🏠 » シェフレピマガジン » 食材図鑑 » フェンネルとは?古代から愛される「魚のハーブ」の魅力

フェンネルとは?古代から愛される「魚のハーブ」の魅力

この記事を読むのに必要な時間は約 9 分です。

はじめに

フェンネルという名前を聞いて、どんなイメージが浮かぶでしょうか?

セリ科の多年草であるフェンネルは、日本では「茴香(ウイキョウ)」、フランスでは「フヌイユ」、イタリアでは「フィノッキオ」と呼ばれ、地中海沿岸を原産とする香り高い香味野菜です。その甘くスパイシーな芳香は、アニスやディルに似ていながらも独特の個性を持ち、「魚のハーブ」という愛称で親しまれています。葉も茎も種子も、すべてが料理に活用できる万能さが魅力です。

数千年前から人類が栽培してきた最古のハーブの一つであり、古代ギリシャやローマの時代から食用・薬用として重宝されてきました。日本には平安時代に中国を経由して伝来し、生薬として利用されてきた歴史があります。

初めてフェンネルの香りを嗅いだとき、私はその甘さと爽やかさが混ざり合った複雑な芳香に驚きました。一度嗅いだら忘れられない、そんな印象的な香りなんです。この記事では、フェンネルの起源から特徴、料理での活用法まで、その魅力を余すところなくお伝えしていきます。

糸のように繊細な葉を持つ地中海のハーブ

フェンネルは、草丈1〜2メートルにも達する多年草で、鮮やかな黄緑色の全草が目を引きます。

最大の特徴は、その繊細な葉の形状です。2〜3回羽状複葉と呼ばれる構造で、葉片が糸状に細かく分かれており、全体の長さは40センチメートル以上にもなります。まるでレースのような美しさですね。茎は円柱状で中空、成長すると筋が立つようになり、密生して枝分かれします。

夏(7〜8月)になると、茎の先端に黄色い小花が傘のように広がる複散形花序を形成します。20〜50もの小花が集まって咲く様子は、まさに黄色い花火のよう。花にはかすかにアニスのような芳香が漂います。

秋には7〜10ミリメートル程度の長楕円形をした麦粒状の果実をつけます。緑がかった茶褐色で、黒褐色と淡色のくっきりした筋が特徴的です。この果実こそが、スパイスとして広く利用される「フェンネルシード」なのです。

外見はディルに非常によく似ていますが、フェンネルは耐寒性の多年草である点が異なります。ただし、両者は交雑しやすく、近くに植えると香味が薄くなってしまうため、栽培時には注意が必要です。

古代ギリシャから続く数千年の物語

フェンネルの歴史は、人類の文明と共に歩んできたと言っても過言ではありません。

地中海沿岸が原産地とされ、数千年前から栽培されている最古のハーブの一つです。古代ギリシャでは「マラトン」と呼ばれ、「細くなる」という意味の言葉に由来していました。人々は空腹を抑えるためにフェンネルを食べていたといいます。古代ローマ人は野菜として食べ、胃腸の働きを整え、視力をよくする力があるとされていました。ローマ軍の戦士たちも携帯していたという記録が残っています。

ローマ軍の遠征によって、フェンネルはヨーロッパ全土へと広まっていきました。ローマのパン職人は、パンに風味を加えるために、パン生地の下にフェンネルの葉を置いてパンを焼いたそうです。なんとも香り豊かなパンだったでしょうね。

中世ヨーロッパでは、村人が夏至祭の前夜に、災いや魔物から家を守る目的で、他のハーブと一緒に戸口に吊るしていました。また、虫を追い払うためにも用いられていたといいます。ピューリタン(清教徒)は「礼拝の種」と呼んで、長い礼拝の合間によくフェンネルの種子を噛んでおり、カトリック教徒も断食日の間の空腹を紛らわすために種子を食べていました。

1657年、植物学者のウィリアム・コールズは、著書の中で「フェンネルでつくったジュースやスープを肥満患者に食事で与えると、その患者はやせて細くなる」と言及しています。古くから、フェンネルは食欲調整に関わるハーブとして認識されていたのですね。

