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はじめに
こんにちは。シェフレピの池田です。今回は、「ソフリット」についてお話ししていきたいと思います。イタリア料理の基礎となるこの香味ベースは、実は私たちが普段口にしている多くの洋食の”隠れた主役”なのです。パスタソースの深みのある味わい、リゾットの豊かな香り、煮込み料理のコクのある旨味――これらすべての背後には、ソフリットの存在があります。
イタリアの家庭料理を学んでいたとき、どの料理も必ずと言っていいほど「まずソフリットから」と始まることに驚きました。それは単なる野菜炒めではなく、料理全体の味の土台を作る、まさに”魔法の一手”だったのです。
イタリア料理の土台:ソフリットという名の香味ベース
ソフリットとは、イタリア語で「soffritto」と書き、「軽く炒める」という意味の動詞「soffriggere」から派生した言葉です。基本的には玉ねぎ、にんじん、セロリの3つの野菜を細かく刻み、オリーブオイルでじっくりと炒めたものを指します。
この組み合わせ、実は黄金比があるんです。一般的には玉ねぎ2:にんじん1:セロリ1の割合で作られることが多いですが、料理によって微妙に調整されます。例えば、魚料理には玉ねぎを多めに、肉料理にはセロリを効かせる――そんな使い分けも、イタリアのマンマたちの知恵なんですね。
フランス料理のミルポワ、スペイン料理のソフレジ(ソフリト)、アメリカ南部料理のホーリー・トリニティ。世界中に似たような香味ベースが存在することを考えると、これは人類が長い歴史の中で見出した、料理を美味しくする普遍的な方法なのかもしれません。
地中海の恵みから生まれた料理の知恵
ソフリットの起源については諸説ありますが、地中海沿岸の豊かな食文化の中で育まれてきたことは間違いありません。古くからこの地域では、オリーブオイルと新鮮な野菜が豊富に手に入り、これらを組み合わせて料理の基礎とする技法が発展してきました。一説には古代ローマ時代から似たような調理法があったとも言われていますが、現在のような形に洗練されたのは、もう少し後の時代だったのではないでしょうか。
中世以降、修道院の厨房でこの技法がさらに洗練され、各地域で独自の発展を遂げていきます。北イタリアではバターを使うこともあれば、南部ではトマトを加えることも。ナポリでは内臓料理の名前として「ソフリット」が使われるなど、地域性豊かな展開を見せているのも興味深いところです。
現代のイタリアでは、家庭ごとに”我が家のソフリット”があると言っても過言ではありません。ある家庭では月桂樹(ローリエ)の葉を一枚忍ばせ、別の家庭ではパンチェッタの脂で炒める。まさに、マンマの数だけソフリットがあるのです。
じわっと広がる旨味の秘密:ソフリットの3つの特徴
ソフリットの最大の特徴は、野菜の甘みと旨味を最大限に引き出すことにあります。玉ねぎの糖分がカラメル化し、にんじんの自然な甘さが凝縮され、セロリの爽やかな香りが全体をまとめる――この三位一体が、料理に深みと複雑さをもたらすのです。
二つ目の特徴は、その汎用性の高さでしょう。パスタソース、リゾット、スープ、煮込み料理、さらにはカレーまで。ソフリットを加えるだけで、どんな料理もワンランク上の味わいに変身します。市販のトマトソースに少し加えるだけでも、まるでレストランの味に近づくから不思議です。
そして三つ目は、保存がきくという実用性。一度にたくさん作って冷凍しておけば、忙しい平日でも本格的な味を楽しめます。製氷皿に小分けして冷凍すれば、必要な分だけ取り出せて便利ですよ。私も週末にまとめて作り、平日の料理に活用しています。
世界を旅する香味ベース:各国のソフリット
イタリアのソフリットが世界に広がり、各地で独自の進化を遂げたのは実に興味深い現象です。フランスのミルポワは、ソフリットとほぼ同じ材料構成ですが、より大きめに切って使うことが多く、ブーケガルニと組み合わせて使われます。
