この記事を読むのに必要な時間は約 6 分です。
Table of Contents
関口幸秀|イタリア料理人
8月の手打ちパスタ特集では、10日間かけて作る自家製高級ベーコン、グアンチャーレとアマトリチャーナを教えてくれた関口シェフは、文句なしの「ベスト・ティーチャー」です。家庭でも再現できるレシピと伝わりやすい調理の説明を、ユーモアを交えて楽しませてくれました。
なぜ関口シェフが、おいしい料理を作る工程を、誰にでもわかるように嚙み砕いて話せるのか――。それにはあることを、レストランで働き始めた頃から意識し続けてきているからだといいます。
「もともと料理に没頭する癖があったんですよね。自分で同じ料理を納得するまで何度も作るんです。例えば、パスタ一つにしても、1回習ったら、それが自分の中で理解できるまで、なるべく同じものを作り続けるっていうのをやっていると、“なんでかな?”という疑問が見えてくるんです」
教えることにこだわる、関口シェフの料理の起源
プロのイタリア料理人として、レシピ開発や企業のオペレーション講習まで手掛け、さらには自身の店の開業準備をしている関口シェフですが、料理を始めたころは、自分が食べておいしいと感じてレシピを教えてもらっても、同じようにおいしく作れなかったといいます。
「“なんで違うのかな?”と思いますよね。シェフの作り方を見て、同じようにやってるけど違う。その“なんでなんで?”を意識して、何回も何回も作っていると、うまくできていなかった理由がわかってくるんです。そうすると、失敗しておいしくならなかった理由というのもわかるようになるんです」
アサリと白ワインのパスタ「ボンゴレビアンコ」もいしく作れなかった料理の一つ。関口シェフが木場にあるトラットリア(イタリアで食堂の意味)「イ・ビスケロ」で働いていた20代の頃のことです。
「パスタを作るのが上手な先輩がいて、レシピを見て、さらにその先輩の作り方も見て再現しても、同じようにならなかったんです」
調味料の量が違うのか、加える順序が違うのか、はたまたアサリの加熱の方法なのか、“なんでだろう?”を繰り返して作ってみても、先輩のようにおいしくできません。しかし、あるとき関口シェフは、先輩がアサリもニンニクもオイルも同時に火にかけてソースを作り始めていることに気づきます。
ボンゴレビアンコのソースは、フライパンにオリーブオイルとニンニクを入れ、きつね色より一歩手前まで火を通してから具材を入れていくのが一般的な作り方です。しかし、先輩がやるようにアサリを始めからフライパンに入れることで、ニンニクの香りよりも、アサリの香りが先に鼻に抜けるようになる。そうすると、格段にボンゴレビアンコのアサリらしさが強まることになるのです。
さらにミニトマトを入れることで乳化を促進させる技を使っていることにも気づきます。この発見で、パスタのソースから乳化のさせ方も含めて、味が180°変わったといいます。
おいしいと思ったものにも疑問を持つ探究心
今では考えられませんが、関口シェフの若いころは、先輩やシェフに“味オンチ”といわれていたそうです。それでも諦めず、初めて習った料理は必ず家でも作り、もちろん職場のキッチンでも仕事として作っていました。
「僕は何度も作ることでおいしく作れるようになるタイプ。1度おいしく作れても、次も同じように作れるわけじゃなかったんです。センスのある人は、一度おいしく作れたら、あとは感覚で作れちゃったりするんですよね。でも僕は、それができなかった。だけどもできないから何度も考えて作ってを繰り返していたので、結果的には人に伝える力もできてきたんだと思います」
今回、シェフレピに提案した「オッソブーコ」でも、作り続けることで気づいたポイントがレシピに落とし込まれています。それは、煮込む前に粉を振って仔牛のスネ肉を焼く場面。関口シェフは動画で何度もこの焼き色について説明しているので、見た人は「ここは大事だな」と感じてくれているはずです。
「ソフリットは何回見ても同じようにやってるし、スネ肉も同じように焼いてると思っていたんですが、同じようだと思っていても、焼き色が違ったんですよね。そこがポイントだとは思いもしなかったわけです。オッソブーコって特別に焼き色が濃いんですよね。牛ホホの煮込みよりも濃い。その焼き色が重要って気づくまでに時間かかりました。調味料の差とか煮込み時間の差とか、炒め方の違いとか、強火とか弱火とかそういうところばっかりみていて、まさに灯台下暗しでした」
一方で、「ただおいしくなればいい」というわけでもなく、料理のルーツをきちんと押さえてレシピを作りたいとも関口シェフはいいます。今回のオッソブーコでも、イタリアにトマトが伝来する前からある料理であることを意識し、トマトは味の補助的に、ペーストで少量加えるだけにおさえています。
「なぜこういう料理なのか、歴史はどうなのか、科学的に立証されているのかなど、できる限り情報を調べてから作るっていうのが結構好きなんです」と関口シェフはいいます。
「おいしく作れた理由だけでなく、おいしくできなかった理由のどちらも知ることが大事」と関口シェフ。そしてそれを言葉で説明できるようにする。「おいしく作れたからよかった」で終わらせず、「なぜおいしく作れたのか」を探求することが、料理の上達には不可欠だといいます。
「想像できるちょっと上」が料理を楽しめるコツ
関口シェフがレシピを考えるうえで意識していることは「みんなが想像できるちょっと上」を提供することです。
味がなんとなく想像できて、みんなが作れそうだな、ちょっと挑戦してみようかな、と思えるもの。まさに前回の10日間かけて仕込むグアンチャーレや今回のオッソブーコは、「想像できるちょっと上」のレシピといえます。
調理のハードルがものすごく高いわけではなく、かといって簡単でもの足りなさを感じさせない絶妙な関口シェフのレシピには、知らないことがほんの少しでもわかったり、学んだコツやアドバイスを誰かに伝えたいと思ったり、“自分で作るとおいしい”や“料理が楽しい” と感じたりしてほしいという想いが込められているのではないでしょうか。
「今回のオッソブーコも食べたことない人も多いと思うんですけど、リゾットと一緒に食べた味がまたいいんですよ。しかもワンプレートだからカレーライスみたいにこれ一食で完結します。あとリゾットも今回そのポイントを知っておけば、自分のレパートリーが単純に増えるじゃないですか。ちょっと得するっていうのはすごい意識してますよね。その方が楽しいし、満足度の上はやっぱ大満足ですけど、感動は忘れないし、自分の糧になるものとかずっと使えるようなものは一つあるといいなと思っています」
リゾットの作り方のコツや家庭でも作れる野菜のブロードや肉の焼き色で重ねる味の深みの出し方など、関口シェフの“ちょっと得する、ずっと使える技”をぜひ動画で身につけてみてください。
関口幸秀●せきぐち・ゆきひで
千葉市川市出身。首都圏でグループ店を展開するイタリアンレストラン「カステリーナ」の統括料理長の経て、現在は独立の準備をしながらフリーランス料理人として活躍中。Twitterでは、おせっかい料理人として #教えて消費レシピ などで、料理人が考える家庭のレシピを伝える。 #教えて消費レシピは、Buzzfeedなどのメディアにも取り上げられた。2019年の台風被害によって始まった#CookForJapanのメンバーでもある。2021年6月には#CookForJapan×食べチョクのポップアップレストラン「RESQ」のメインシェフを務めた。
関口シェフ▶ Twitter
関口シェフ▶ Instagram