中国へは西方から伝えられ、さらに日本へ渡来したとみられています。日本には平安時代に中国から伝来し、『和名類聚抄』(10世紀)に出てくる「クレノオモ」がウイキョウの古名とされています。江戸時代の日本では、食用での利用は不明ですが、薬用としてかなり広く栽培されていたようです。

甘くスパイシーな香りの秘密

フェンネルの最大の魅力は、何と言ってもその独特の芳香です。

種子を乾燥した状態では、アニスやスターアニス(八角)に似た甘い香り、若干の苦み、樟脳(しょうのう)のような香味があります。ディルシードとよく似た香りですが、フェンネルの方がより甘く繊細な香りを持っています。この香りの主成分は「アネトール」という成分で、精油の50〜60%を占めています。

興味深いのは、「フェンコン」という成分の含有量によって芳香感が大きく変わることです。フェンコンが多いと甘みが弱くなって苦味が強くなります。

葉や茎にも同様の芳香があり、生の状態では特に爽やかさが際立ちます。この香りを活かして、石鹸や化粧品にも用いられているんです。

中国植物名の「茴香」は、腐った魚に使うと香りが回復するから名づけられたといわれています。まさに「魚のハーブ」という愛称にふさわしい由来ですね。和名「ウイキョウ」は、日本に伝わったときに「茴」を唐音で「ウイ」、「香」を漢音で「キョウ」と読んで名付けられたとする説があります。

変種と地域ごとの個性

フェンネルには、いくつかの変種や香りが似たスパイスが存在し、それぞれに特徴があります。

最も有名な変種が「フローレンスフェンネル」(イタリーウイキョウ、アマウイキョウ)です。イタリア南部原産で、一年草として栽培されます。高さは60〜100センチメートル程度で、葉柄の根元が球根のように白く太っているのが特徴です。この肥大した株元は400〜800グラムの球を形成し、野菜として育てられています。

フローレンスフェンネルは、通常のフェンネルのような強い辛味はなく、アニスやセロリに似た味がします。独特の甘みと芳香があって、スライスしてサラダにしたり、茹でたものをマリネにしたり、煮込み料理にも使われます。

「ブロンズフェンネル」は、耐寒性の多年草で、草丈1.5〜2.1メートル、左右には45センチメートルほど広がります。夏に黄色い小花を散形花序に咲かせ、花後によい香りの種子ができます。

香りが似たスパイスとしては、セイヨウウイキョウ(アニス)、ヒメウイキョウ(キャラウェイ)などの同じセリ科のハーブがあります。また、ダイウイキョウ(スターアニス、八角)は、中国南部やベトナム北部、台湾に自生するシキミ科の植物で、フェンネルとは植物分類上は異なりますが、同じくアネトールを含有するため香りがよく似ており、芳香性健胃薬や香辛料として利用されています。

フランス、ドイツ、イタリア、ブルガリア、エジプト、アメリカなど、世界各地で広く栽培されています。日本では半野生化したものがありますが、香辛料野菜としての栽培はほとんど見られません。

葉も茎も種子も、すべてが料理の主役に

フェンネルの素晴らしいところは、植物全体を余すところなく料理に活用できる点です。

主に種子を香辛料として利用しますが、ヨーロッパでは生の茎葉も料理に利用します。若い葉および果実は、甘い香りと苦みが特徴で、消化促進・消臭に効果を有し、香辛料や香料として食用、薬用、化粧品用などに古くから用いられてきました。

種子(フェンネルシード)の活用法

粉砕した果実を水蒸気蒸留して精油を採取します。収率は4〜7%程度とされ、リキュール、ベルモットなどのお酒に利用されます。カレーのスパイスとしても欠かせない存在で、特にインド料理では食後の口直しとして生の種子を噛む習慣があります。

葉と茎の活用法

生の葉は、その繊細な見た目と爽やかな香りを活かして、サラダやマリネに添えると華やかさが増します。魚料理との相性は抜群で、白身魚のソテーやグリルに添えるだけで、一気にレストランの味わいに。

フェンネルの株と茎を使ったスープも絶品です。にんにくのスパイシーな香りとフェンネルの甘い香りが絶妙にマッチし、ベーコンの旨味が溶け込んだ香り豊かなスープは、心も体も温めてくれます。

