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魚醤の奥深い世界:アジアが誇る発酵調味料の魅力と活用法

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はじめに

こんにちは。シェフレピの池田です。今回は、「魚醤(ぎょしょう)」についてお話ししていきたいと思います。みなさんは魚醤がどういった調味料なのかご存知でしょうか? 近年のエスニック料理ブームで、タイ料理のナンプラーやベトナム料理のヌクマムという名前なら聞いたことがある方も多いはずです。実は日本にも秋田のしょっつるや石川のいしるなど、古くから受け継がれてきた魚醤文化があるんです。魚介類を塩で発酵させて作るこの調味料は、独特の香りと濃厚な旨味を持ち、料理に深みを与える魔法のような存在です。

初めて魚醤の香りを嗅いだときの衝撃は今でも忘れられません。正直なところ、その強烈な匂いに一瞬ひるんでしまいましたが、料理に使ってみると驚くほど味に奥行きが生まれ、今では私のキッチンに欠かせない調味料となっています。

魚醤とは?発酵が生み出す旨味の結晶

魚醤は、魚やその他の魚介類と塩を主な原料にした液体状の調味料です。魚を塩と共に漬け込み、自己消化と好塩性細菌の働きで発酵させることで、黄褐色から暗褐色の液体が生まれます。この発酵過程で、魚の動物性タンパク質がアミノ酸に分解され、魚肉に含まれる核酸と相まって、濃厚な旨味成分が凝縮されるのです。

製法は地域によって異なりますが、基本的には魚に対して15〜25%程度の塩を加えて漬け込みます。大型の魚なら内臓や頭、ヒレなどを、イワシやカタクチイワシなどの小魚なら丸ごと使用することが多いですね。数か月から長いものでは2年以上も発酵・熟成させ、魚の形が崩れて液化したものを濾して製品化します。

熟成が進むと、特有の香り…いや、正直に言えば独特の臭気を放ちますが、これこそが魚醤の個性。加熱すると香りは和らぎますが、炒め物や焼き物には未加熱のものを使う方が、より深い味わいを楽しめるでしょう。

古代から続く魚醤の歴史と文化

魚醤の起源は、カンボジアのトンレサップ湖付近とされています。アジア、特に東南アジアの沿岸部を中心に、東アジアの日本や中国も含め、いくつもの文化圏で愛用されてきました。

興味深いことに、古代ローマでも「ガルム」と呼ばれる魚醤が使われていたんです。現在でもイタリア南部のアマルフィ周辺では、その流れを汲むカタクチイワシの魚醤「コラトゥーラ・ディ・アリーチ」が作られています。まさに、東西の食文化が魚醤という共通点で結ばれているんですね。

日本では、中国から伝わった「醤(ひしお)」の一種として、魚醤(うおびしお)が存在していました。しかし近代になって醤油やうま味調味料が普及すると、一般家庭での使用は減少。それでも地方には魚醤文化が脈々と受け継がれ、郷土料理の要として今も大切にされています。

独特の風味と旨味が織りなす魚醤の魅力

魚醤の最大の特徴は、なんといってもその濃厚な旨味です。発酵によって生まれたアミノ酸と核酸が豊富に含まれているため、料理に塩味を加えるだけでなく、深い旨味とコクを与えてくれます。ミネラルやビタミンも含まれており、栄養面でも優れた調味料と言えるでしょう。

香りについては正直なところ、初めて嗅ぐ方は少し驚くような強烈さがあります。でも不思議なもので、この香りこそが料理に複雑な風味を加える秘密なんです。チーズのような発酵臭と表現する人もいれば、海の香りと感じる人もいる。あなたはどう感じるでしょうか?

上澄み液を加熱殺菌した製品もありますが、独特の香りや風味は加熱に弱いため、本格的な味を求めるなら未加熱のものがおすすめです。

世界各地の魚醤マップ:地域色豊かな発酵文化

魚醤は世界中で愛されており、それぞれの地域で独自の発展を遂げています。

東南アジアでは、タイの「ナンプラー」、ベトナムの「ヌクマム」が世界的に有名ですね。フィリピンの「パティス」、カンボジアの「トゥック・トレイ」、ラオスの「ナンパー」、ミャンマーの「ンガンピャーイェー」、インドネシアの「ケチャップ・イカン」など、各国それぞれに特色ある魚醤が存在します。これらの多くは「魚の水」という意味を持つ名前で呼ばれています。

日本では、秋田県の「しょっつる(塩汁)」、石川県奥能登の「いしる(魚汁)」、香川県の「いかなご醤油」が三大魚醤として知られています。また、伊豆諸島のくさや液も魚醤の一種と考えられています。

中国の「魚露(ユイロウ)」、イタリアの「コラトゥーラ」など、それぞれの地域で愛用されています。

魚醤の原材料と製造工程の秘密

魚醤の原材料は実にシンプル。基本は魚介類と塩だけです。使われる魚はイワシやサバの仲間が多く、東南アジアでは網にかかった小魚を丸ごと使うことも。日本のしょっつるはハタハタ、いしるはイワシやイカ、いかなご醤油はその名の通りイカナゴを使います。

製造工程は、まず魚を大量の塩と共に漬け込むところから始まります。内臓に含まれるプロテアーゼや、混入してきた細菌・カビが分泌する酵素によって自然発酵が進みます。しょっつるのように麹を加えたり、現代的な製法では酵素剤を投入して発酵を促進させることもあります。

