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h.b.|枯朽
期間限定・都内某所で開催してる間借りレストラン「枯朽」で、一見日本料理にも見える無国籍な料理でゲストを魅了するh.b.シェフ。かと思えばシェフレピでは、東南アジア風の料理や本格的なネパール料理のレシピを提供する幅広い料理スタイルが魅力のh.b.シェフの料理のルーツにあるのは、じつはフランス料理です。
そんなフランス料理人h.b.シェフが満を持して”本業”のフランス料理特集で登場するにあたって作るのは、13世紀末にはすでにレシピがあるほど歴史の古い料理である「鶏肉のフリカッセ」です。
h.b.シェフ自らが書いたnoteの記事「料理の上達方法」のなかで「自分の好きな料理」として異常なまでに掘り下げてもいる料理でもあるフリカッセは、じつは駆け出しの料理人時代の思い出の料理でもありました。
まかないで作ってコテンパン言われた苦い思い出
高校を卒業後、調理師専門学校に通っていたh.b.シェフは、卒業後に就職する予定の一つ星のフランス料理店に、アルバイトとして在学中に入社します。そのレストランでは、新しく入った料理人は、入社後すぐに「まかない」を作る決まりがありました。h.b.シェフも、その伝統通りまかないを作ることを命じられることになります。
そのメニューが「鶏肉のフリカッセ」でした。「食材は準備しておくので、フリカッセを勉強してきなさい」と言われた通り、レシピを勉強して当日をむかえます。入社、1週間も経っていない時期です。
「まかないといえば『あまりもので作る』を作るというようなイメージだったので、それくらいの軽い気持ちで挑んだら、まったく違ったんです。ずっとシェフが横につきっきりで料理をして、指導され続けながら作るんです。『なぜ右手で持っているのか。左手で持った方が効率良くないか』とか『今、右に一歩動いたのはなぜか』といったようなことからすごく細かく。『なぜその工程を先にしたのか』という質問に、『教科書にはこう書いてあったんで』と僕は答えるんですが、『本当にそうなのか、よく考えてみろ』と言われる。もちろん料理が出来あがってからの味にもだめで、最後まで食べてもらえなかったんです。ものすごくショックを受けて最初のまかないの日を終えました」
じつは、勤めていたレストランのシェフは、「一緒に働くプロのシェフやサービススタッフがおいしいといわない料理でどうやってゲストを喜ばせるのか」という考えから、まかないを大事にするシェフでした。
そのことを知らぬまま”洗礼”を受けたh.b.シェフは、ひどく落ち込んだといいます。その悔しさをバネにもう一度「鶏肉のフリカッセ」という料理はどんなものかを考え、2、3日後に「もう一度、フリカッセを作らせてください」とシェフに直談判します。しかし、再チャレンジしたものの、再び細かい指導を受ける、そんなことを繰り返していました。
そのたびに「おいしく作るためにはどうしたらいいか」と、専門学校の図書館に通って古い文献を読み漁り、自宅で何度も試作をしてまかない作りに挑む日々。「この時は、フリカッセのことしか考えていなかった」とh.b.さんは苦笑いをして振り返るほど。5、6度繰り返してようやくシェフから「良いんじゃないか」と合格の言葉をもらったといいます。
「すべてに理由をもつこと」を植え付けられた
「フリカッセのことをいろいろな文献で調べていくと、本によって書かれていることが違うんですよね。何が正しいのかはわからないなかで、仮説をもって自分のレシピを作っていく。シェフが『教科書を鵜呑みにするな』という理由も、そうやっていくことで理解できました。そう考えると、まかない作りを通じて『すべてに理由をもつ』ということを学んだと思います。それは味付けのことだけでなく、包丁を持つ姿勢や、厨房内での歩き方、道具の扱い方など、一つひとつの判断を考えて、理由をもつことが大事だということ。それは今も変わらず僕の中にある料理観ですね。ただ、それと同じようなことを若い人にさせたいとは思いませんが(笑)」
h.b.シェフの最初のまかないは、鶏のフリカッセでしたが、他の同僚は同じく白い煮込みの「ブランケット」といった料理になることもありました。どちらにも共通する焦げ色をつけない白い煮込みは、調理の丁寧さとうま味の適切な引き出し方、とろみ付けの方法などフランス料理の基本的な技術が詰まった料理であるといえます。
