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はじめに
こんにちは。シェフレピの池田です。今回は、「オレキエッテ」についてお話していきたいと思います。オレキエッテ(Orecchiette)は、その名の通り「小さな耳」を意味するイタリアのショートパスタです。南イタリア・プーリア州を代表するこのパスタは、親指で押して作る独特の形状が特徴的で、くぼみがソースを絡めとる絶妙な構造になっています。本記事では、オレキエッテの知られざる歴史から、その特徴的な形状の秘密、そして相性抜群の食材との組み合わせまで、この魅力的なパスタについて詳しく解説していきます。
シェフレピでの撮影で訪れた京都のイタリア料理店、Cantina Arco(カンティーナ アルコ)、清水シェフが作ったオレキエッテを口にした時、その素朴な見た目からは想像できないほど奥深い味わいに驚きました。特にブロッコリーのソースとの相性は、シンプルながらも忘れられない美味しさでした。
小さな耳が語る物語:オレキエッテの正体
オレキエッテは、硬質小麦(デュラム小麦)の粉と水、塩だけで作られるシンプルなパスタで、小さな白いドームのような形をしています。中央部分が薄く、縁が厚めになっているのが特徴で、この独特の形状がソースとの絶妙な一体感を生み出します。
地元のターラントでは、今でも「chiancarelle(小石)」や「recchted(小さい耳)」という愛称で呼ばれることもあります。表面がざらっとした質感のものもあれば、つるりとしたものもあり、それぞれに異なる食感を楽しめるのも魅力の一つです。
ドーム型でないものは「ストラシナーティ(strascinati)」として知られており、これもまた独特の食感を持っています。どちらのタイプも、そのもちもちとした食感と、ソースをしっかりと受け止める形状が特徴的です。

意外な起源:フランスからイタリアへの旅路
オレキエッテの起源については、実は意外な説があります。一般的にはプーリア州の伝統パスタとして知られていますが、その起源はフランスのプロヴァンス地方にある可能性が高いとされています。
中世のプロヴァンス地方では、南フランスの硬質小麦を使用した厚い円盤状のパスタを作っていました。親指で押して中央をへこませる製法は、乾燥を促進し、飢饉への備蓄や長期航海の保存食として重宝されていたのです。
その後、13世紀にプロヴァンス伯の家系でもあったアンジュー家が南イタリアを支配するようになると、このパスタ作りの技術がバジリカータ州とプーリア州全土に広まったと考えられています。
他にも、プーリア料理の著名な研究者ルイージ・サーダ教授は、12〜13世紀のノルマン系スエビ族の支配下にあったサンニカンドロ・ディ・バーリが起源だとする説を唱えています。さらに興味深いことに、中東のヘブライ料理の影響を受けている可能性も指摘されています。
耳型が生み出す食感の秘密
オレキエッテの最大の特徴は、なんといってもその独特な形状にあります。小さな耳のような形は単なる見た目の可愛らしさだけでなく、機能的な意味を持っています。
中央部分が薄く、縁が厚めになっているこの構造により、茹で上がりに絶妙な食感の違いが生まれます。中央部分はやわらかく、縁の部分はしっかりとした歯ごたえを残す。この食感のコントラストが、一口ごとに異なる楽しみを与えてくれるのです。
また、くぼみの部分がソースや具材をしっかりとキャッチする役割を果たします。特に、細かく刻んだ野菜やチーズ、オイルベースのソースとの相性は抜群です。まるで小さなスプーンのように、一つ一つがソースを抱え込んでくれるのです。
表面のざらつきも重要な要素です。手打ちで作られた伝統的なオレキエッテは、表面に微細な凹凸があり、これがソースとの絡みをさらに良くしています。
地域で異なる個性:オレキエッテの多様性
プーリア州内でも、地域によってオレキエッテには様々なバリエーションが存在します。
チステルニーノでは、若干精製した軟質小麦の粉を使用し、一般的なオレキエッテよりも大きめに作られます。内部が深く、より外耳に似た形状から「Recch’ d’privt(司祭の耳)」と呼ばれています。農民の祭典では、ウサギのラグーと合わせるのが伝統的です。
サレント半島では、トマトソースに羊乳のリコッタ・フォルテ(強いリコッタチーズ)を加えた濃厚な味わいのソースと合わせることが多く、肉団子やブラショーレ(肉の煮込み)を加えることもあります。
興味深いことに、中華料理にも「猫耳朵(マオアールトゥオ)」と呼ばれる、オレキエッテに似た形状の麺があります。こちらは蒸してソースを添えたり、スープ麺として調理されたりと、調理法は異なりますが、形状の類似性は偶然の一致とは思えないほどです。
ブロッコリーとの黄金コンビ:定番の組み合わせ
オレキエッテといえば、ブロッコリーとの組み合わせが最も有名です。この組み合わせは、単なる偶然ではなく、理にかなった相性の良さがあります。
伝統的な調理法では、ブロッコリーを長時間柔らかく茹で、木べらなどで軽く潰します。こうすることで、ブロッコリーがソース状になり、オレキエッテのくぼみにぴったりと絡みつくのです。ペンネなど他のショートパスタでも代用できますが、オレキエッテの形状と厚みの口当たりが、ブロッコリーと最も相性が良いとされています。
地域特有のレシピでは、チーマ・ディ・ラーパ(カブの芽、野沢菜に似た葉菜)を使用することもあります。ほろ苦い野菜の風味が、オレキエッテのもちもちとした食感と見事に調和します。
オリーブオイル、にんにく、唐辛子というシンプルな味付けが、素材の味を引き立てます。アンチョビを加えることで、より深みのある味わいになることも。まさに南イタリアの太陽と大地の恵みを感じる一皿です。

