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思った通りに包丁が切れると料理がうまくなったように感じるんです

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研ぎ師|村上 翼

プロの料理人や料理好きの一般人の包丁を預かり、刃を研いで返却する。元中国料理人というキャリアを活かした村上翼さんは、副業として始めた包丁研ぎにニーズを感じているといいます。

僕の完全な肌感覚なのですが、料理人は全員包丁研ぎに困っていると思うんです(笑)。料理人は意外ときちんと包丁研ぎを習ったことがなくて、何が正解かわからず困っている。僕には、その正解を決められる経験があると思っています

Twitterでは「つばお」の名で包丁研ぎについての情報発信をしながら、DMで依頼を受けた料理人の包丁を預かって砥ぐほか、都内のビストロのすべてのステーキナイフ(24本)を定期的に預かって研いでいるともいいます。一般の人からは、「使っていない包丁を送ってもいいですか?」という連絡もあります。

この前は、錆びて切れなくなった包丁の依頼もありましたが、きちんと砥いでお返ししました。1本でいくらというよりは、状態をみてどういった工程が必要かを見極めて見積もりをお伝えして、それでよければ研ぎをするというようなことをしています

普段は一般職で働いている村上さんは、仕事が終わり、家族が寝静まった夜に台所で、一人黙々と包丁を研いでいるそうです。

切れる包丁を使うと料理がうまくなったように感じる

村上さんは、高校卒業後、大学に合格し進学を考えていましたが、「早く社会に出たい」とアルバイトで中国料理店に入社、その後その店に就職します。もともと、強く料理人になりたいとは思っていなかったそうですが、小学生の頃から料理を作ることは好きで、中学生になるとパスタのレシピ本を見ながら料理を作ってまわりの人に食べてもらっていたといいます。

中国料理店では、1年から2年は洗い場にいましたが、その後、少しずつ調理の仕事が増えていきます。

調理に入るようになると、包丁を持っていない自分は、店にある共用の包丁を使うことになるんです。これがまったく切れない。切れないから砥ごうとするんですが、めんどくさがって上司が砥ぎ方を教えてくれない。それなら自分用の包丁を買おう思ったんです

向かったのは東京・築地にある杉本包丁。そこで包丁を購入し、見よう見まねで砥いで使ってみると、ネギが驚くほどよく切れ、ショウガのみじん切りもきれいにできたといいます。

料理がうまくなったように感じて、切れる包丁を使うのが楽しくなったんです。おそらく、自分が思った通りに切れるのがうれしかったんだと思います。そこから調理の仕事が楽しくなっていきました

道具による快適さ」を感じ、仕事に対するモチベーションが上がったという村上さん。それ以来、包丁を研ぐことの大切さを強く感じるようになったといいます。

包丁研ぎは、ロマンのかたまりです

カットされた肉や魚、野菜のほか、惣菜や冷凍食品の品質の向上などから、「包丁で切る」機会が減ってきました。日本刀の精錬技術とともに発展した研ぎの文化は、少しずつ忘れられ、今は「誰もきちんと教えてくれない」「家に砥石はあるけど使い方がわからない」という人が多くなっています。

包丁が多少切れなくても料理は作れるし、ハサミを使った調理もある。切れる包丁を使う意味がわかりづらくなっているなかで、包丁を研ぐとはどんなことなのでしょうか。

僕は、包丁を無理にでも使ってほしいというわけではなくて、料理を仕事にしていたり、趣味で作っていたりする人には、切れる包丁を使うと確実に料理が今より楽しくなるということを伝えたいんです。もしかしたら、切れている包丁を使ったことがない人にとっては、『楽しめていない』という自覚すらないかもしれない。それは、自分に重りをつけて生活をしているようなもの。その重りをとった方が動きやすいですよというのを伝えたいですね

また、包丁研ぐこと自体は趣味性が高く、それ自体を楽しめるとも村上さんはいいます。

包丁を研いでいると落ち着きますよ。硯(すずり)で墨を磨っているような感覚で、余計なことを考えずに済むんです。瞑想に近いかもしれません(笑)

村上さんが砥いでいても、余計な考え事や急ぐ気持ちがあると指を切ってしまうこともあります。さらに思い通りに砥げたときの「やった」という喜びも他と代え難いともいいます。

今回の『包丁の砥ぎ方と砥石の手入れの方法』では、1000番の砥石を使いましたが、それ以上に目が細かい砥石を使って鏡のように仕上げてみようとしたり、天然砥石を使ってあえて曇らせて仕上げようとしたり、包丁研ぎは、ロマンのかたまりだなと思います

包丁研ぎは料理する人の心を整える

包丁を選ぶのは、形で選んでいい」「切れると楽しい」というように、村上さんはあくまで包丁は料理を作るための道具であって、道具よりも、作っている時の心を大切にしていることが、動画の中の語り口から感じとることができます。

元料理人ですが、自分の料理がそんなにめちゃくちゃおいしいとは思っていません。それはプロとして仕事をしていたのに『謙遜しちゃって』といわれるかもしれませんが、それでも料理人でいられたのは、僕はどちらかといったら相手を想像しながら料理をしていたからだと思います。相手の話を聞いて何が食べたいのか、どんな味付けを求めているのか想像する。誰かと食べる場、食卓を意識をしています

食べる側になっても感謝しながら食べていると村上さん。「料理上手」とは、その想像力がある人のことではないかといいます。

『上手』は、相手から評価されているということだと思うので、作る人と食べる人との関係ありきだと思う。極端な話、カップラーメンでも愛があればオッケーなんです。相手に満足してもらうことであれば技術自体は必要ないんです

しかしながら、「僕自身もそうですが、その時々の心理状況で、いつでも相手に思いやりをもっていられるわけではないんです」と村上さん。そんなときに、「道具」が助けてくれることがあります。

持つと気分がよくなるデザインの包丁」「思った通りに切れる包丁」「気持ちを落ち着かせる研ぎ」など、包丁研ぎを知れば思いやりを”取り戻して“料理が作れるようになるのではないでしょうか。切れる包丁と包丁研ぎには、料理する人の心を整える効果がありそうです。

村上 翼●むらかみ・つばさ
東京都出身。高校卒業後、中国料理店に入り飲食業界へ。以来、都内数店の中国料理店に勤める。包丁研ぎに出会ったのは、店の共用の包丁があまりにも切れず、独学で学び研ぎ始めたことによる。コロナ禍を機に、飲食業界を離れたが、副業として包丁研ぎの仕事を始める。現在は、飲食業従事者、一般とわず包丁を預かって包丁研ぎを行うほか、飲食店で扱うステーキナイフの砥ぎを行うなど、幅広く研ぎの需要に応えている。
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連載「料理上手になるには」は、シェフレピでレッスンを監修しているシェフたちに、味付けや調理の上手さだけではない、日々の暮らしのなかで心地よい食生活を送っている“料理上手”な人たちについて話してもらう連載企画です。

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