🏠 » シェフレピマガジン » シェフインタビュー » ネパール料理は、フランス料理の “おいしくする技術” が通用しない?!

ネパール料理は、フランス料理の “おいしくする技術” が通用しない?!

この記事を読むのに必要な時間は約 6 分です。

h.b.|枯朽


伝統的なフランス料理をルーツに持ちながら、インドやネパールといったニューワールドな料理を積極的に取り入れて、オリジナリティあふれる世界観の料理が話題の料理人、h.b.シェフ。店舗をもたないフリーランス料理人ではありますが、不定期で開催するイベントは、告知したとたんに満席になる人気ぶりです。

過去に2度シェフレピにレシピを提供し、「米沢豚のトムセップ風」(2021年4月)ではタイ料理を、「スパイスをまぶした鴨ムネ肉のエギュイエット 焼きリンゴとゴボウのチップス」(2021年6月)ではフランス料理の技法を使ったスパイス料理で、楽しませてくれました。

3度目の登場になるアジア料理特集では、なんとネパール料理のレシピを考案しています。シェフレピの”準レギュラー”ともいえるh.b.シェフに、今回のレシピに込めた想い、そしてネパール料理のおもしろさについて聞きました。

ゆっくりちまちま食べても良い”ゆるさ”が魅力のカジャ

フランス料理人の僕に『ネパール料理をお願いします』というのもおもしろい話ですよね。やるなら、フレンチとネパール料理を合わせた料理よりは、おもいっきりリアルなネパール料理をやりたいなと思いました

都内でも少しずつネパール料理店は話題になっており、「ダルバート」と呼ばれる豆(ダル)のスープと白米、数種類のおかずが日本の定食セットのようにまとまったプレートも知られるようになりました。h.b.シェフは、「せっかくやるならダルバート以外にもネパール料理の食文化があることを知ってもらいたい」と、「カジャ」を再現するレシピを提供してくれました。

カジャ」とは、白飯や雑穀入りのそばがきを主食にした食事を意味する「カナ」以外の食事のこと(ちなみにダルバートはカナに含まれます)。本来カジャは、朝昼晩の食事以外にも、お茶や茶菓子、小腹を満たすための小食までもさしていますが、今回は、炊いた米を平らに潰して干した「チウラ」を主食にして7種類の料理を一緒に盛り付け、夜の食事としてゆっくりと楽しめるようになっています。

カジャもカナも、日本の焼き魚定食みたいにやさしいもの。僕が一番はまったダルバートがそうなんですけど、ごはんと味噌汁と焼き魚みたいな感じで、お米があって豆のスープと、タルカリ(おかず)とかサーグ(野菜の和え物)みたいな料理がちょんちょんちょんってある。たまに日本の漬物みたいにアチャールのような箸休めもあったりします」とh.b.シェフ。

しかも使ってるスパイスは少なく、あまり激しさもない。とくに今回のカジャは、アラミニッツ(出来たて)で盛り付けよりも、作り置きして常温で盛り付けていくものばかり。料理の初心者にとっては、複数のパーツを同時に温めて、冷めないうちに急いで盛り付ける作業に焦ってしまいがちですが、そんな心配も今回のレシピにはありません。

急いで盛り付けなくていいということは、急いで食べなくてもいいってことなんです。だからゆっくりちまちまお酒飲んで食べていられる。そういう意味でもカジャっていい文化、なんか面白いなって思います

シェフレピのお客様は「シェフの色」を求めている

カジャをフランス料理人の僕がおいしくしようとすると、たとえば、もうちょっとソースはソースであった方がいいなとか、肉があれだけ味があったらソースとの相性が悪くなるなとか、多分そういうことを考えると思うんです。付け合わせにするなら、アクセントが必要だなとか。だけど、今回はリアルなネパール料理に、ちゃんと寄せていこうと思っていたので、そのままをやろうと。そうしたらこんな品数(7種類)になってしまいました(笑)

