室町時代。民俗学の連載「ガルニア」が語るのは、精進料理を営む僧侶たちの創意です。肉を口にできない彼らが、豆腐をより肉に近づけようと油で揚げ、重石で水分を抜く――そんな試行錯誤の果てに厚揚げが誕生したというのです。寺院の静かな厨で、僧が衣をたくし上げて鍋に向かう姿が目に浮かぶようです。
一方、海を渡った中国の百科事典『百度百科』には、厚揚げの項目がきちんと存在します。大豆を磨砕し成型し揚げるという製法が記され、あたかも中国古来の食品であるかのような扱い。この記載は、厚揚げの源流が大陸にあり、日本へ伝わった可能性を暗に示唆していると受け取る向きもあります。ただし百度百科の説明に起源を明言する記述はなく、あくまで料理の定義にとどまる点には注意が必要です。
こう並べてみると、どれか一つが正史と決めつけるのは難しい。あるいは、似たような発想が別々の地でほぼ同時に芽生えたのかもしれません。私が面白く感じるのは、同じ一丁の揚げ豆腐にこれだけ多彩な来歴がまとわりついていること自体です。歴史のベールの向こう側で、複数の真実が静かに共存している。それもまた、厚揚げの深みなのでしょう。
『豆腐百珍』が記録した江戸の厚揚げ
天明2年(1782年)、『豆腐百珍』という一冊の料理書が刊行されました。その中に「油煤豆腐(あぶらすすりどうふ)」の名で登場するのが、いま私たちが厚揚げと呼ぶ品の、日本最古の文献記録とされています。油で揚げて表面を変えた豆腐が、江戸の料理文化のなかでどう捉えられていたのか。その一端をこの書物から垣間見ることができるのです。
もっとも、油揚げそのものの起源はさらに古く、精進料理の文脈で肉の代用として豆腐を揚げたことに端を発するという説があります。室町時代には僧侶たちが工夫を凝らしていたと伝えられ、そこから長い時間をかけて庶民の味へと広がっていきました。『豆腐百珍』が刊行された江戸中期は、まさにそうした食の技術と嗜好が結晶化した時期にあたるわけですね。
福井県文書館が公開する資料からは、江戸時代における福井の油揚げ事情も浮かび上がってきます。当時の記録によれば、この地では油揚げが日常の食卓に溶け込んでいた様子がうかがえ、単なる寺院発祥の食品にとどまらない、地域の生活文化としての姿が見えてきます。『豆腐百珍』が編まれたのと同じ時代、全国各地で豆腐加工品の在り方が少しずつ違ったかたちで育まれていたのでしょう。
1782年という具体的な刊行年が示すのは、厚揚げという料理が単なる調理の一結果ではなく、記録に値する一品として認識され始めた節目です。文献のうえでは「油煤豆腐」と素朴に名指されたこの食品が、やがて厚揚げと呼ばれ、煮物や炒め物の主役へと変貌していく。その出発点を押さえておくことは、現代の食卓により深い文脈を与えてくれます。
表面はカリっと、中はふわり—二重構造を生む揚げの技
表面はカリっと、中はふわり——厚揚げの代名詞とも言えるこの二重構造が、どうやって生まれるかご存じですか。
肝心なのは油との距離感。日本の厚揚げ、あるいは「生揚げ」は、豆腐の表面だけをさっと揚げます。ある資料では「中が豆腐の状態を保つように、外側だけを揚げたもの」とその性格を言い切る。つまり、火が中まで入らないうちに引き上げ、内部をしっとりと保つ。だからこそ、噛んだときの驚きが生まれるわけです。
ところが百度百科を参照すると、中国での厚揚げは大豆を磨砕・成型後、油で揚げて内部に網目状の組織を形成する。色は黄金色で、押せばぷるんと跳ね返す弾力が特徴。指で押してもすぐ戻り、独特の腰がある。表面のカリッと感こそ似ていても、こちらはまるで台所のスポンジのように無数の気泡が連なった構造。対照的ですね。
この違いを生むのが、油温と揚げ時間の組み合わせです。表面だけを短時間で揚げる日本の方法では、豆腐表面のタンパク質が瞬間的に固まって膜を作り、内部の水分は蒸気として閉じ込められます。中心は豆腐さながらの柔らかさ。一方、もう少し熱をかけ続ければ、蒸気の膨張でタンパク質同士が結びつき、細かい孔のつながった網目構造ができあがる。温度管理の妙が、二つの顔を生むのです。
実際、煮物でふっくらと戻った厚揚げを噛むと、表面の薄い膜がパリッと破れ、続いて中のジュワッと広がる大豆の旨み。この短い間合いが、焼き目と柔らかさの同時体験を約束する。火加減を味方にした、豆腐の変身術。技法のわずかな差が、口の中でこんなドラマを起こすのです。数秒の差がものを言う世界です。高温でごく短時間だけ油に浸せば、表面は薄い琥珀の膜、内部はそのまま生豆腐。ほんの少し長く、温度を下げ目にして揚げれば、膜は分厚くなり、中心までほのかに熱が伝わって、とろりとした食感が生まれる。油の温度と豆腐の水分、その駆け引きの結果として、皿の上の厚揚げは多彩な表情を見せてくれるのです。
