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はじめに
こんにちは。シェフレピの池田です。今回は、「納豆」についてお話ししていきたいと思います。日本の朝食に欠かせない存在として、多くの人に愛されている納豆。その独特な粘りと香りは、初めて出会う人には驚きをもたらし、慣れ親しんだ人には懐かしさと安心感を与えます。発酵食品としての長い歴史を持ちながら、現代でも進化を続ける納豆は、まさに日本の食文化を象徴する存在と言えるでしょう。
私が初めて本格的な藁苞納豆(わらづとなっとう)を味わったのは、茨城県の老舗納豆店でのことでした。発泡スチロール容器の納豆とは一線を画す、藁の香りと共に広がる深い旨味に、これが本来の納豆の姿なのかと感動したことを今でも鮮明に覚えています。
糸を引く不思議:納豆という発酵食品の正体
納豆とは、大豆を納豆菌で発酵させた日本の伝統的な発酵食品です。現在私たちが「納豆」と呼んでいるものは、正確には「糸引き納豆」と呼ばれるもので、中世ごろに生まれた比較的新しいタイプの納豆なんです。
それ以前の納豆は、麹菌を使って発酵させた後に乾燥・熟成させたもので、現在でも「寺納豆」や「塩辛納豆」として一部地域で作られています。つまり、納豆には大きく分けて二つの系統があるわけです。
納豆菌は枯草菌の一種で、稲藁(いなわら)に自然に付着している菌です。稲藁1本には約1,000万個もの納豆菌が胞子の状態で存在しているというから驚きですね。この菌が大豆のタンパク質を分解し、あの特徴的なネバネバを生み出すのです。
平安時代から続く納豆の歴史物語
納豆の歴史を紐解くと、実に興味深い事実が浮かび上がってきます。文献上の初出は、平安時代中期の『新猿楽記』(11世紀)で、「精進物、春、塩辛納豆」という記述が見られます。この時代の納豆は、現在の糸引き納豆ではなく、寺納豆のような塩辛い発酵食品だったと考えられています。
名前の由来には諸説ありますが、最も有力なのは寺院の納所(なっしょ)で作られていたという説です。納所とは寺院の倉庫のことで、そこで働く僧侶たちが精進料理の一つとして納豆を作っていたというわけです。「納めた豆」から納豆になったという説もありますが、どちらにせよ、仏教と深い関わりがあったことは間違いないでしょう。
現在主流の糸引き納豆が登場したのは、室町時代から戦国時代にかけてのこと。15世紀の御伽草子『精進魚類物語』には、「納豆太節糸重」というキャラクターが登場し、糸を引く場面が描かれています。まさに納豆が糸を引く食べ物として認識されていた証拠ですね。
江戸時代になると、納豆は庶民の食べ物として広く普及しました。「納豆売り」と呼ばれる行商人が「なっと〜〜、なっと〜〜」と売り声を上げながら町を歩き、朝食の定番として親しまれるようになったのです。
ネバネバが生み出す独特の魅力と特徴
納豆の最大の特徴は、なんといってもあの糸を引く粘り気でしょう。この粘りの正体は、納豆菌が作り出すポリグルタミン酸という物質です。箸で持ち上げると、まるで蜘蛛の糸のように伸びる様子は、初めて見る人には衝撃的かもしれません。
香りもまた、納豆の重要な特徴の一つです。発酵によって生まれる独特の香りは、好き嫌いが分かれるところですが、この香りこそが納豆の個性であり、魅力でもあります。新鮮な納豆は豆の香りが強く、時間が経つにつれてアンモニア臭が強くなっていきます。
食感については、大豆の種類や発酵の程度によって変わりますが、一般的には柔らかくてほくほくとした食感が特徴です。よく混ぜることで粘りが増し、口当たりがまろやかになります。実は、混ぜる回数によって味わいが変化するのも納豆の面白いところ。
地域色豊かな納豆文化の広がり
