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はじめに
こんにちは。シェフレピの池田です。今回は、「ブイヤベース」についてお話していきたいと思います。
ブイヤベースという名前を聞いて、皆さんはどんな料理を思い浮かべるでしょうか?南フランスの港町マルセイユで生まれたこの魚介スープは、世界三大スープの一つに数えられることもある、まさに海の恵みを凝縮した一品です。サフランの黄金色に染まったスープから立ち上る芳醇な香り、そして新鮮な魚介類がもたらす深い旨味は、一度味わえば忘れられない体験となるでしょう。
実はブイヤベースは、私にとっても特別な料理のひとつです。渋谷にあるセルリアンタワー東急ホテルで修行をしていた頃、ブイヤベースがスペシャリテのひとつだったのです。初めは魚の下処理などを担当していましたが、次第に関わらせてもらえる仕込みが増え、数年後にはブイヤベース作りを全て任せてもらえるようになりました。「やってみなさい」とシェフに言われた時の感動は、今でもはっきりと覚えています。
漁師たちの知恵が生んだ黄金のスープ
ブイヤベースは、フランス料理の中でも特に地域性の強い料理として知られています。その発祥地は、地中海に面した港町マルセイユ。もともとは漁師たちが、商品価値のない魚を自家消費するために大鍋で煮込んだ素朴な料理でした。見た目が悪かったり、毒針があって危険だったりする魚たちを、無駄にすることなく美味しく食べる工夫から生まれたのです。
17世紀に新大陸からトマトが伝来すると、この料理にも取り入れられるようになりました。そして19世紀、マルセイユが観光地として発展すると、多くのレストランがこの地元料理を看板メニューとして洗練させていきました。漁師の素朴な料理は、こうして世界に誇る高級料理へと進化を遂げたのです。
売り物にならない魚から生まれた極上の味わい
ブイヤベースの原点は、実に質素なものでした。漁師たちが水揚げした魚の中で、商品として売れない魚を集めて作る「まかない料理」だったのです。しかし、この一見価値のない魚たちこそが、ブイヤベースに独特の深い味わいをもたらす重要な要素となりました。
カサゴやホウボウ、アンコウなど、見た目は決して美しくない魚たちですが、実は出汁を取るには最適な魚種ばかり。これらの魚から出る濃厚な旨味が、ブイヤベースの味の土台を作り上げているのです。まさに「捨てる神あれば拾う神あり」といったところでしょうか。
時代とともに、この料理は次第に洗練されていきました。サフランやフェンネルといった香辛料が加わり、調理法も複雑になっていきます。しかし、その根底にある「海の恵みを余すことなく活かす」という精神は、今も変わることなく受け継がれています。
サフランが織りなす黄金色の魔法
ブイヤベースを特徴づける最も重要な要素の一つが、サフランです。世界で最も高価なスパイスの一つが、スープに美しい黄金色と独特の芳香をもたらします。サフランの香りは、まるで地中海の太陽を思わせるような、温かく華やかなもの。この香りこそが、ブイヤベースを単なる魚介スープから特別な一品へと昇華させているのです。
また、トマトの酸味が全体の味を引き締め、ガーリックやフェンネルなどの香味野菜が複雑な風味を生み出します。これらの要素が絶妙に組み合わさることで、ブイヤベース特有の奥深い味わいが完成するのです。
マルセイユが守る伝統の味
興味深いことに、マルセイユには「ブイヤベース憲章」というものが存在します。これは、本物のブイヤベースを守るために制定された、いわば料理の憲法のようなもの。憲章によると、本格的なブイヤベースには、カサゴ、ホウボウ、マトウダイ、アンコウなど、特定の魚種のうち少なくとも4種類が入っていなければならないとされています。
さらに驚くべきことに、鯛やヒラメ、タコ、イカなどは使用してはいけないという規定まであるのです。これらの魚介類は日本では高級食材として扱われますが、伝統的なブイヤベースには適さないとされているのです。なんとも興味深い話ではありませんか?
しかし一方で、各レストランや家庭にはそれぞれ独自のレシピがあり、どれが「正統派」なのかという議論は今も続いています。この議論の熱さこそが、ブイヤベースがいかに愛されている料理かを物語っているのかもしれません。
地中海の恵みが詰まった贅沢な具材
伝統的なブイヤベースに使われる魚介類は、実に多彩です。主役となるのは、カサゴ類、ホウボウ、マトウダイ、アンコウなど。これらの魚は、見た目こそ地味ですが、素晴らしい出汁を出してくれる優等生たちです。
オプションとして、イセエビやセミエビを加えることもあります。これらの甲殻類が加わると、スープの旨味がさらに深まり、より豪華な一品となります。
野菜や香辛料も重要な役割を果たします。タマネギ、ジャガイモ、トマトといった基本的な野菜に加え、フェンネル、パセリなどのハーブ類、そしてもちろんサフランとガーリック。これらすべてが調和することで、ブイヤベースの複雑で奥深い味わいが生まれるのです。
受け継がれる伝統の調理法
本格的なブイヤベースの調理法は、実に繊細で手間のかかるものです。まず、鍋にオリーブオイルを引き、セロリ、タマネギ、フェンネルなどの香味野菜を炒めます。この工程で野菜の甘みと香りを引き出すことが、美味しいブイヤベースの第一歩となります。
次に、数種類の白身魚やエビ、貝類を加えます。ここで重要なのは、魚介類を入れる順番。火の通りやすさを考慮して、適切なタイミングで加えていく必要があります。トマトやジャガイモ、白ワインなどを加えて煮込み、最後にサフランやハーブ類で風味付けをします。
伝統的な供し方も独特です。いったん魚を鍋から取り出し、スープと別の大皿に盛って客のテーブルに運びます。まずスープを先に供して風味を楽しませ、その後で魚を客の目の前で切り分けるのです。この演出も、ブイヤベースを特別な料理にしている要素の一つと言えるでしょう。
仕上げには、ルイユと呼ばれるニンニクとサフラン風味のソースや、アイオリソース、クルトンを添えます。これらの付け合わせが、さらに味わいに深みを加えてくれるのです。
まとめ
ブイヤベースは、単なる魚介スープではありません。それは、地中海の恵みと、それを大切に活かそうとする人々の知恵が生み出した、まさに食文化の結晶なのです。
漁師たちの素朴な料理から始まり、時代とともに洗練されていったこの料理は、今や世界的に愛される名品となっています。世界三大スープの一つに数えられることもあるほど、その評価は高く、実際に世界三大スープについては諸説あり、ブイヤベース、トムヤムクン、フカヒレスープ、そしてボルシチを含めた4つが挙げられることも多いのです。いずれにせよ、ブイヤベースが世界を代表するスープの一つであることに変わりはありません。
サフランの黄金色に染まったスープ、新鮮な魚介類の旨味、そして伝統に裏打ちされた調理法。これらすべてが調和することで、ブイヤベースという特別な一皿が完成するのです。マルセイユの「ブイヤベース憲章」に見られるように、伝統を守ろうとする情熱と、各家庭やレストランが持つ独自のレシピへのこだわり。この両方が存在することこそが、ブイヤベースという料理の豊かさを物語っています。
次にブイヤベースを味わう機会があれば、ぜひその背景にある歴史と文化、そして作り手の想いも一緒に味わってみてください。きっと、より深い感動を得られることでしょう。
さいごに
シェフレピでは、カメキチの亀井シェフによる「ブイヤベース」のレッスンを公開しております!実際にお店でも大人気のメニューを、家庭でも作りやすいレシピでご紹介。
ぜひこの機会にチェックしてみてください!