この記事を読むのに必要な時間は約 5 分です。
Table of Contents
梁 宝璋|味坊
東京にいくつかある”サラリーマンの街”のなかでも、お茶の水や神保町、日本橋といった街に近い土地柄もあって、文化の香りがする飲食店が多い神田。中国・東北地方にある黒竜江省のチチハル出身で、元画家の梁宝璋シェフが、足立区にあった中国料理店の店名を「味坊」に変えて移転したのは、2000年1月のこと。それから21年、日本では馴染みのない梁シェフの故郷・東北地方の料理で、味坊は幅広い層の食通を惹きつけ続けています。
東北地方らしい乾燥野菜やラム肉に触れる
梁シェフが生まれ育った中国・東北地方は、文字通り中国東北部にある、遼寧省・吉林省・黒竜江省の三省のこと。モンゴル平原に近い場所で、冬にはマイナス35℃にもなる厳冬の地です。
当然、冬に食料をとることはできず、それまでにとった肉や野菜を、塩漬けにしたり乾燥させたりして保存食を作って蓄えておく必要がありました。雪中で冷凍保存する豆腐なども大切な故郷の味です。そうした保存食の文化が東北地方の食の根底にあります。さらに、寒い冬にあって体を温めるためにスパイスを多用するのも特徴といえます。
「私の東北地方の料理の記憶は、母の味の記憶です。その味を、日本の方の味に合うようにアレンジはしますが、できるだけ故郷の家庭の味を伝えていきたいと思っています」と梁シェフはいいます。化学調味料を使わず、作り置きもしない。注文のたびに出来たてで届けることにこだわります。鍋料理はガスではなく炭を熱源にできる銅鍋にこだわるなど、故郷のやりかたを残そうとしています。
今回の粉蒸羊肉(フェンジャンヤンロウ)は中国南東部の江西省発祥の料理とされていますが、東北地方でよく保存食として作られた乾燥野菜を使ったり、ラム(仔羊)肉を使ったりするなどして、故郷の味に仕上げています。
「東北地方では、青菜以外のほとんどの野菜を乾燥野菜にしていました。とくにゴボウやレンコン、ニンジンなどの根菜類はよくやっていました。夏野菜のナスやインゲンなども乾燥させます。たくさんとれる時期に、たくさんとって保存しておくんです。今も店で使っていますが、それらは自分たちで作ったもの。やっぱり昔ながらの天日干しの方がおいしくなるので、乾燥機やオーブンなどを使わずにじっくりと乾燥させています」
普段は山羊の肉をよく食べる東北地方にとってラム肉は”ごちそうのお肉”。梁シェフ自身も大好きな肉で、味坊でもやわらかい肩ロースをつかったしゃぶしゃぶ風「炭火羊鍋」や、ラム肉を使った餃子などの点心などたくさんのメニューに使われています。
「日本では、まだラム肉のおいしさを知らない人が多いですね。それは、人生を損していると思います(笑)。粉蒸羊肉で、ラム肉のおいしさにも出会ってほしいですね」
手間のかかる料理を楽しんで作ってください
今回のミールキットでは、油をたくさん使って揚げたり炒めたりし、ときに炎があがるような瞬間的に仕上げる中国料理のイメージとは異なり、ゆっくりとフライパンで炒って熟一味唐辛子や米粉を作ったり、食材を調味液にしっかり漬け込んだり、蒸し器で蒸しあげたりと、時間をかけて作る料理になっています。
「粉蒸羊肉は、難しい工程はとくにないのですが、手間はものすごくかかることに気付いてもらえると思います。じつは、中国でもこれだけ手間のかかる料理を家庭で作る人が少なくなっていて、レストランでしか食べられない料理になりました。シェフレピのお客様でしたら、かえってこの手間を楽しんでもらえるのではないかと思いレシピを考案したのです」
じつはこのレシピ、味坊グループきっての実力派料理人で動画では調理も担当している、張子謙(チョウ・シケン)シェフが一般的な「粉蒸肉」(ラム肉のかわりに豚肉をつかったもの)を、東北地方風にアレンジしたもの。伝統的な料理から逸脱せずに、東北地方の料理としても伝わる料理に仕立てられています。
張シェフは、北京の五つ星ホテル「西苑飯店(シユアン ホテル)」の総料理長を勤めた料理人で、その実力をもってして梁シェフの東北料理の世界観を形にする、まさに梁シェフの右腕的存在です。
味坊の料理全般が、素朴な田舎料理ではなくどこかレストラン流の洗練さが見え隠れしているのはそのためです。粉蒸羊肉もスパイスの扱い方や組み合わせのバランスや「炒」と「蒸」の加熱、さらには食材の切り方や鍋使いなど随所に中国料理の洗練された技のなかに家庭料理や郷土料理とは言い切れない中国料理の奥行きを感じとることができます。
「中国料理では蒸し料理は多くあります。肉だけでなく、魚や野菜の加熱に使ったり、蒸しパンや点心にも使われる技でもあります。その『蒸す』調理は、素材の味を守る調理法だと思います。一つひとつ工程を丁寧に進めてもらいながら、素材を活かす中国の蒸し料理を体験してみてください」
梁 宝璋●りょう・ほうしょう
中国・東北地方にある黒竜江省のチチハル出身。24年前に来日し、東京・足立区で中華料理店を開く。東北地方に特化した店にコンセプトを変え、「味坊」として2000年1月に東京・神田のガード下に移転した。料理店での修業経験はなく、母親の家庭料理から学んだ。現在は、味坊のほか、湯島に「味坊鉄鍋荘」、御徒町に「羊香味坊」と「老酒舗 老北京酒」、三軒茶屋に湖南料理「香辣里」、足立区に「吉味東京」を展開、味坊グループを広げる。さらに2021年秋には、代々木八幡駅すぐに点心をテーマにした「宝味八萬」をオープンする予定。
ラム肉の米粉蒸し「粉蒸羊肉(フェンジャンヤンロウ)」は、中国では豚肉を使った「粉蒸肉(フェンジャンロウ)」が一般的です。レシピを考案した梁宝璋シェフも「ラム肉はごちそうの肉です」と、ハレの日の料理だといいます。 粉蒸肉は、18世紀末の中国、清の時代の文人・袁枚がまとめた食事典『隨園食単』にも掲載されている伝統的な料理で、同書には江西省の料理として紹介され「精肉(あかみ)と肥身(あぶらみ)と半々の処を用い、米の粉を黄いろく炒って、それに麺醤を雑ぜ合わせて蒸す。下には白菜を下敷きにすると、熟(に)えた時に肉が美味いばかりでなく、白菜も美味い」(青木正児訳、岩波文庫、1980年)とあります。 粉蒸羊肉も、食材こそ違いますがこの『隨園食単(ずいえんしょくたん)』で紹介されている調理の考え方は同じ。下に水で戻した乾燥野菜を敷き詰めて、米から炒って作った米粉に、スパイス漬けにしたラム肉を混ぜ合わせて蒸し上げます。 200年以上の歴史をもつ伝統的な中国料理から、その技と知恵を学んでみましょう。 ※本商品には仕上がり分量に合わせた蒸し用耐熱容器がついてきます。