フローレンスフェンネルの株元

肥大した株元は、スライスしてサラダに、茹でてマリネに、煮込み料理にと、野菜として幅広く活用できます。独特の甘みと芳香があって、食欲増進や消化不良、健胃作用があるといわれています。

魚の香りを回復させたり、お酒、お菓子、石鹸などにも用いられています。野菜としては、葉を食べる品種と、肥大した茎を食べる品種があるんです。

家庭でも育てられる栽培のコツ

フェンネルは、土壌に対する適応性が広く、比較的育てやすいハーブです。

種まきと育苗

種まきは春から初夏にかけて行い、初夏から晩秋にかけて収穫する「春まき」が基本ですが、「秋まき」でも育てられます。育苗ポットで苗を育ててから定植してもよいでしょう。種をまいたら薄く覆土して鎮圧します。種まき後の温度を20℃程に保つと、10〜14日ほどで発芽します。

夜間の気温が5℃を下回らなくなったら、新しく耕した場所に直まきすると、14〜20日ほどで発芽します。土壌は、温かい日なたで水はけの良い肥沃な土地が良く、土の栄養分が不足して乾燥した状態で育てていると苦くなってしまいます。鉢植えにしても、水はけの良い赤玉土などにすればよく育ちます。

発芽したら間引きながら育て、最終的に株間を30センチメートル程度にあけます。草丈が20センチメートルくらいになったら、追肥と土寄せを行いましょう。

収穫のタイミング

葉を目的に収穫する場合には花が咲く前に行い、花が咲きはじめたら花を摘み取るようにします。株が大きくなったら、先端15〜20センチメートルくらいを随時収穫して葉を利用します。株元の鱗茎が大きくなったら、根元から切って収穫します。

果実を収穫する場合、8〜10月の果期に果実の表面が緑色から黄色に変わって縦縞の線が現れてきた果穂から、順次切り取って収穫します。収穫後の果穂は天日でよく乾燥させてから脱穀して、果実(種子)だけを採取します。1年目の収穫量は少ないですが、2年目以降は増えて3〜5年目が収穫量の最盛期になります。

栽培上の注意点

フェンネルはべと病にかかりやすく、悪くすると腐ってしまうため、じめじめした気候から守る必要があります。果実が褐色に着色し始めるころに、ナガメという害虫が発生することがあります。

最も重要なのは、近縁のディルと交雑しやすく、雑種化すると質が劣化して香味が薄くなってしまうので、互いに近くに植えないように管理することです。また、コリアンダーを近くに植えていると、フェンネルの香りが悪くなってしまいます。

冬は地上部が枯れますが、根株は耐寒性が強く冷涼地でも越冬することができます。耐暑性もあり、夏の暑さにも問題になることはあまりありません。良い香りを持続させるためには、3〜4年に一度は移植すると良いといわれています。

まとめ

フェンネルは、地中海沿岸を原産とし、数千年前から人類が栽培してきた最古のハーブの一つです。古代ギリシャやローマの時代から食用・薬用として重宝され、ローマ軍の遠征によってヨーロッパ全土へと広まりました。日本には平安時代に中国を経由して伝来し、「茴香(ウイキョウ)」という名で生薬として利用されてきました。

その最大の魅力は、アニスに似た甘くスパイシーな芳香です。主成分のアネトールが精油の50〜60%を占め、「魚のハーブ」という愛称で親しまれています。葉も茎も種子も、すべてが料理に活用できる万能さが特徴で、特に魚料理との相性は抜群です。

フローレンスフェンネルという変種は、肥大した株元を野菜として食べることができ、サラダやマリネ、煮込み料理に幅広く活用されています。世界各地で栽培されており、フランス、ドイツ、イタリア、ブルガリア、エジプト、アメリカなどが主産地です。

家庭でも比較的育てやすく、土壌に対する適応性が広いのも魅力です。ただし、ディルやコリアンダーとは近くに植えないように注意が必要です。

フェンネルの香りと味わいは、一度体験すると忘れられないものです。あなたもぜひ、この古代から愛され続けるハーブの魅力を、料理を通じて体験してみてはいかがでしょうか?

🏠 » シェフレピマガジン » 食材図鑑 » フェンネルとは?古代から愛される「魚のハーブ」の魅力