伝統の手仕事:オレキエッテの作り方
伝統的なオレキエッテ作りは、まさに職人技です。硬質小麦の粉に水と塩を加えて練り上げた生地を、細い棒状に伸ばし、小さく切り分けます。
そして、ここからが腕の見せ所。小さな生地の塊を、親指でぐっと押しながら手前に引きます。すると、生地が親指の形に沿って、くるりと反り返り、小さな耳のような形になるのです。熟練した主婦たちは、驚くほどのスピードで次々とオレキエッテを作り上げていきます。
この手作業による製法は、機械では再現できない独特の食感を生み出します。一つ一つ微妙に形が異なるのも、手作りならではの魅力。不揃いだからこそ、ソースとの絡み方にも変化が生まれ、食べるたびに異なる楽しみがあるのです。
現在では乾燥パスタとしても広く流通していますが、プーリア州の家庭では今でも手打ちで作ることが多く、その技術は母から娘へと受け継がれています。

まとめ
オレキエッテは、その愛らしい「小さな耳」の形に秘められた、奥深い歴史と文化を持つパスタです。フランスのプロヴァンス地方から南イタリアへと伝わり、プーリア州で独自の発展を遂げたこのパスタは、シンプルな材料から生まれる豊かな味わいで、今も多くの人々を魅了し続けています。
特徴的な形状が生み出す独特の食感、ソースとの絶妙な一体感、そして何より、ブロッコリーとの黄金コンビネーション。これらすべてが、オレキエッテを特別なパスタにしています。
機会があれば、ぜひ本場プーリア州で手打ちのオレキエッテを味わってみてください。きっと、その素朴ながらも奥深い味わいに、南イタリアの豊かな食文化を感じることができるはずです。
さいごに
シェフレピでは、京都のイタリア料理店、Cantina Arco(カンティーナ アルコ)の清水シェフによる、「オレキエッテのサルシッチャとブロッコリーのソース」のレッスンを公開しております!清水シェフが実際にイタリアのマンマに教わった本場の味わいを、ぜひこの機会にチェックしてみてください!