基本的には、ネパールの食材を調理する際のオーソドックスな技術、揚げたり、煮たり、焼いたり、茹でたりといった調理法を忠実に再現しているとh.b.シェフはいいます。そんななかでも、ラム肉のフレンチラックの火入れでは、リソレして(表面を焼いて)から湯煎する真空調理的な手法を取り入れて再現性を高めたり、「」を燻して香りをまとわせるユニークな工程などが含まれています。

シェフレピで僕の料理を作ってSNSにアップしてくださっているのを毎回嬉しく拝見しています。もちろん僕以外のシェフの料理もたくさんアップされているのも見ていて、お客様は、調理の再現性と、それぞれのシェフの色を求めてるんだな、というのを感じました。それなら、再現性についてはしっかり追求しながら、僕っぽさを出していったほうが、お客様に喜んでもらえるのかなと。変にアレンジしたものじゃなくて、がっつりとネパール料理にしたのも、『間借り』という期間限定でやっているレストランでも牧草を使って香り付けしていることなので、今回の『藁』は、”僕っぽさ”かなと思っています

際立たせたい素材が中心にあるのは
フランス料理に似ている

インド北東部に接するネパールは、「インド・ネパール料理」という看板があるように、日本では混同して理解していることが多いといえます(ネパールに生まれた釈迦は、インドの王子と言われることが多いように)。もちろん長い歴史のなかでインドと同じ文化を共有している部分もありますが、たとえばネパール北部に接する中国の影響も大きく受けているのも事実です。

つまり、ネパールにはネパールの文化がある。スパイス使いや料理のアプローチは、インド料理よりもネパール料理の方が洗練されているとh.b.シェフは感じているといいます。

日本だと、『何十種類のスパイスを使った』とか『何時間も煮込みました』ということがスパイス料理の価値になっていると思うんですが、ネパール料理にはそういったものが少ないんですね。今回も、フェネグリーク、アジョワンというスパイスを多用したように、使うスパイスの数は少なく使い方もシンプル。そのなかで作る人が際立たせたい素材をベースに持っていくのがネパール料理らしさかなと思います

際立たせたい素材を決めて、それに向かって料理を構成していく手法は、h.b.シェフのルーツにあるフランス料理的ともいえそうです。一方で、マスタードオイルでフェネグリークを焦がすまでテンパリング(油で加熱して香りを立たせる)するような使い方は、フランス料理人からすると絶対に考えつかない方法だといいます。

焦がすというのは、『失敗』なんです。だけどネパールでは焦がすことが普通。『そういう世界もあるのか』と最初は戸惑いましたが、その新しさにワクワクするんですよ。タマネギもかなり茶色くなるまで炒めているんですけど、西洋料理をきちんとやってきた人ほど「えっ?!」って思うはずです。でも、そこまでやるからこそ出せる味があるんですよね。たぶん、きれいに炒めたりすると、もっとふわっとした感じになっちゃう。そういう目指すところの違いが調理の違いを生むということは、ぜひ学んで、感じてみて欲しいですね

フランス料理にある”おいしくするための工夫”がかえって、悪手になることもあるとh.b.シェフ。だからこそ「郷に入りては郷に従え」の気持ちで、ネパール料理の決まりや、やり方を守ったレシピにしたといます。リアルなネパール料理で、食の世界の広さに思いをはせてみることこそh.b.シェフのミールキットの最大の楽しみ方かもしれません。

h.b.●エイチ・ビー
福岡県生まれ。高校卒業後、大阪の調理師専門学校に入学。卒業後は大阪市内のミシュラン一つ星のフランス料理店に勤務し、フランス料理から料理人の基礎を学ぶ。その後、東京に移り、ビストロで料理長兼店長を務めた。現在は独立準備のかたわら、間借りレストラン「枯朽」で料理を作り続けている。
Twitter:https://twitter.com/fuji_no_hana1
Instagram:https://www.instagram.com/haricot.blanc/

🏠 » シェフレピマガジン » シェフインタビュー » ネパール料理は、フランス料理の “おいしくする技術” が通用しない?!