関西の「生揚げ」、関東の「厚揚げ」—呼び名が映す食文化
同じ食材でも土地が違えば呼び名が変わる。日本の台所でおなじみの厚揚げは、まさにその好例です。関東では「厚揚げ」、関西では「生揚げ」。この呼称の隔たりは、単なる言葉の趣味ではなく、調理の考え方と深く結びついています。
関西の生揚げは、油で揚げる時間を短めにし、内部に豆腐のなめらかさを残す傾向があります。そのため、出汁をたっぷり含ませる煮物に使うと、口の中でとろけるような味わいになるのが魅力。対する関東の厚揚げは、表面をしっかり揚げて香ばしさを強調し、焼き物やおでんなど、素材の歯ごたえを活かす料理と相性が良いようです。こうした違いは、それぞれの食文化が生んだ自然なすみわけなのでしょう。
ところが、地域の呼称はさらに多様性をはらんでいます。例えば福井県では、厚揚げのことを「あぶらげ」と呼ぶことがあります。通常「あぶらげ」といえば薄い油揚げを指しますが、福井では反対に分厚い揚げ豆腐をそう表します。初めて耳にするととまどいますが、地元ではごく当たり前の言葉。食の風景は、こうした小さな発見の連続です。
一方、中国でも豆腐を揚げた食品は広く親しまれ、百度百科にはその製法が記されています。大豆を磨砕し、成型後に揚げて黄金色に仕上げる工程は日本と共通です。内部に生まれる細かな空洞が、調味料の染み込みやすさを高めている点も似ています。ただ、国土が広いせいか、北と南では厚みや合わせる味つけに違いがあると考えられます。
TofuMondoの『厚揚げの物語』でも、その誕生が豆腐の保存性を高める知恵から生まれたと語られていますが、こうして各地で独自の名前と使い方を獲得してきた背景には、人々の食への適応力が感じられます。一枚の揚げ豆腐の向こうに、無数の食卓が見え隠れするのです。
焼いてよし、煮てよし—現代の食卓での厚揚げ
スーパーの棚に並ぶ厚揚げを手に取ると、今日は焼こうか、それとも煮ようかと迷ってしまう。日本の家庭料理にとって、厚揚げはそれほどまでに頼れる食材なのです。福井県にある岸田食品は、そんな厚揚げを支える老舗のひとつ。県産大豆「里のほほえみ」を中心に使用し、一晩かけて戻した大豆を蒸気釜で炊き、おからを除いた豆乳ににがりを打ち込む伝統製法を今に伝えています。こうして丁寧に作られた厚揚げは、焼いても崩れにくく、外はカリっと、中はふっくらとした食感。焼き網にのせれば、香ばしさがいっそう引き立ちます。地元では「福井名物」として親しまれ、焼いたときの香ばしさが評判を呼んでいるのです。
一方で、厚揚げの可能性は国境を軽々と越えます。料理家・鈴木珠美さんが紹介する「カリカリ厚揚げのベトナム風」は、まさにその好例。厚揚げとお好みの野菜をカラリと素揚げし、熱いうちにニョクマムベースのたれにさっと漬け込みます。厚揚げがたれをぐんぐん吸って、噛むたびにジュワッと旨みが広がる。ベトナムの家庭で親しまれる豆腐料理が、厚揚げひとつで我が家の定番に変わってしまうのです。試しに一口運べば、カリカリの衣の向こうから厚揚げ特有のなめらかさが顔を出し、ナンプラーの香りがふんわりと鼻腔をくすぐる。普段の厚揚げが、まるで異国の風をまとう一皿に変わる瞬間に、思わず箸が止まらなくなりました。白いご飯にのせれば、箸が止まらないおかずの完成です。伝統の技と新しい風。その交差点に、厚揚げの現在地があります。
一枚の厚揚げに広がる食の物語
こうして厚揚げの来歴を眺めてみると、一枚の揚げ豆腐の背後に幾筋もの物語が静かに息づいているのが見えてきます。豆腐の余りを無駄にしない工夫から生まれたという説もあれば、室町時代に僧侶が肉の代用品をより肉らしく仕立てようと油で揚げたのが始まりだという伝承もあります。どちらか一方が真実というより、必要と創意が折り重なって今の姿へと結晶したのでしょう。
多様な起源説が併存すること自体、この食材の懐の深さを物語っているように思うのです。一つの正解に回収されない豊かさ。それが厚揚げなのだ、と。
中国で黄金色の網目状に揚げられる厚揚げと、日本の出汁を含ませて煮る厚揚げ。似て非なる二つの表情は、同じ大豆をルーツにしながら、それぞれの土地で独自の食文化と結びついてきた道のりを映し出しています。一枚の厚揚げは、単なる食材の枠を超えた、歴史と文化の小さな交差点なのかもしれません。
