発酵期間は数か月から2年以上。熟成が進むにつれて魚の形が崩れ、全体が液化していきます。この液化したものを濾して、あの琥珀色の魚醤が完成するのです。純度の高い食卓用製品から、塩水やグルタミン酸ナトリウムを添加した料理用製品まで、用途に応じて様々な製品が作られています。

魚醤の活用法:料理を格上げする使い方のコツ

魚醤は、東南アジアでは塩を除けばほぼ唯一の塩味調味料として、非常に多くの料理に使われています。日本でも、エスニック料理の普及により身近な存在になってきました。

基本的な使い方は、醤油の代わりに少量加えるだけ。炒め物なら、仕上げに小さじ1杯程度加えると、料理全体に深みが出ます。スープや煮物には隠し味として数滴垂らすだけで、味に奥行きが生まれます。サラダのドレッシングに混ぜれば、エスニック風の味わいに早変わり。

ただし、塩分濃度が高いので、使いすぎには注意が必要です。最初は少量から始めて、徐々に自分好みの量を見つけていくのがコツですね。また、アレルギーの原因となるエビやカニ、イカなどを原材料に含むものもあるので、アレルギーをお持ちの方は原材料表示をよく確認してください。

ここで私の愛用する魚醤をご紹介します。それは大分県の蔵元が作る「まるはら 鮎魚醤」です。鮎と塩のみで作られるものなのですが、この鮎魚醤を初めて使った時の衝撃は忘れられません。言葉で説明するのが少し難しいのですが、魚醤特有のクセが全くなく、いい意味でこれは本当に魚醤なのか?と不思議な感覚になりました。しかしその旨みは抜群で、クセがないことから、どんな料理にも使いやすいのです。

魚醤の保存方法と選び方のポイント

魚醤は発酵食品なので、基本的に常温保存が可能です。ただし、開封後は冷蔵庫で保管すると風味が長持ちします。瓶の口についた魚醤は拭き取っておくと、カビの発生を防げます。

選び方のポイントは、まず用途を明確にすること。初心者の方には、クセが少なく使いやすいナンプラーや鮎魚醤がおすすめです。本格的な味を求めるなら、各地の伝統的な魚醤に挑戦してみるのも面白いでしょう。原材料や製法にこだわった高級品から、スーパーで手軽に買える製品まで、選択肢は豊富にあります。

色は黄褐色から赤褐色が一般的で、あまりに濃い色のものは熟成が進みすぎている可能性があります。香りは強いものの、腐敗臭とは明らかに異なる発酵香であることを確認しましょう。

まとめ

魚醤は、アジアを中心に世界各地で愛されてきた発酵調味料です。魚介類と塩というシンプルな原材料から、発酵という自然の力によって生み出される濃厚な旨味は、まさに人類の食文化が生んだ宝物と言えるでしょう。

独特の香りに最初は戸惑うかもしれませんが、一度その魅力を知ってしまえば、料理の可能性が大きく広がります。タイのナンプラー、ベトナムのヌクマム、日本のしょっつるやいしる…それぞれの地域で育まれた魚醤には、その土地の食文化と歴史が詰まっています。

現代の食卓では、エスニック料理だけでなく、和食や洋食の隠し味としても活躍の場を広げている魚醤。この古くて新しい調味料を使いこなすことで、あなたの料理もきっと新たな次元へと進化することでしょう。まずは小さな一瓶から、魚醤の世界への扉を開いてみてはいかがでしょうか。

さいごに

魚醤の奥深い世界と、その驚くべき旨味の魅力、いかがでしたでしょうか。記事でもご紹介した「まるはら 鮎魚醤」のように、クセがなく使いやすい魚醤は、実は洋風料理にも素晴らしい相性を見せてくれます。今回のレッスンでは、夏野菜をごろっと大ぶりにカットし、焦げ目をしっかりつけて旨味を引き出したラタトゥイユに、仕上げの隠し味として鮎魚醤を加える技をお伝えします。ニンニクと鮎魚醤が生み出す奥行きのある味わいは、まさに発酵調味料の真骨頂。野菜の切り方から火加減まで、プロのテクニックを交えながら、短時間で本格的なラタトゥイユを作るコツが学べます。ぜひこの機会にチェックしてみてください!

ごろっと食感を楽しむ、夏野菜のラタトゥイユ/シェフレピ店長 山本篤

夏野菜の旨味を存分に味わえるフランス料理の定番「ラタトゥイユ」のレッスンです。野菜は大ぶりにカットし、適切な加熱をすることで、ごろっとした食感を楽しめ、素材の味を引き出すために焼く工程で焦げ目をしっかりとつける等、簡単ながらプロのテクニックを交えながら丁寧に作り方を解説。ニンニクや仕上げの鮎魚醤で味に奥行きを出します。
このレッスンでは夏野菜の味を引き出す火加減、ごろっと食感を生む野菜の切り方、応用が効く定番作り置き料理、アレンジ自在の万能調味料「鮎魚醤」の使い方等、おいしいラタトゥイユを短時間で作るコツが学べます。様々なメニューに応用できる万能な一品を、ぜひマスターしてみて下さい。

Ăn Đi風トムヤムクン/Ăn Đi 内藤千博

こちらはナンプラーの旨みを感じられるレッスンです。「Ăn Đi」の内藤千博シェフが教えるレッスンでは、フランス料理の技法を取り入れたモダン・タイ料理「トムヤムクン」を通じて、発酵調味料でうま味を重ねる技術や、フレッシュハーブの香りを活かす方法を学べます。さらに自家製発酵食材作りにも挑戦できる、充実の内容です。

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