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ひとつの食材を極めようとするのはスペイン料理らしい

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清水和博|エチョラ

バスク地方とは、イベリア半島北部のピレネー山脈西端に位置し、スペインとフランス両国にまがる地域をさします。古来、バスク語を話すバスク人たちによって独自の文化が醸成され、その食文化も特異的です。とくにサン・セバスチャンやビルバオなどがあるスペイン・バスク地方は、世界中の美食家たちが憧れる美食の地としても知られています。

大阪・本町から靭公園に向かう途中にあるスペイン料理店「エチョラ」は、そのバスク地方に特化したスパニッシュ・レストランです。シェフの清水和博さんは、10代でスペイン料理に憧れて料理人を目指し、今でも年に1度、1カ月間はスペインに渡りバスクのレストランに研修に入っては、現地の料理を学び続けています。

バスクに惚れ込んだ清水シェフだからこそ、エチョラで出す料理は創作ではない、「バスクで実際に出てくるような料理」であることを目指しているといいます。

スペインでは生活に密着した食材である塩鱈

今回、レシピを提案した塩ダラとピーマンの煮込み「アホアリエロ」も、バスク料理を勉強すると必ず出てくる代表的な料理で、バスクのバルではピンチョス(少量小皿の料理)、バルよりも高級な星付きレストランではアホアリエロをソースに仕立てたような料理として出す店もあります。

それは、スペインでは「バカラオ」と呼ばれる塩ダラが、バスク地方の生活に密着した食材であることが関係しているといいます。

バスクの街には、肉屋や魚屋と同じように塩ダラ屋があるんです。そこには、今回のレシピで使ったようなほぐし身の『ミガス』と呼ばれる塩ダラもあれば、フィレやハラミといった部位ごとに塩漬けされたものから、煮込みや焼き用、水で戻したものなどが売られています。最近では、バスク州の中心都市であるビルバオにいくと、ブティックのようにおしゃれな塩ダラ専門店もあったりします。さまざまな塩ダラが美しくディスプレイされていて、アホアリエロなどの総菜も売られていたりしているんですよ

塩鱈ダラは、スペインの隣国、ポルトガルでも一般的な食材ですが、スペインの方が圧倒的にレシピの数が多いといいます。なかでもバスク地方のほか、スペイン北部の地域カタルーニャ地方にも塩ダラを使った料理が多く、それ以外の地方にも多くの塩ダラ料理があります。実際、清水シェフがスペインで古い料理を調べていたら、スペイン人ですらまったく知らないようなレシピが出てきたりするといいます。

アホアリエロとともにバスクでよく見かける塩ダラ料理に『ピルピル』があります。オリーブオイルとニンニクを炒めていく際に塩ダラから出てきた水分とゼラチンを乳化させてソースにする料理です。これもまたおいしいんですよ。ほかにも卵の衣でピカタのようにして揚げる料理もあります。シェフレピを機に、塩ダラに興味をもって使ってもらえたらうれしいです

多様な品種のピーマンがバスクにある

今回のアホアリエロのレシピでは、清水シェフが研修先で作ったり、さまざまな店で食べてきて学んだ基本的な調理工程を活かしながら、自分なりに構築していったレシピだといいます。

アホアリエロの定義を考えると、ピーマンやトマトを使わないアホアリエロもありますが、バスクでは塩鱈とニンニク、トマト、ピーマンが入っている必要があると思っています。さらにトマトは少なめでピーマンを使う量が多いのは特徴ですね。うま味が強いトマトは、ソースにしておくと味が決めやすいのでついつい量を入れてしまうのですが、今回のレシピでもトマトソースは味の補填と考えて量は少なくして、ピーマンで味を決めているのが自分なりのバスクらしさです

ピーマンも塩鱈と同じように、バスクらしい食材です。たとえば、今回使った緑ピーマンを考えても、地域ごとに品種があり、バスク地方のエスプレット村のピーマンは A.O.C.(原産地呼称統制)の認証を受けた「ピマンデスペレット A.O.C.」があるなど、地域のブランド野菜になっているものもあります。