日本各地には、その土地ならではの納豆文化が根付いています。茨城県は言わずと知れた納豆の聖地で、「そぼろ納豆」や「干し納豆」といった独自の納豆料理が発達しました。そぼろ納豆は、刻んだ切り干し大根を混ぜ込んだもので、シャキシャキとした食感が楽しめます。
山形県では「納豆餅」が郷土料理として愛されています。搗きたての餅に納豆を絡めて食べるこの料理、初めて聞くと驚かれるかもしれませんが、餅のもちもち感と納豆のネバネバが絶妙にマッチするんです。
京都には南北朝時代から続く「山国納豆」があり、これを餅に練り込んで保存食とする文化があります。また、高知県の一部地域では「塩納豆」という、納豆に塩と糠をまぶして鉄鍋で炒る料理が伝わっています。
熊本県では「さくら納豆」という、納豆と馬肉を和えた料理が定番です。一見すると意外な組み合わせですが、馬肉の旨味と納豆の風味が見事に調和します。
最近では、鳥取県の学校給食で提供される「スタミナ納豆」のように、新しい納豆料理も生まれています。鶏ひき肉を炒めて納豆と和え、隠し味にタバスコを加えたこの料理は、子どもたちにも大人気だそうです。
シンプルな材料から生まれる複雑な味わい
納豆の基本的な材料は、実にシンプルです。大豆と納豆菌、たったこれだけ。しかし、この二つが出会うことで、驚くほど複雑な味わいが生まれるのです。
大豆は、粒の大きさによって「大粒」「中粒」「小粒」「極小粒」「ひきわり」などに分類されます。大粒は豆の味がしっかりと感じられ、小粒は口当たりが滑らかです。ひきわり納豆は、大豆を砕いてから発酵させたもので、表面積が大きいため発酵が進みやすく、独特の風味があります。
納豆菌については、稲藁に自然に付着しているものを利用する伝統的な方法と、純粋培養した納豆菌を使う現代的な方法があります。伝統的な藁苞納豆は、藁の香りも加わって、より複雑な風味を楽しめます。
市販の納豆には、たれとからしが付属することが多いですね。これは江戸時代からの習慣で、納豆の臭いを和らげる役割があったとされています。しかし最近では、納豆本来の味を楽しみたいという人も増え、たれなしの商品も販売されています。
伝統製法が生み出す本物の味
伝統的な納豆の製法は、まず大豆を一晩水に浸し、十分に水を吸わせることから始まります。その後、大豆を蒸し上げ、熱いうちに稲藁で作った「苞(つと)」に入れます。この時の温度管理が重要で、熱すぎると納豆菌が死んでしまい、冷めすぎると発酵が進みません。
藁苞に入れた大豆は、40℃前後の環境で約20時間発酵させます。この間に納豆菌が爆発的に増殖し、大豆のタンパク質を分解して、あの特徴的な粘りと風味を作り出すのです。温度が高すぎると腐敗してしまい、低すぎると発酵が進まない。まさに職人技が要求される工程ですね。
現代の工場生産では、純粋培養した納豆菌を使い、温度や湿度を厳密に管理した発酵室で製造されます。発泡スチロール容器に直接大豆を入れて発酵させる方法が主流ですが、一部の高級品では今でも経木や藁を使った伝統的な製法が守られています。
興味深いのは、家庭でも納豆が作れるということ。市販の納豆を種菌として使い、適切な温度管理をすれば、自家製納豆を楽しむことができます。ただし、温度管理を間違えると、とんでもない臭いのする失敗作ができあがることも…。挑戦される方は覚悟が必要かもしれません。
まとめ
納豆は、平安時代から続く長い歴史を持ち、日本各地で独自の食文化を育んできた、まさに日本を代表する発酵食品です。シンプルな材料から生まれる複雑な味わい、地域ごとに異なる食べ方、そして現代でも進化を続ける新しい料理法。納豆の世界は、私たちが思っている以上に奥深く、魅力に満ちています。
独特の粘りと香りは、確かに好みが分かれるところですが、それこそが納豆の個性であり、日本の食文化の多様性を象徴しているのではないでしょうか。伝統を守りながらも、新しい可能性を追求し続ける納豆。これからも日本の食卓に欠かせない存在として、多くの人々に愛され続けることでしょう。