この記事を読むのに必要な時間は約 7 分です。

Table of Contents
はじめに
サルティンボッカ。イタリア語で「口に飛び込む」という意味を持つこの料理は、ローマを代表する郷土料理として知られています。仔牛肉に生ハムとセージを重ね、バターと白ワインで仕上げるシンプルな一品ですが、その味わいは驚くほど奥深いものです。短時間で作れる手軽さと、思わず頬が緩む美味しさから、レストランでも家庭でも頻繁に登場する定番料理となっています。
この記事では、サルティンボッカの起源や歴史、その特徴、そして本場イタリアで受け継がれる調理法について詳しく解説していきます。
初めてこの料理を知った時、私は「口に飛び込む」という名前のユニークさに惹かれました。実際に食べてみると、生ハムの塩気と仔牛肉の柔らかさ、セージの爽やかな香りが三位一体となって、確かに口の中に飛び込んでくるような感覚を覚えたものです。あの瞬間の驚きは、今でも忘れられません。
「口に飛び込む」料理の正体
サルティンボッカ(saltimbocca)は、仔牛肉に生ハム、そしてセージの葉を重ねて焼き上げたイタリア料理です。「salti(ジャンプ)」と「bocca(口)」を組み合わせたこの名前には、いくつかの由来があると言われています。
一つは、あまりの美味しさに料理が口に飛び込んでくるようだから。もう一つは、短時間で簡単に作れるため、パッと口に放り込めるから。どちらの説も、この料理の本質を見事に表現していますね。
主な材料は非常にシンプルです。仔牛肉の薄切り、生ハム(プロシュット)、そしてフレッシュなセージの葉。これらを爪楊枝で留め、オリーブオイルとバターで焼き上げます。生ハムの塩味が強いため、肉自体への下味は控えめで十分。むしろ、素材の味を活かすことが重要なのです。
調理時間はわずか数分。脂身の少ない仔牛肉に、生ハムの脂とバターが加わることで、パサつきを防ぎながらジューシーに仕上がります。白ワインを加えて作るソースは、バターと乳化させることでとろみのある仕上がりに。
この料理の魅力は、シンプルながらも計算し尽くされた組み合わせにあると言えるでしょう。
ブレシア生まれ、ローマ育ちの名品
サルティンボッカの起源については、実は正確には分かっていません。しかし、最も有力な説として、イタリア北部のブレシア(ブレッシャ)で生まれたとされています。
19世紀後半になると、この料理はイタリアの他の地方へと広まっていきました。さらにギリシャ、スイス、スペインなどの近隣諸国にも伝わり、地中海料理の一つとして認知されるようになります。
興味深いのは、イタリア各地に広まる過程で、首都ローマがこの料理を最も積極的に取り入れたという点です。現在では「ローマ風サルティンボッカ(saltimbocca alla romana)」と呼ばれ、ローマを代表する料理の一つとして確固たる地位を築いています。
ブレシアで生まれ、ローマで育った。そう考えると、この料理の歴史にもドラマを感じませんか?
ローマのトラットリアやリストランテでは、今でも定番メニューとして提供され続けています。地元の人々にとっては、日常的に楽しむ家庭料理でもあり、特別な日のご馳走でもある。そんな二面性を持つ料理なのです。
三つの素材が織りなす絶妙なハーモニー
サルティンボッカの最大の特徴は、わずか三つの主要素材が生み出す味わいの深さにあります。
まず、仔牛肉。柔らかく繊細な味わいを持つ仔牛肉は、脂身が少ないためヘルシーですが、その分パサつきやすいという特性があります。薄くスライスすることで、短時間で火が通り、柔らかさを保つことができるのです。
次に、生ハム。イタリア産のプロシュットが理想的ですが、その塩味と旨味が仔牛肉に深みを与えます。生ハムの脂が肉に染み込むことで、ジューシーさも増すという仕組みです。焼きすぎると硬くなるため、火加減には注意が必要ですね。
そして、セージ。このハーブの爽やかで少しほろ苦い香りが、肉と生ハムの濃厚さを引き締めます。フレッシュなセージを使うのが本来の作り方ですが、手に入りにくい場合はバジルで代用することもあるようです。ただ、セージ特有の香りこそがこの料理の個性を決定づけていると言えるでしょう。
調理法もシンプルそのもの。肉を叩いて薄く伸ばし、セージの葉をのせ、生ハムで包んで爪楊枝で留める。フライパンにオリーブオイルとバターを熱し、両面をサッと焼く。白ワインを加えて煮詰め、バターと乳化させたソースをかければ完成です。
地域ごとに異なる個性
イタリア料理の面白さは、地域によって同じ料理でも作り方が微妙に異なる点にあります。サルティンボッカも例外ではありません。