「料理は逆算が大事だと思っています。煮込みの濃度もそうですし、食材の火通しや付け合わせの準備など、フリカッセにはフランス料理らしいポイントがあったんじゃないかと思います。フリカッセやブランケットが作れたら、グラタンやカレーといったルーを使った煮込み料理はひと通りできるようになるんですよ」
実際、フリカッセを作れるようになったh.b.シェフは、フリカッセで得たものを派生させるようにさまざまなまかないメニューを作ってシェフにアピールしていったといいます。
塩味に苦しんだ結果、うま味と香りを強く出すことに
厳しかったレストラン時代が現在のh.b.シェフの料理の根底にありながらも、その後のさまざまな経験によって変化を続けています。そのひとつが「塩味」です。
コース料理を出すレストランでは、全体のポーション(盛り付ける量)が1品で注文するより小さい分、最初のひと口でおいしさを感じさせる必要がありますほかにも、ワインを一緒に飲んでもらうことも考えると、全体的にコースでは塩味が強くなる傾向にあります。
とくにh.b.シェフが勤めていたレストランは、シェフの好みもあって、ギリギリまで塩味を”攻めていく”味つけだったこともあり、レストランを離れた後もその塩味のクセがなかなか抜けなかったといいます。
「東京に来てビストロのシェフになったときにも、スタッフに試食を食べてもらうと『塩辛い』といわれたんです。塩が利いてないとうま味がぼやけてしまうという今も変わらない考え方ですが、それでも塩を減らすことを同時に考えていくのも必要です。そこで意識したのが、塩を減らしてもしっかりとした『うま味』と『香り』があれば十分おいしくできるということ。今回のフリカッセのレシピでも、その点は試行錯誤してありますね」
今回のレシピは、ソースのベースになるうま味をどう作るテーマにといえます。たとえば本来のフリカッセは、焼き色をしっかりつけてうま味と出す「茶色い煮込み」ではなく「白い煮込み」ですので、最初に鍋で鶏肉や鶏ガラ、野菜を色づくまで焼くことはありません。
しかし、h.b.シェフのレシピでは、「白い煮込み」の定義を崩すことのないギリギリのラインまで焼き色をつけることでうま味を出しています。さらに、とった鶏の出汁をしっかり煮詰めて凝縮させ「しっかりとしたうま味」を生み出しています。
「フリカッセは『白い煮込み』といわれていますが、トマトを使ったフリカッセやキノコのフリカッセもある。揚げるという意味の『frire』と壊すという意味の『casser』の合成語だという説もあるほどで、白であることに、一番の条件にする必要もないんじゃないかと思うんです」
香りの面でも、鶏の出汁を完成させる直前に、セロリの葉を手でもんでから香りを移すように加える方法も、複雑な香りを生み出すことに一役買っています。
「僕にとっては、青春時代のちょっと苦い思い出の料理ではあるのですが、確実に今までの料理人人生のなかで、『おいしく作るためにはどうしたらいいんだろうと一番真剣に考えた初めての料理』であると思います。だからすごく愛着があるし、レシピについても今の時点で最適なものになっていると思います。ちなみに、”今の時期”というのは、この先さらに良くするために変えるかもしれないという意味です(笑)」
h.b.シェフ自身を作ったともいえる思い出が詰まった「鶏肉のフリカッセ」を作ってみると、いたるところにh.b.シェフの「おいしくなってほしい」という思いが見えてきます。
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ちなみにh.b.シェフの”まかない物語”には後日談があります。2年ほど経ったころにはシェフに認められて、週3日間のまかない担当になります。まかない用の財布をh.b.シェフは渡され「そのお金のなかで自由にまかないと作っていい」といわれるようになりました。
「お金の使い方、管理、買い物の仕方を実践的に教えたかったんだ、と後にシェフから聞きました。その頃には、自分にも下のスタッフがついて、もちろんそのころでもシェフから指導を受けるのですが、前のように全スタッフの前で注意されるのではなく、2人きりの時に注意を受けていました。人を指導する立場になるように指導してもらえていたんだと思います」
h.b.●エイチ・ビー
福岡県生まれ。高校卒業後、大阪の調理師専門学校に入学。卒業後は大阪市内のミシュラン一つ星のフランス料理店に勤務し、フランス料理から料理人の基礎を学ぶ。その後、東京に移り、ビストロで料理長兼店長を務めた。現在は独立準備のかたわら、間借りレストラン「枯朽」で料理を作り続けている。
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