スペインやラテンアメリカのソフリトは、トマトやピーマン、にんにくが主役。特にプエルトリコでは、コリアンダーを加えた緑色のソフリトが定番で、これがなければ料理が始まらないと言われるほどです。
アメリカ南部、特にルイジアナ州のケイジャン料理では「ホーリー・トリニティ」と呼ばれ、玉ねぎ、セロリ、ピーマンの組み合わせが基本。ガンボやジャンバラヤには欠かせない存在となっています。どの国でも、その土地の食材と融合しながら、料理の基礎として愛され続けているんですね。
黄金の三種:ソフリットを構成する野菜たち
ソフリットの基本材料である玉ねぎ、にんじん、セロリ。この組み合わせには、実は科学的な理由があります。玉ねぎに含まれる硫黄化合物、にんじんのβ-カロテン、セロリの精油成分が、加熱によって相互作用を起こし、単体では生まれない複雑な香りと味わいを作り出すのです。
玉ねぎは、できれば新玉ねぎよりも貯蔵された玉ねぎがおすすめ。炒めたときの甘みが強く出ます。にんじんは皮付きのまま使うと、より香りが立ちます。セロリは葉の部分も刻んで入れると、香りに深みが増します。
地域や料理によっては、これにニンニクやリーキ、フェンネルなどを加えることも。赤ワインで煮込む料理には赤玉ねぎを、魚料理にはフェンネルを――そんな使い分けができるようになると、料理の幅がぐっと広がります。
プロが教える本格ソフリットの作り方
まず野菜の切り方ですが、すべて5mm角程度の細かいみじん切りにします。大きさを揃えることで、火の通りが均一になり、味のバランスも整います。フードプロセッサーを使う方もいますが、包丁で切った方が野菜の細胞を潰しすぎず、クリアな味わいになると私は感じています。
鍋にオリーブオイルを入れ、中火で温めます。ここがポイント――油が熱くなりすぎる前に玉ねぎを投入し、じっくりと炒めていきます。野菜から水分を引き出しながら、焦がさないように注意深く炒めるのです。
玉ねぎが透明になってきたら、にんじんとセロリを加えます。全体がしんなりして、野菜の角が取れてくるまで、15〜20分ほどかけてゆっくりと炒めます。焦げそうになったら、少量の水かワインを加えて調整を。最後に塩をひとつまみ加えると、野菜の甘みがさらに引き立ちます。完成の目安は、野菜がペースト状になる一歩手前。まだ形が残っているけれど、スプーンで簡単に潰せるくらいの柔らかさです。
シェフレピでご紹介している、関口シェフの「2日間かけて作る本格ボロネーゼ」では、ソフリットをなんと約2時間炒めます。濃い飴色になるまで炒めることで生まれる甘みとコクが、ソースを奥深い味わいに仕上げるのです。
まとめ
ソフリットは、イタリア料理の魂とも言える香味ベースです。玉ねぎ、にんじん、セロリという身近な野菜を、時間と愛情をかけて炒めることで生まれる、魔法のような調味料。これさえマスターすれば、家庭料理が劇的に変わることでしょう。
世界各地に広がり、それぞれの食文化と融合しながら進化を続けるソフリット。フランスのミルポワ、スペインのソフリト、アメリカのホーリー・トリニティ――名前は違えど、料理を美味しくしたいという人類共通の願いが込められています。
週末にまとめて作り置きしておけば、忙しい平日でも本格的な味を楽しめるソフリット。パスタソースに、カレーに、スープに――あなたの料理に、ぜひこのイタリアの知恵を取り入れてみてください。きっと、いつもの料理が特別な一皿に変わるはずです。
さいごに
ソフリットの奥深い世界、いかがでしたでしょうか。玉ねぎ、にんじん、セロリをじっくりと炒めることで生まれる魔法のような旨味。記事でもご紹介した関口シェフの「2日間かけて作る本格ボロネーゼ」では、このソフリットをなんと2時間炒め上げます。この手間暇が、家庭料理とは一線を画す深みのある味わいを生み出すのです。ぜひこの機会にチェックしてみてください!