ローマ風では、バターとオリーブオイルを使い、白ワインで仕上げるのが基本です。ソースはバターと白ワインを乳化させたシンプルなもので、素材の味を最大限に引き出します。
一方、マルケ州では、バターの代わりに小麦粉を使うという興味深いバリエーションがあります。小麦粉をまぶすことで、肉の表面に軽い衣ができ、食感に変化が生まれるのです。
また、使用する肉も地域や家庭によって異なります。本来は仔牛肉ですが、鶏むね肉や豚ヒレ肉など、脂身の少ない肉で代用することも一般的です。要は、パサつきやすい肉に生ハムやバターで脂を補うという発想が根底にあるわけですね。
付け合わせも様々です。マッシュポテト、温野菜、きのこのソテーなど、季節や好みに応じて選ばれます。秋にはポルチーニ茸を添えることもあり、季節感を楽しむイタリア料理らしい一面が見られます。
仔牛肉、生ハム、セージの三重奏
サルティンボッカに使われる材料は、驚くほどシンプルです。しかし、それぞれの素材が持つ役割は明確で、どれ一つ欠けても成立しない絶妙なバランスが保たれています。
仔牛肉は、この料理の主役です。もも肉の薄切りを使用するのが一般的で、厚さは2〜3mm程度。肉叩きで軽く叩いて伸ばすことで、より柔らかく仕上がります。仔牛肉特有の繊細な味わいが、他の素材を引き立てるのです。
生ハムは、塩味と旨味の供給源。イタリア産のプロシュット・クルードが理想的ですが、パルマハムやサンダニエーレハムなど、質の良い生ハムを選ぶことが重要です。生ハムから出る塩分があるため、肉への下味は通常の半量程度で十分。この塩梅が、料理全体の味を決めると言っても過言ではありません。
セージは、香りの要。フレッシュなセージの葉を1〜2枚使用します。セージの爽やかでほろ苦い香りが、肉と生ハムの濃厚さを引き締め、味わいに奥行きを与えます。乾燥セージでも代用可能ですが、フレッシュなものの方が香り高く仕上がりますね。
その他の材料としては、オリーブオイル、バター、白ワイン、塩、黒胡椒が必要です。白ワインは辛口のものを選び、ソースに深みを加えます。バターは最後に加えることで、ソースにとろみとコクを与える役割を果たします。
これらの素材が一体となって、「口に飛び込む」美味しさを生み出すのです。
本場ローマの調理法を紐解く
サルティンボッカの調理法は、驚くほどシンプルです。しかし、シンプルだからこそ、一つ一つの工程が重要になります。
まず、仔牛肉の薄切りを用意します。厚さが均一でない場合は、肉叩きで軽く叩いて2〜3mmの厚さに伸ばしましょう。この工程が、柔らかい仕上がりの鍵となります。
次に、肉の上にフレッシュなセージの葉を1〜2枚のせます。その上から生ハムを被せ、全体を包み込むようにします。生ハムがずれないよう、爪楊枝で留めるのがポイントです。この時、生ハムを外側にすることで、焼いた時に香ばしさが増します。
フライパンにオリーブオイルとバターを熱し、生ハム側を下にして肉を入れます。中火で1〜2分、生ハムがカリッとするまで焼きましょう。裏返して反対側も同様に焼きます。肉と生ハムは焼きすぎると硬くなるため、火加減には注意が必要です。
両面が焼けたら、白ワインを加えます。アルコールを飛ばしながら、木ベラで混ぜつつ手早く煮詰めます。水分が足りない場合は、少量の水を加えても構いません。
最後に、バターをひとかけ加え、ソースと乳化させます。とろみのあるソースができたら完成です。生ハムから塩分が出るため、基本的に塩は加えなくても大丈夫ですが、味見をして物足りなければ調整しましょう。
皿に盛り付け、フライパンに残ったソースをかければ、本場ローマのサルティンボッカの出来上がりです。
調理時間はわずか10分程度。まさに「口に飛び込む」ような手軽さですね。
まとめ
サルティンボッカは、「口に飛び込む」という名前の通り、シンプルながらも計算し尽くされた美味しさを持つローマの郷土料理です。ブレシアで生まれ、ローマで愛され続けてきたこの料理は、仔牛肉、生ハム、セージという三つの素材が織りなす絶妙なハーモニーが魅力です。
短時間で作れる手軽さと、素材の味を活かしたシンプルな調理法は、イタリア料理の真髄を体現していると言えるでしょう。地域によって微妙に異なるバリエーションも、この料理の奥深さを物語っています。
家庭でも比較的簡単に再現できるサルティンボッカ。質の良い生ハムとフレッシュなセージを用意すれば、あなたの食卓にもローマの風が吹き込むはずです。
この料理の魅力は、食べてみなければ分かりません。ぜひ一度、その「口に飛び込む」美味しさを体験してみてください。






