ピーマンは、煮ても食べるし、焼いても食べる。焼いたピーマンをパンにのせて食べるだけでもおいしいんですよね。バスクでは、揚げ焼きが多いですかね。そのままピンチョスとして出てきたり、焼いた肉に添えて出てきたりします。初めてバスクに行ったときに万願寺とうがらしのような大きなピーマンが市場で山のように積まれて売っていたのを見て驚いたのを今でも覚えています

レシピでは、緑ピーマンを香味野菜として使っただけでなく、乾燥赤パプリカ(パプリカは、カラーピーマンの一種)の「チェリセロ」のペーストをうま味調味料のようにして使ったり、加熱すると甘味が出る赤ピーマンの「ピキージョ」(缶詰)も使うなど、品種の特徴にあわせて使いわけています。

緑ピーマンを切って炒めるのも、レシピに書くとただそれだけなのですが、じつはその通りに“ちゃんと作っちゃいけない”んです。僕自身、フランス料理を学んでからスペイン料理に入ったので、レシピ通りにちゃんときれいに切って、きれいに炒めて作るのですが、そうするとどうもバスクで食べた味にならないんです。野菜の切り方とかいい意味で雑なんですよ。僕なんて現地で働いていて『丁寧すぎる』といわれたこともあるくらいです(笑)。動画でも説明していますが、バスクでは炒めるのは焦がすところまでいくんです。そこがバスクらしいし、スペインらしいところ。そこを理解したうえで作業を丁寧にやる。“丁寧に焦がす”ということが大事だと思っています

馴染みのないバスク料理だからこそ現地のように作る

今回のレシピに登場する塩鱈やピーマンのように、1つの食材を掘り下げていくような探究心がスペイン料理にはあるといいます。鱈やピーマンの他にも、豚や鮪(ツナ)は同様に“探究対象”になっている食材です。

スペインといえば豚の生ハムと思い浮かべるかたも多いと思いますし、ほかにもシャルキュトリにしたりして、豚のすべての部位をそれぞれに調理・加工して食べることはよく知られていると思います。じつは、鮪もそう。鮪好きの日本人でもびっくりするくらい、スペイン人は鮪の部位をよく知っていて、尾は煮込みにして、背肉はマリネ。大トロや中トロといったおいしい部分は、オイル煮にして缶詰にします。『缶詰なんてもったいない』と感じるかもしれませんが、星付きの高級レストランでは、その缶詰がそのまま使われているくらい、高いんですがめちゃくちゃおいしいんです

このように、バスク料理の話を清水シェフから聞いていると、日本人にとってはまだまだ未知の存在であることに気づかされます。

6年前の2015年にエチョラのシェフになった当初、大阪では、バスク料理をほとんどのお客様は知らなかったと思います。そのなかで、僕たちが大事にしたのは、変に日本風にアレンジしたり、わかりやすく名前を変えたり、盛り付けを変えたりするのではなく、現地にある通りにやったことです。『バスクでこういう風に出しています』『今は、こんな料理が現地で流行っているんですよ』というようなスタンスがいいと思っています

今回、レストラン風のアレンジとしてヨーロッパの高級食材である「オマール海老」を一緒に煮込んだのも、バスクのレストランで実際にある仕立てだったからと清水シェフはいいます。

バスクで当たり前のように出ている料理を、当たり前にしていきたい」という清水シェフのレシピで、“バスク料理の初体験”をしてみませんか。

清水和博●しみず・かずひろ
1989年、兵庫県生まれ。中学時代に、「エル・ブジ」のフェラン・アドリア氏をテレビで知り、スペイン料理に興味を持つ。調理科のある高校に進学し、卒業後は大阪の無国籍料理の「KIHACHI」で料理の基礎を学ぶ。2014年にスペインバル「ガストロテカ ビメンディ」のシェフに就任。翌2015年にはバスク料理のレストラン「エチョラ」のシェフになる。毎年スペイン・バスクの星付きレストランやワイナリーで1カ月程度研修を繰り返し、バスクの味を追求する。

エチョラ オフィシャルサイト Instagram
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